賃貸証明書 ~平越時哉 編~
今度は不法侵入してきた方の目線です。
今日も俺はつまらない一日を終えて、帰路についていた。
別に早く帰っても特に何も待っていない。ならそこまで足早に帰る必要はないかもしれない。
だがしかし、かと言って外でフラフラしていてもお金の無駄だと思うと、寄り道をする気が起こらない。
結局いつもそんな事を考えながら、足早にまっすぐ家へと向かうのだ。
今日はいつもより早く仕事が終わったせいか、帰り道の雰囲気がいつもと違うように感じる。
言ってもわずかな変化だが、それでも何か少し足の運びが軽く感じた。
まぁそんな気分はすぐに冷めるのだが。
電車に乗り込み、いつものドア横の少し広いスペースを陣取ると、ポケットラジオをカバンから取り出した。
毎回このポケットラジオを取り出すと、周囲の人たちが、物珍しそうにこちらを見ている気がする。
俺はいつもその視線に少し優越感を感じながら、イヤホンを両耳へと押し込み、聞きたいラジオのチャンネルの周波数に合わせるためにつまみを回す。
だが、今日はいつもと違った。
突然、イヤホン内に脳を硬直させるようなものすごい高音が響き渡り、視界が一瞬白くなった。
俺はすぐにつまみを回して高音を消したが、まだ耳から頭にかけて、意識がはっきりしないような痛みを感じている。
だが、間もなくして次第にその痛みが消えていくと、俺はまたいつもと変わらず、ラジオを聴きながらボケーっと車窓の景色を眺めた。
今日のラジオニュース。最近のニュースはいつも似たり寄ったりだった。だが今日はどこがとは言えないが、どこか様相が違って聞こえた。
いつも聞こえてくる話題のニュースは、見出しの一文字目すら出てこない。
まぁこすられ続けた話題だったし、逆に新しい話題で興味が湧き、いつも以上に楽しんでラジオを聞くことが出来た。
いつもと少し違った雰囲気の帰り道を楽しんだ俺は、誰もいない自分の住んでいるアパートにたどり着いた。
下から真っ暗な自分の部屋を眺めると、他の部屋は明かりがついているせいか、どこかさみしく見える。
ところが今日は、自分の部屋の窓枠の端の方から、少し光が漏れているよう見えた。
「うわ!もしかして俺テレビつけっぱ?」
少し大きめの独り言に、アパートの近くをうろついているクロネコがニャーと反応した。
地味に最悪になったが、俺はエレベーターで3階へ上がっている途中で、昨日はテレビを見ていない決定的な理由を思い出した。
昨日は、残業で帰宅してひとまず座ったら、寝落ちしてしまった。つまりテレビなんかつける暇なんてなかったのだ。
「もしかして泥棒?」
そうは思いながらも心の中で、「何を盗むねん」としょうもないことをつぶやいた。
俺はそわそわとした気分でエレベーターを降りて、部屋の扉に鍵を差し込んだ。
確かに鍵が開く音が聞こえ、俺はドアノブに手を取り、思いっきり引っ張った。
しかし扉は鈍い音を立てただけで、俺が部屋に入るのを拒んだ。
これで泥棒侵入説が濃厚になった。
さらに最悪なことに、中から明らかに人の声が聞こえてきたではないか。
絶対に中に誰かいる。
秋の涼しい風が、まるで俺を後押しするように、吹きつけている。
俺はもう一度ドアノブに鍵を入れた。扉の中でロックが解除される音が再び聞こえてきた。
俺は頭の中でいろいろな状況のシミュレーションをした。
だが一番望んでいるのは、向こうがビビッて何もしてこないことである。そんな都合の良い未来の実現を願って俺は扉を引いた。今までで一番扉が重く感じた。
玄関に入ると、主を出迎えるように人感センサーで廊下の電気がついた。
中は特に荒らされている形跡はない。ところが、明らかに奥の部屋の電気がついており、リビングへと続く扉越しに二つの人影が見えている。
二つの人影はこちらに気づいているのだろうか?向こうからは何のコンタクトもない。
もしかしたら、武装しているかもしれない。ナイフ、いや拳銃かも。
そんな事を思いながらも俺は、扉を思いっきり開けて、我々の高圧的に攻めた。
するとそこには、俺と同い年くらいの男2人が、まるで我が家でくつろいでいるかのように、一人は俺が急に現れたことで身構え、もう一人は未だに状況が読めていないのか、のんきにゲーム機のコントローラーを手に、間抜けな顔でこちらを見ていた。
「お前ら何してんだよ。」
そうは言いながらも、わずかに一瞬部屋を間違えたかなと考えるほど、二人はその部屋に溶け込んでいた。
「そういうあんたこそ、人の家に勝手に上がり込んでどういうつもりですか?」
身構えていた男がどこかぎこちない感じで、反論してきた。彼はまさかの謝らずしらを切る作戦に出たのだ。
その行動に、俺は頭に血が上ってしまった。
「は?何言ってんだ?お前らこそ人の家に勝手に上がり込んで、勝手にゲームしてんじゃんか」
そう言いながら、俺は彼の服装に目が行った。それは俺がいつも寝巻きとして着ている、軽い素材の半袖短パンだった。しかもその格好で、俺のベッドに座っているではないか。
俺は自分のベッドに他人が上がるのだけは、どうしても許せない。
しかも自分でも風呂に入らないと、ベッドに上がることはない。
俺の怒りのベクトルはおかしな方向へエスカレートした。
俺は自分の寝巻きを着ていることと、その上で自分のベッドに乗っている事をかなりの熱量で叱責した。
すると少しビビっていたであろう彼の機嫌も、明らかに悪くなったのがわかった。
「なんっすか?警察呼びますよ。」
俺は、それはこっちのセリフだと思いながら、今日の朝の自分を恨んだ。
俺が鍵さえ閉めていれば、こんなくそ野郎どもがここでしらを切って家に居座らせるのを許さなかったのに・・・。
と思いながらもやはり今朝の自分を振り返ってみても、今朝は絶対に鍵を閉めている確信があった。
なぜなら、今日は大量にゴミを捨てたため、鍵を閉めるときに少してこずった。そのことが強く印象に残っていたおかげで、その時の記憶が鮮明に頭の中で再生されている。
となると彼らは、どうやって入ってきたのか?
その時ふとスペアキーが保管してあるクローゼットが脳裏をよぎった。
彼がなんか言っていたが、気にも留めず俺はクローゼットを開けた。中を見ると、確かにスペアキーが保管されている。
「スペアキーが無事ってことは、お前らどうやって入ってきた?」
俺はだんだん気味が悪くなってきた。そもそもこいつらは見えて良い人間なのか?というところまで疑いをかけている。
するとさっきから俺に攻撃的だった彼が、少し動揺している様子で話しかけてきた。
「ちょっと待ってくれよ。なんでそこにスペアがあるの知ってんだよ」
「なんでって俺の家だからな」
至極当然のことのように答えた。
明らかに彼は少し引き気味の姿勢になっている。これはチャンスかもしれない。
「そこまでここをあなたの家と言い張るのなら、証明してくださいよ。出来ますよね?」
だが彼もなかなか引き下がらない。
内心「本気か?」と言いたかったが、とりあえず証明できるものを考えた。ここが自分の家なのだから出来ないわけがない。
俺は少し考え、クローゼットの中に賃貸の契約書があることを思い出した。すかさずクローゼットに手を伸ばし、賃貸証明書を手に取った。
その姿を見た男は、幽霊を見ているかのような眼差しでこちらを見ている。
もう一人は・・・訳もわかっていなさそうだ。
俺はそんなことは気にもせず、賃貸証明書の中を見た。
そこの契約者の欄には・・・、
「時田雅志」
あれ?俺の名前じゃない・・・。
「どういうことだ?」
その言葉以外の日本語を忘れてしまった。
かきがたべたい!
さて柿?牡蠣?どっちでしょう?




