1 聖女
朝。私が一番嫌いな時間。窓から入る忌々しい日差しが、ここが学生寮だと私に告げる。
私は十七代魔王、ユリアンナ・メンヒルト。今はタンブ侯爵の娘、エミリーとして学園に通っている。人間の王国にある学園。先代の勇者もここの卒業生と聞く。
「どうしてこうなった……。」
話は一ヶ月前にさかのぼる。六十二代勇者カイルハルトとその不愉快な仲間たちが私のパパ、十六代魔王を倒した。瘴気に包まれる魔王領、その中でも一段と瘴気が濃い魔王城に、奴らはあろうことか生身で侵入してきたのだ。パパを倒した奴らに、
「ふっふっふ、今日から私が十七代魔王ユリアンナ!よくぞ邪魔者を殺してくれたな勇者、褒美に地獄へ送ってやろう!」
ってラスボスムーブしてたらぼっこぼこにされた。光の鎖で縛られ身動きが取れない私に、勇者は言った。
「お前はまだ幼い、俺は気に入った女子供には手を出さない主義だ。しかしこのままお前を放置すると、せっかく壊滅させた魔王軍が元通りになってしまうだろう。そこで俺は、一つの解決策を考えた。俺が世話になった貴族の一人に、娘を魔族に攫われたやつがいる。そいつは性格も態度も何もかもが俺の気に触る最低野郎だったんだがな、娘を攫われてからというもの元気を無くしてしまったんだ。ちょうど生きていればお前くらいの歳になる。お前には、そいつの娘として王国で暮らしてもらうことにする」
魔王の私が泣き出しそうになるくらい、悪魔のような悪い顔だった。
「力に任せて逃げ出そうなんて思うなよ?王国は広い。あっという間に人間に囲まれて、たった一人の覚醒前の魔族など一瞬で殺されるだろう。正体がばれないよう、せいぜい頑張るんだな」
はぁ……。帰りたい。
学園に通い始めて三週間、私は早くも心が折れかけていた。正体がばれるから得意の暗黒魔法は使えない。八年前に七歳で攫われた子供が戻ってきたという設定のせいで、昔友達だったらしい人にいろいろ聞かれる。瘴気が無いせいで日差しが焼けるように痛い。おまけに私の銀髪は目立つ。元のエミリーは茶髪だったらしいから、さらに目立つ。適当すぎんだよ勇者ぁぁぁ!無理があるよ!タンブ侯爵から小さい頃の話されたけど、私なんも知らないもん!何がエミリーは覚えているかい?だよ!私エミリーじゃねえよ気づけよ!何も映していない真っ黒なその目を見ても、元気じゃなくて正気を無くしているのは明らかだ。魔王が保証する。
後から入ったからか、幸いなことに私は一人部屋だった。思う存分暴れられる。勇者の似顔絵(購買で売ってた。上質な消しゴム一つ分くらいの値段)を貼り付けた枕を朝から殴る。蹴る。踏みつける。
ぜえ、ぜぇ……。瘴気が無いせいで、体力も落ちてきた気がする。もともと私は次の魔王候補ではなかったから、あまり戦闘訓練を受けていないのだ。本来魔王になるはずだった私の兄は、勇者の来る三週間ほど前に裏切りの疑いで殺されたばかりで、私はほとんど魔王教育を受けないまま拉致された。ちょっと強力な暗黒魔法が使える普通の人くらいの強さだってことを、勇者と戦った時に思い知らされた。
ため息をついて、制服に着替える。この学園は貴族以外も通うことがあるため、寮にメイドなどのお手伝いさんは持ち込み禁止である。最初は着替えすらろくにできず、一体魔王領でどんな恐ろしい目に遭っていたのかと侯爵に心配された。だったら学園なんかに入れないでよ。チャンスが来るまで引きこもるつもりが、未来の敵に囲まれて生活する羽目になっている。優秀な魔道士や騎士はこの学園から生まれるのだ。卵とはいえ、私一人をけちょんけちょんにするくらい簡単なんだよね。
部屋を出て、食堂に向かう。話しかけられても俯いて無視をしたり、適当な返事ばかりしたりしていたので最近では私に話しかける人もいなくなった。
「エミリー、おはよう!今日も早いじゃん!」
……一人を除いて。
オルレーヌ侯爵令嬢。昔のエミリーとは面識が無いはずなのに、私に話しかけてくる変人。まだ入学して間もない私にいろいろ教えてくれたので、それなりに感謝してはいる。遠い親戚らしいけれど、よく分かってない。
席について、食前の祈りを女神に捧げる。
うん。多分やっちゃいけない事だっていうのは分かってる。女神様だって魔族にお祈りされたらたまったものじゃないよね。しかし、声に出して感謝を伝えなければ私の生命が危ないのだ。見逃してくださいお願いしますって心の中で何度も唱える。最初のうちは変な汗が止まらなくて苦労した。
「エミリー、今日の放課後って時間あるかな?町の方に遊びに行きたいなって思って」
「う、うん。今日の放課後は用事あるかもかな……?」
「ちぇー。エミリーの私服、少ないからさ。一緒に買いに行きたかったんだけど、今度暇があったら教えてね!」
「行けたら言うね」
冗談じゃない。町の店の中には、店の入り口に魔族センサーみたいなものを置いているところもある。そうでなくとも、この学園から出て入るという行為が自殺ものだ。こっちもセンサーで、魔族とか魔物とか、呪いとかを検査しているのだそうだ。今となっては、私の安全地帯は学園内となっていた。周りに張り巡らされた結界のおかげで、魔物や魔族は入ってこれない事になっているのだ。何故か私入れてるけど。弱すぎるから?もしくは強すぎるから?分かんない。
そんな考えごとをしていたのがいけなかったのだろうか、それとも女神様がついに我慢の限界を迎えたか。
食堂を出て、部屋に続く角を曲がった所で、私は超スピードの金色に轢かれた。
どんっと突き飛ばされて、壁に座り込む。何?何事?
「え、やばっ。ごめんなさい、大丈夫ですか⁉︎」
目の前には金髪の少女。多分同い年くらい。寝坊したのだろう、寝癖もそのままで食堂へと走っていた様子。衝突に驚いて、おろおろしている。
うーん、どうしよう。何かとてつもなく嫌な予感がする。
「ほんとごめんなさい‼︎急いでて、それで、えっとごめんなさい!あの、痛い所、無いですか?」
頭を下げて必死に謝ってくる。悪い子ではないのかも。よく見ると制服のボタンも掛け違えてる。相当急いで走っていたんだろう。考えごとしてた私もいけなかったし、ここは流してあげよう。
「うん。大丈夫。大丈夫です」
そう言って立ち上がる。未だ人間相手だと引きつる顔の口角を頑張って上げて、ほら、怪我してないよー。
痛っ。
怪我してた。左を立てた途端、痛みが走る。ちょっと捻ったかもしれない。
「あっ、私のせいで。ごめんなさい、今すぐ治します!」
そう言って金髪の彼女は、私の前に手のひらを突き出し、
「ヒール!」
「あっぐ……っ!」
声をなんとか抑えた私はよくやった方だ。彼女に魔法をかけられた左足首に、焼けるような激痛が走る。靴下の上からでも分かる。皮膚が溶けてる。
こいつ聖女候補だ‼︎
勇者達が瘴気の中でも活動できた理由。それは、女神に愛された聖属性使い、聖女が彼らを瘴気から守っていたから。大臣に教わった時はよく分からなかったけど、今なら分かる。暗黒の瘴気をこいつの聖魔法が散らしていたのだ。まだ覚醒もしてない魔族の私がまともにくらえば致命傷。
「あれ?痛み引きませんでしたか?ごめんなさい、ほんとごめんなさい!私まだひよっこで、もう一回ヒールかけますね」
「いや大丈夫!大丈夫です!うん、元気になりました!」
必死に片足で立ち上がり、壁でバランスを取りながら金髪の動きを止める。もう一発くらったら意識を保てるかどうか分からない。叫びをおし殺すために噛んだ唇から血がにじむ。
なんとかしてこの場から逃げださないと。
「ボタン!ボタン掛け違えてますよ」
「あっ。ほんとです。ありがとうございます」
よし今っ!金髪が下を向いた所を狙って、無理やり動かない足を動かす。一歩歩くたびに、足首の形がぐずぐずに壊れていくのが分かる。暗黒の魔力で聖魔法を追い出す必要があるけど、ある程度際どい魔法や実験が許可されてる自室まで戻らないと警報に引っかかる。
涙で視界が曇る。あと何歩で部屋に着くの?こんなの魔王がする事じゃない。早く城に帰りたい。私を守ってくれてた人はみんな勇者に殺されたけど、それでも城がいい。
自室について、入り口に倒れこむ。もはや原型をとどめていない足に、必死で魔力を流す。涙が後から後から出て止まらない。
通い始めて三週間、私は初めて学校を休んだ。
駄目令嬢のぐだぐだ日誌の息抜きで書き始めました。
不定期更新です




