少々お時間いただけますか?
私の婚約者であるロフタ―殿下と、男爵令嬢であるアメリアさんが仲良く二人でお弁当を食べ始めて。少し注意しようと思って近づいたところで、殿下の「サナは王妃になるには満点だけど、僕には合わないよ。・・・僕は、サナが苦手だ。」そう言った声が聞こえた。
思わず、持っていたお弁当箱を落としてしまい、殿下とアメリアさんの視線が私に向く。
耐えきれなくなって駆け出した。
あぁ、こんなの淑女として失格だ。こんなところを家庭教師の先生に見られた日には、卒倒されるだろう。
でも、無理だった。
あの場で笑顔を取り繕うことも。ましてや、殿下とアメリアさんを注意することなんて。
走った先ですれ違った何人かの人にすごく驚いた顔をされて。でも、それも無視。とにかく誰にもぶつからないように走った。
ついたのは私のお気に入りの、学校内にある裏庭だった。ここなら、あまり、いえ、ほとんど人が来ない。1人になるのには最適な場所だった。
私は裏庭にある大木を背もたれにして座り込む。
「・・・・・・・ふ。ふふ。・・私のこと、苦手、か・・・。」
情けない笑い声とともに、涙があふれた。
これはいけない。将来王妃になる予定の私が、感情を制御できないなんて。
でも、いっか。殿下とアメリアさんの様子から、いつ、婚約破棄になってもおかしくないことがわかったから。
まことしやかに流れている噂によると、もう一線は超えているとか。将来王になる殿下がそんな噂を立てられるとは。次代は荒れそうだ。
そして、殿下への不満は当然婚約者である私のところにも来るわけで。いい加減にしてほしい。そのうえであの発言。
だったら、もう。別に、完璧な婚約者なんて、演じなくていいじゃない。
そう思うと、少し気が楽になって、私はめそめそと泣いた。
そしたら、止め方が分からなくなった。感情のままに涙を流すことなど久々すぎたから。
「・・あら。サナ、どうしたの?」
「・・ぐすっ。ぐす。・・・ふえ?」
誰もいない、というか、誰も来ないはずの裏庭に心配そうな声が聞こえて、私は思わず変な声を出しながらそちらに振り向く。
「・・・ユリア、先生。・・・いえ、何でもございませんわ。」
私に声をかけたのは、担任として毎日お世話になっているユリア・バーディナー先生だった。
慌てて私は、涙を引っ込め、完璧な令嬢の笑みを作る。
「・・・・・・・そうか。」
どうやら、泣いていたことはスルーしてくれるらしい。心の中でほっと息を吐いた。
「・・とでもいうと思ったか?」
「えっ・・・・」
いや、勘違いでした。スルーはしてくれないみたいだ。
「あのなぁ。そんだけ目真っ赤にはらしてるやつが何でもないわないだろ。話してみろ。大丈夫、誰かに言ったりなんてしないから。・・誰かに話すと、ちょっと楽になるもんだぞ。」
ユリア先生はそういうと、私の頭をおざなりに撫でた。
「・・ですが・・。」
「・・・ったく。意地はらないの。・・サナは私の生徒なんだから。私はサナの力になりたい。・・・あ~、私じゃ、頼りないか?」
そういった先生の顔は少ししょんぼりしていた。
「いえっ、そんなことは・・」
私はあわてて先生の頼りない発言を否定する。
「なら、話してくれるか?」
そしたら、先生の顔がきらりと輝いた。
「どうでもいいことな、はずなんですけれどね。」
仕方なく、私はぽつりぽつりと語り始める。
「殿下が、アメリアさんと一緒にいるところを偶然見てしまって。聞いて、しまったんです。殿下が、私のことを『苦手だ』とおっしゃていたのを。」
「・・・それで・・?」
「別に今更、殿下に愛情があるわけでもございません。ですが、今まで、次期王妃として、恋だの愛だのに触れる暇なく、夜会や偵察などの公務を行って。殿下の仕事も肩代わりしていた私に対して、『苦手だ』。そして、アメリアさんに愛しそうに微笑むのです。私の努力は何だったのかと、思わず自問自答してしまい。・・・そしたら、涙がこぼれてきてしまって。・・私が公務を行っている間にも、殿下は恋だの愛だのにうつつを抜かれていたのかと、がっかりした気持ちもあるのですけれど・・・。」
「・・・・なるほどな。」
私の話を聞いた先生は、何やら険しい顔をしていた。
「・・・ふっ。大丈夫だよ。サナは泣いていい。その資格がある。」
思わず不安そうに先生を見つめた私に気づいたのか、先生は安心させるように微笑んだ。
「・・・にしても、ロータス、クソだな。」
「・・・な。今の発言、私以外の誰かに聞かれたら不敬罪で訴えられますわよ!」
仮にも第1王子である殿下を呼び捨ての上にクソ扱い。しかもその婚約者の前でだ。肝が据わっているというか、度胸があるというか。
「・・・あー。うん。気を付ける。」
「ええ、気を付けてくださいませ。・・・人には思っていても言葉にしてはいけないときがあるんです。」
「ねえそれ、私の意見に同意してるって言ってるようなもんだから。・・・大概君も不敬だよ。」
「・・あら、つい本音が・・。」
そういった私は、ユリア先生と目を合わせて。どちらからともなく噴き出した。
「ふ、ふふ。ふふふ。」
「っぷ、は、あははは。」
しばらく笑いあう。
「・・ま、殿下とアメリアさんのことは、私に」
「僕がどうかしましたか?」
和んだ空気でユリア先生が何か言おうとしたところを、そんな声が遮った。
「・・・・殿下。」
その声の主は、不機嫌そうな顔をして私とユリア先生を睨みつける殿下だ。隣にアメリアさんもいる。
「・・・僕とアメリアの時間を邪魔しておいて、随分と楽しそうだな。」
えっと、この方は何を言っているのだろうか・・・?邪魔、したか?声もかけずに去ったはずなんだけど?
「何かを落として言ったろう!あれのせいで注目を集めてしまった!」
私が戸惑っていることに気づいたのか、さらに不機嫌そうになった殿下がそういう。
なにかを落とした・・・?
・・・あ、お弁当箱。
それのせいで注目を集めたってこと・・・?ますます訳が分からない。
「・・大体何なんだ。なぜアメリアをいじめる!?次期王妃として恥ずかしくないのか!?」
・・この人は、本当に何を言っているのだろうか。
「・・・失礼ながら殿下。先程からおっしゃられていることの意味が私にはわからないのですが・・・。」
「・・・な、はぐらかす気か!?お前がアメリアをいじめているのはこの学園では周知の事実だ。そんなに僕の寵愛が欲しいのか?・・・でも残念だったな。そんなクズな女に僕は愛をささげたりしない!」
殿下はそう言い切ると、光悦そうな表情を浮かべながらアメリアさんの腰に手を当てた。アメリアさんは少し不安そうにしながら私を見つめている。
本当にこの人は何を言っているのだろうか?・・でも、ここで私が声を上げたところで、殿下には届かないのは分かりきっている。
・・それならここは、無視して我慢、が最良の選択だろう。
幸いここには私とユリア先生、殿下とアメリアさんしかいない。ユリア先生にあとでこのことを広めないようお願いすれば、殿下の醜聞は広まらないだろう。
それならばこれ以上騒ぎを大きくするべきではない。
「・・・はぁ。」
そう思ってぐっと手を握り締め、淑女の笑みを浮かべて殿下の話を聞き流していた私の耳に、そんなため息の音が聞こえた。
「・・・な、な、な。・・お前、不敬だぞ!!」
もちろん殿下にもその音は聞こえていて。殿下はため息をついた張本人であるユリア先生に真っ赤な顔を向け、そう怒鳴りつけた。
「・・さっきから聞いてたら、ぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち。自分は努力もしないくせに、サナの悪口ばかり。こんなんが次期王だとは、世も末だな。」
「・・・なっ!!。」
「・・ちょ、ユリア先生!!」
思わぬ不敬の言葉に、殿下は憤り、私は焦る。
「・・安心したよ。早く気付けて。・・お前に、サナはふさわしくない。」
そういうと、ユリア先生は殿下を睨みつけた。
私は真っ青になってかたかたと震えてしまう。
だめだ、このままじゃ。ユリア先生が。不敬罪はよくて禁固刑、最悪死刑になる可能性もある。そんなの、だめだ。
「・・・ユリア先生、私は大丈夫ですわ。大丈夫ですから。」
「・・いいや。この際だから言わせてもらう。サナは、学校が終わったらすぐに王宮に行って、お前の分の公務まで肩代わりしてんだ。睡眠時間も、学校での休み時間もつぶして、この国がよくなるようにと、仕事してんだよ。サナの努力も知らないお前が、サナのこと悪く言うのはお門違いだろ。」
「・・・なっ!なっ!なっ。」
殿下は二の句が継げない様子で憤慨している。それにしてもユリア先生、なぜ、それを・・?
「・・はぁ。ったく。できれば表舞台には出たくなかったんだがな。こんな奴にサナを渡すくらいなら、こっちの方がましか。」
ユリア先生はそういうと、私の前にひざまずいて、右手を差し出した。
「・・なあサナ。・・・私の手を、とって、くれないか・・?」
そういった先生の様子は、少し自信がなさそうで。さっき殿下に不敬にも堂々と言いきっていた姿とあまりにもかけ離れていて。
私は思わずクスクス笑いながら、右手を先生の右手に重ねた。
「・・・・私で、よろしいのなら。」
「・・貴様ら、この僕を無視するとは、」
「では殿下、失礼いたします。」
ユリア先生は殿下の言葉を遮ると、私を横抱きに抱えた。
「え、え、きゃあ。」
思わずはしたない声を出してしまって、慌てて口元を手で覆う。
そんな私を見て、ユリア先生はくすくすと笑った。
でも、私はそちらに目を向ける余裕がない。だ、だって。せ、先生のむ、胸が当たって。私のより大きいそれが、いやでも存在を主張してくる。
そんな私の様子に気づいているのか、先生はさらに楽しそうにくすくすと笑った。
それから。私が連れてこられたのは、王宮だった。
ユリア先生は私を抱きかかえたまま、謁見の間に進んでいった。
ノックをすることなく、片手でドアを開ける。
謁見の間では、現王様と、王妃様が難しい顔をして座っていた。私はあわててカーテーシをしようとして、抱きかかえられたままのことに気づいた。
「お、おろしてくださいませぇぇ。」
今更羞恥が襲ってきて、懇願するように小さな声でそう言う。
ユリア先生はにやりと笑うだけでおろしてはくれなかった。
「・・・・ふぅ。ユリア、報告を。」
入ってきた私とユリア先生に気づいたのか、王様は少し顔を優しいものに変えると、そうおっしゃった。私はユリア先生の腕の中で、最低限の一礼をする。そんな私をみて、王様は微笑んだ。
「・・・今日のロフタ―の言動を見て、確信いたしました。あいつは、王にふさわしい器ではありません。自身の行動を顧みることなく、サナに怒りをぶつける。・・・正直私は、失望しました。」
いつもの砕けた口調ではなく、しっかりとした丁寧な口調で、ユリア先生はそう言った。
私は内心ひやひやだ。仮にもロフタ―殿下の親である王様と王妃様にそんなことを言っても大丈夫なのだろうか?
「・・そうか。わかった。ご苦労だったな。」
でも、そんな私の焦りは無用だったようだ。
「・・・サナ嬢よ。息子が、すまなかった。」
王様は、そういって、私に頭を下げた。
「な。あ、頭をお上げください。仮にも一国の王様が、私などに頭を下げられてはいけませんわ!」
「・・・それも、そうなんだが。しかし、だな。息子がしたことは、すべて報告を受けておる。随分と迷惑をかけたと聞いた。本当に、すまなかった。」
王様は私の言葉を聞いても頭を上げてはくれなかった。
「・・いいんだよサナ。あいつは、さっきみたいにサナに言葉ない言葉をかけるだけでなく、サナの悪評をわざと流したり、サナの私物を傷つけたりしたんだ。それに、暴漢にサナを襲わせようとした。父上が頭を下げるのは当たり前。むしろそれじゃ足りないくらいだ。・・・もちろん、対応は考えてありますよね?」
ユリア先生は、そんな王様を睨みつけながらそう言った。・・・・ん?父上・・・?
私が首をかしげると、「あぁ、公表されてないけど、私は現王の娘だよ。権力争いとか面倒だったから、王位継承権はすぐに捨てて、小さいころに養子に出たんだ。目立つのは、苦手だったからね。」ユリア先生がそう説明してくれた。
「・・・ユリア先生が王女様~!?」
思わず驚いたように声を上げてしまう。そんな私に、ユリア先生はまたくすくすと笑った。
「・・・それで父上?」
「・・もちろんだ。まず、サナ嬢には慰謝料を払おう。それから、ロフタ―とは婚約破棄の上、ロフタ―は廃嫡。ユリアに王位継承権を戻す。もちろん、サナ嬢の次の婚約には王家から全面的なバックアップをしよう。」
「・・・おや、それは困りました。サナは、私がもらう予定だったんですが・・。」
「・・・・な。」
「・・・サナ嬢がいいのなら、それも支援しよう。」
「・・どうかなサナ、私の手を取ってくれるかい?」
あまりの事態に頭が追い付かない。ユリア先生が王女様で。私とロフタ―殿下が婚約破棄で。私はユリア先生にプロポーズされている。
「・・え、えと、少々お時間いただけますか?」
混乱の末に私が出せたのは、そんな一言だけだった。




