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終末の拝み屋 2

作者: あずびー

 終末の世界。崩壊した街並みで、病に苦しむ男が横になっている。

集落なのか、周りに数人の人間はいるが、医者はいない。

苦しむ人の横で、女性が泣きながら介抱するように、身体をさする。

平和な時代だったら、普通に病院と薬があり、ここまで苦しむ事はないだろう。

男が寝ている部屋に、七人の修行僧が案内されるように入って来た。

身なりはボロボロだが、その内の六人は屈強な体つきをして、腕に巻き付けるように、長い数珠を持っている。

一人だけが華奢で小さく、表情が分からない程の、大きなフードを被っていた。

六人の僧が、病人を取り囲むように立ち、読経を始める。

祈祷だ。科学、医学が発達したあげくの核戦争。人々は宗教に最後の願いを託す。

読経が響き、部屋の空気を変えていく。

一種の催眠状態になるのだろう、苦しんでいた男の表情がやわらいでいく。

 「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」

フードを被った者がマントラを唱え、印を結びながら男の枕元に近づいた。

フードのポケットから壺を出し、中から紙包み取り出した。包みを男の口へと運び、水と一緒にのませる。

 「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」

再びマントラを唱えられた後、六人の僧が一斉に読経を奏で始める。

崩壊した街並みに読経が響く。

屈強な男達が奏でる読経の中に、澄んだ声の読経が重なる。フードを深く被った僧の声だ。

太く響く読経の中で、一段高い音源を響かすように、澄んだ読経が街並みに流れる。

集落の人々が、涙をにじませながら、この読経に聞き入っている。

身体の病、心の病を癒す読経。

先程まで病で苦しんでいた男が、静かな寝息を立て、眠りに就いていた。

華奢な僧は、壺から先程と同じ紙包みを取り出し、女性に渡す。

女性は何度も何度も頭を下げ、出ていく僧達を見送る。

華奢な僧を囲むように、七人の僧が廃墟の街を後にする。

 「私には、一時的な安楽しか与えられない」

華奢な僧がポツリとつぶやいた。

 「何を言う、一時的でも彼らは救われている」

 「そうだ。皆、薬師様の読経を聞いて、一時的でも未来に希望が持てる」

足を止めた僧達が、華奢な僧「薬師」を励ますが、薬師はうつむいたまま、身体を震わせた。

 「でも、この世界に未来はあるのでしょうか」

薬師の涙が頬をつたい、地面に落ちた。 

 「大丈夫、あなたのような人がいる限り、未来はあります」

一人の僧が薬師と視線を合わすようにかがみこみ、薬師の頭をなでる。

 「信じましょう、未来を」

僧達は、廃墟の街を出、夕日が沈む次の廃墟へと足を速めた。





瓦礫が散々する崩壊した街を、五人の人影が走る。

その後を追うように、十人以上の人影が続く。

五人の人影が、後方の人影の視界から消えた。

崩れかけの建物の中に身を隠したのだ。

 「こっちだ!」

野太い声が響く。追っての方は暴力の匂いを身体に纏わせながら、五人の人影が消えた瓦礫付近にやってきた。

 「いたか?」 「いや、いない」 「くっそ! 何処へ隠れやがった」

瓦礫を蹴飛ばし、放り出しながら、追っての男達は四人の行方を探す。

    ガタン!

奥の廃ビルで、物音がした。

 「あすこだ!」

十人以上の男達が、一斉に音がした廃ビルへと走り出した。

 「薬師様、お逃げください!」

瓦礫の山から、一人の男が飛び出してきた。腕に数珠を巻き付けた僧侶だ。

 「マコラ! 駄目!」

澄んだ声が引き止めるが、男、マコラは追っ手の前へと姿を現す。

 「薬師様、今の間にあすこから外へ」

 「しかし、マコラが!」

動こうとしない薬師を、横にいた男が抱き上げ出口へと走る。

 「クビラ! マコラを放って行けないわ!」

 「駄目です。マコラの覚悟を無駄にしないで下さい」

 「でも! マコラが! 」

 「あなたは、この世の光なのです。奴らにあなたを奪われるわけにはいかない」

薬師を抱いたクビラの左右を、残り二人の男、アンテラとハイラが護るように出口へと向かう。

ハイラが先に出口へと回り込み、辺りを確かめてから先に外へと出る。周りの気配を探り、人がいないのを確認して、クビラへ合図を送る。

薬師を抱いたクビラが外へ出て、最後に後ろを警戒しながらアンテラが出てきた。

    ヒャハハハハハハハ!!!

頭上から笑い声が響く。四人が見上げると、五階の壊れた窓に大きな人影が見えた。

    ドスン!!

男は躊躇する事なく、五階から飛び降りてきて、四人の前に立ちはだかった。

大きな男だ。クビラ達も大きい方だが、この男は彼らよりも二回りは大きい。

 「鬼ごっこは終わりだ。そいつを渡せ」

 「薬師様を、おまえらには渡さん!」

 「ヒャハハ!  だったら奪うまでよ。 ノウボ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ」

 「そのマントラは!」

 「オンシャキンメイ・タラ・サンダン・オエンビ・ソワカ!!」

晴れた空から、大男へと突きさすような光が走り、雷が落ちたような地響きが起きた。

大男が自ら光を発しているよに、身体全体が光に包まれる。

 「大元帥降纏術だいげんすいこうてんじゅつか?!」

 「さすがは十二神将、よく知っているな」

 「くそっ!  オン・クビラ・ソワカ」

地に薬師を降ろし、クビラが印を結ぶ。続いてアンテラ、ハイラもマントラを唱え始める。

 「無駄だ! 神将ごときの力、しかもおまえらは三人しかいないではないか! ワハハハ!」

 「神将をなめるな!!」 

 「うるさい! 小物が!」

天から再び光が落ち、地上からも違う色の光が放たれる。

光と言っても電気で照らされた光りではない。あくまでも光りと表現しているだけで、現世の光ではない。

天からの光りが、明滅するように激しくスパークした後、何事も無かったかのように静けさが訪れる。

静けさの中で、ヒャハハ! という下卑な笑い声だけが響き、フェイドアウトしながら遠ざかって行った。




 四輪駆動の車が瓦礫を拭いながら走り抜ける。

車内には運転をしている男の姿しか見えない。

男に行き先があるわけでは無さそうだ。ただ走っている。

目的を持っているわけでもない、ただ走っている。

ガソリンスタンドを見つけてはとりあえず補給する。この時代、ガソリンスタンドが営業しているという事はない。自分でくみ出し補給する。ポリタンクにも予備のガソリンを補充しておく。

そうやって男、宥英ゆうえいはここまで走ってきた。車は先の獄迦宗との争いで、集落を護った時にもらった車だ。

車が、かつて賑やかだっただろうと思われる、廃ビル群に差し掛かった時、助手席にふわりと降りてくる気配を感じた。

 「どうした?」

車を止めた宥英は助手席に声を掛けた。

助手席には十歳前後と思われる、ピンクのワンピースを着た少女が座っている。

少女は窓から見える、遠くの景色を見ていた。

宥英も同じ方を見て確認すると、視界の遠くで争う男達が見えた。

 「わずらわしいのゴメンだ」

宥英が関わるのを避け、車を発進しようとしたアクセルを踏んだ。

    キキッ!!

アクセルを踏んだ宥英は、次にブレーキを踏みこんだ。

ピンクのワンピースを着た少女が、いつの間にか車の前方にいたからだ。

 「おい、モモ!」

宥英はこの少女をモモと呼ぶことにしていた。たまにしか出てこないが、名前が無いと不便を感じるからだ。

 「厄介ごとはゴメンだと言っているだろう」

車を降りた宥英は、モモの前に来て、車に戻れと首で合図をする。

モモは生者ではない、地縛霊から浮遊霊になり、宥英について来ている。

少女は宥英の手を取ると、争っている連中の所へと引っ張って行く。

 「おい、俺は行かないぞ」

宥英は言葉とは裏腹に、少女の弱い力で引っ張られる。

 「わかったよ」

宥英は白い歯を少女に見せた。ここ最近見せ始めた、いや取り戻しかけている笑顔だ。

 「ここからあそこまでは遠い、車に乗れ、行ってやるよ」

宥英が車に乗り込むと、少女はすでに助手席にチョコンと座っていて、彼に笑顔を向けていた。

宥英は少女の頭を撫でると、車を発進させ、争う男達の方へとハンドルをきった。



 「何じゃ、お前は!」 「見世物じゃねえぞ! うせろ」

宥英が争う男達の前に車をつけると、暴力を纏った男達が罵声を浴びせ掛けてきた。

 「俺も関わりたくはないが、仕方なしだ」

宥英は車を降り、倒れている男、マコラの状態を確認する。

 「何を言ってやがる、お前も十二神将か!」

 「十二神将?」

 「こいつも、やってしまえ!」

男達が一斉に宥英へと仕掛けてきた。しかし宥英が相手の攻撃を受ける事は無い。

相手の攻撃を流し、カウンターをくらわしていく。かつての修業時代に学んだ拳法だ。

男達が宥英に押されかけた時、ビルの向こうで地響きが起き、太陽でない光が空気を揺らした。

 「おい、今のは朝照じょうしょう様だろう」

 「ああ、俺達も引き上げだ!」

地響きが合図のように、男達は宥英に背を向け、走り出した。

事態が把握できないまま宥英は、倒れているマコラに手をかざす。

 「お前は・・誰だ?」

マコラは腫れた瞼で宥英を見た。

 「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」

宥英は答えずにマントラを唱え、ゆっくりと気を送るかのように、手の平を身体全体にかざしていく。

 「そのマントラは?!」

 「動くな、傷に響くぞ」

 「しかし・・」

宥英の忠告を聞かず、マコラは起き上がり、痛みを堪え廃ビルの裏へと足を運ぶ。

仕方なしに肩を貸し、宥英も廃ビルの裏へと向かった。

ビルの裏には、真新しい陥没があり、三人の男が倒れている。

 「クビラ、アンテラ、ハイラ・・・・」

 「大丈夫だ、生きている」

宥英は倒れている男達の状態を確認し、マントラを唱え傷を癒していく。

 「これは」

一番重症の男、クビラの状態を調べている時、手に壺が握られているのが見えた。

宥英が壺を取ろうとしたが、気を失っているはずのクビラの手は、しっかりと壺を握り放さなかった。

 「さすがは十二神将だ」

無理に壺を取る気のない宥英は、マントラを唱え、クビラ達の治療に力を入れた。

夕日がさしこむ廃ビル街で、夜を迎えるように癒しの真言が優しくこだました。



 「ようこそ、薬師様」

派手な内装の本堂で、派手な袈裟を纏った男が小柄な僧を出迎えた。

男の背後には、内装に引けを取らない、金色の薬師如来が祀られている。

 「私はこの寺、いや、宗派『極楽浄土新宗』阿闍梨の虞惹ぐじゃくです」

薬師はフードを脱がされ、寒いのか、自分の身体を自分で抱きしめながら、小刻みに震えている。

 「ほほほ、怖がらなくてもよいですぞ、薬師様。いや薬師ちゃんと言ったほうがよいですかな。まさか薬師の力を持つ人間がこんな少女とは」

薬師は、自分の身体を嘗め回すように見る虞惹の視線を嫌い、身を引いた。

薬師と呼ばれた少女、歳は十代半ばぐらいだろうか、色白で、腰まである銀色の髪を後ろで束ね、碧い瞳を虞惹に向けた。

 「クビラ達は?」

 「さあ、知りませんね。私は薬師ちゃんを連れてくるようにと指示しただけですから」

 「・・・・」

 「十二神将等どうでもよいじゃないですか。あなたはこれから、この極楽浄土新宗の本尊になって信者を増やしてもらいます」

 「何を勝手な」

 「ほほほほ、あなたに選択肢はありませんよ。あなたはもう、極楽浄土新宗の物ですから」

虞惹の言葉に、薬師は唇を噛んで下を向いた。

過去、薬師の治癒能力を狙い、様々な宗派が声を掛けてきたが、皆私利私欲が透けて見えいた。

中には力づくで薬師を奪おうとする宗派もあった。しかし、そんな連中から十二神将が命懸けで薬師を護ってきたのだが、いくつもの闘いで命を落としていき、今は四人だけになってしまっていた。

 「さあ、あなたには明日から、その治癒力で信者を集めて頂きますよ。今日だけは休ませてあげましょう、薬師ちゃん」

虞惹は最後の「薬師ちゃん」を強調し、薄ら笑いを浮かべながら本堂を出ていった。

派手な本堂で、声を殺して泣く薬師を、金色の薬師如来が静かに見つめていた。




 「薬師の力を持つ少女か」

五人の男達が、焚火たきびを囲み暖をとる。内四人は傷だらけの酷い状態だ。

 「ああ、薬師様はその力のせいで、いつも狙われている」

クビラは壺を見つめながら唇を噛んだ。本来なら、薬師をさらった奴の所へと、直ぐにでも救出に向かいたいのだが、この傷では返り討ちにあうのが目に見えている。

 「その壺は薬壺やっこか?」

 「ああ、よく知ってるな。それに先程の治癒のマントラ・・  お前はどこかの宗教家か?」

 「いや、ただの流れ者さ。それより、薬師をどうするんだ?」

 「もちろん救いに行く」

 「奴らを知っているのか?」

 「ああ、極楽浄土新宗だ。最近やたらと勧誘にきてたからな」

イラついた顔でハイラが薪に火にくべる。ハイラの怒りが焚火に移ったのか、薪がはじけ、火の粉があがった。

 「宥英と言ったな。薬師様救出に力を貸してくれないか」

マコラが、自分たちの傷を癒してくれた力を思い出し申し出た。

 「いや、悪いが俺はどこの宗教とも関わりたくないんだよ」

協力を求めてくるだろうと予想していたのだろう、宥英はマコラの誘いを迷う事なく断った。

 「そうか、無理を言ってすまない」

 「そうだぞマコラ、これは十二神将の問題だ、傷を癒してくれただけでもありがたい」

クビラが自信の身体を見る。大元帥降纏術を受け、本来なら死んでいただろう身体だ。傷はしばらく治らないだろうが、生きていれば薬師の救出に行ける。

 「宥英、ありがとう。俺達は少しの間傷を癒して、薬師様救出に向かう」

直ぐに救出に向かいたいだろうが、十二神将達は傷を癒し、確実に薬師を救出できる可能性がある方を選んだようだ。

 「そうか、じゃあ俺は行くよ」

宥英は、十二神将との関わりを早めに断ち切りたいのだろう、焚火から離れ車へと向かう。

 「ありがとう宥英」

クビラの声を背中に聞いた宥英は、振り向かずに片手を上げた。

パチリと薪のはじける音が、暗い廃墟に静かに響いた。



 「さあー、 病る者よ。癒しを求める者よ。我が極楽浄土新宗をあがめたまえ。さすれば病や傷は治るであろう」

車で走る宥英の耳に、遠くから騒めきが届いてきた。

クビラ達と別れて一か月以上が過ぎている。本来なら、別れた所から、かなり遠く離れていたはずだった。しかし集落を見つけるたびにモモが現れ、そこで足止めをくらい、まだ、そう離れた距離になっていない。

立ち寄った集落で、缶詰とその集落での産物を交換する。

モモが産物を食べれるわけではないが、餓死した彼女に、そんな食べ物を与えるのも供養になると思い、宥英が続けているのだ。そして何より、産物を与えた時のモモの笑顔は、彼の苦痛な過去を癒してくれる力があるようだ。

 「ここから数キロ先の所に、極楽浄土があるんじゃよ」

 「極楽浄土?」

ある集落の入り口で、老婆が拝んでいるのが見えた。

老婆によると、最近この先にお寺ができて、そこの本尊と言われる方が、病を治してくれるという。

しかしお布施と称する物が、少量の作物では足りないらしい。

仕方なし、ここから拝むだけでも効果があると思い、拝み続けていると話していた。

そのお寺の近くに、宥英がやってきたのだが、遠目にも見張りが厳重なのが分かる。

入り口で、それなりの値打ものを、差し出さないと入れてもらえないのだろう。

 「モモがここに連れてきたのか?」

車の中で声を発するがモモは出てこない。しかし、ここに導くように、モモが現れて集落をめぐっていた。

 「仕方ないか」

宥英は車を瓦礫の影に隠し、缶詰十缶を持って入り口に向かった。

 「これで入れるか?」

見張りの男に缶詰五缶を渡す。男は缶詰と宥英を交互に見た後首を横に振った。

宥英は残りの缶詰を男に渡し、様子を伺う。

男が首で入れの合図をした。とても僧侶とは思えない態度だ。

 「さあー 現世の薬師様です!」

宥英が門をくぐると、演出じみた声が聞こえてきた。

整備された本堂前の庭に、数百人の人間が手を合わせ、本堂が開くのを待っている。

かなりじらされる演出で、ゆっくりと本堂が開き、金、赤、紫などの鮮やかな刺繡で彩られた着物を着た少女が中から現れる。

 「さあー、薬師様。皆に奇跡を」

虞惹ぐじゃくが薬師に頭を下げた。

 「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」

か細い声で薬師がマントラを唱えると、庭にいる人々を暖かい光が包む。

 「薬師様!  どうかこの子に奇跡の治癒を!」

子供を抱いた女性が薬師の前に走り込んできた。

子供は極度にやせ細り、意識があるのか無いのか分からない状態でグッタリとしている。

薬師が子供の状態を診ようと近づいた時、虞惹ぐじゃくの指示で僧が女性の前に立ちはだかった。

 「困りますね、お布施はありますか?」

虞惹が薬師に動くなと、目で脅した後に、ゆっくりと女性に近づいて行く。

 「ここに入れてもらうだけのお布施しかありませんでした。しかし、そこを何とかお願いします。この子はもう三日も食事が喉を通らないのです」

 「図々しいぞ女!」

僧が女性を突き飛ばした。宥英が子供を抱え倒れてきた女性を背後で支える。

 「乱暴だな」

 「何だと!」

       ドッドーーーーーーン!!!!

宥英と僧が睨みあった時、背後で大きな音がした。

 「襲撃だ!」「十二神将だ!」

入り口の門が砕かれ、四人の大柄な男達が入ってきた。

宥英は女性と子供を庇いながら、本堂の薬師の前へと移動する。

虞惹は宥英の動きを視界の隅に捕らえてはいたが、ゴタゴタの後に始末しようと思ったのか、無視して門の方へ向かった。

 「朝照じょうしょう!  居るか!」

虞惹が大男を呼ぶ。

 「キャハハハハハハ!!!」

笑い声と共に大男が姿を現し、十二神将の前をふさいだ。

 「生きていたのか、ポンコツ十二神将」

 「お前ごときの術で、十二神将は倒せない」

 「ならば、もう一度くらわしてやる! 我が、大元帥降纏術を」

朝照とクビラ達が睨みあう、朝照の背後で、少し距離を置いて虞惹が薄ら笑いを浮かべながら戦いを見ている。

傾きかけた天からの日差しが、本堂の前の男達の影を大きく伸ばした。



 「あんたが薬師かい?」

宥英が女性と子供を守りながら、少女の前へとやって来た。

 「この子を頼めるか?」

 「はい」

宥英の言葉に薬師は頷き、女性に子供を本堂で寝かせるようにと指示をした。

子供を薬師に預けた宥英は、睨みあう男達の方へと向かう。

 「あのー、 あなたは」

背後で少女の声がした。

 「気乗りしないが、乗り掛かった舟だ、あんたは、子供の治癒に専念してくれ」

宥英は薬師の治癒に、これからの戦いが邪魔をしてはいけないと思い、本堂の扉を閉めた。

窓明かりと、蝋燭の灯りに照らされた本堂で、薬師が子供の状態を確認する。

思っていたよりも、重い症状のようだ。

少女は印を結び、マントラを唱える。その背後で女性が涙目で祈りを続ける。

 「あの薬があれば・・・」

薬師は焦りの中で、小さく言葉を吐き出した。薬とは薬壺やっこうのなかで、薬師が精製した万能薬のようなものだ。

しかし今は薬壺がない、マントラの効果だけで、何とか治癒を進める少女の前、子供を挟んだ前方に、暖かい優しい風が吹いたかと思うと、空間を揺らすように、ふわりとピンクの服を着た少女が現れた。

ピンクの少女は、満面の笑みで壺を少女に差し出す。

 「これは、・・・薬壺やっこう

薬師が壺を受け取ると、暖かい風を残し、少女は姿を消した。

 「薬師様、どうされました?」

マントラが聞こえなくなったのを気にした女性が、薬師に声を掛けた。

 「いえ、何もありません。何もありませんが、この子は必ず助けます」

 「本当ですか!  ありがとうございます」

薬師は薬壺から薬を取り出し、子供に飲ませた後、再び印を結び、マントラを唱え始める。

西陽にしび刺す本堂に、少女の澄んだ読経の声が響いた。



 「オン・クビラ!」「オン・マコラ!」「オン・アンテラ!」「オン・ハイラ!」

十二神将の四人が自己のマントラを唱え、朝照へと仕掛ける。

大元帥降纏術だいげんすいこうてんじゅつを使わせない為に、一気に勝負に出たのだ。

 「十二神護稗攻じゅうにしんごはいこう!!」

クビラが剣を、マコラは斧を、アンテラは宝鎚ほうついを、ハイラは弓矢を、それぞれの神器で一斉に朝照へと攻撃をかける。

 「ノウボ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・・・・・・」

朝照は怪我が完全に癒えていない十二神将の攻撃をかわしながら、印を結び、マントラを唱える。

口元には余裕からか、相手を小馬鹿にしてような笑みが見える。

 「オンシャキン・タラ・サンダン・オエンビ・ソワカ!!」

      ドッスーーーーン!!!!

天からの落雷が落ちたかのような地響きる。十二神将が衝撃でバランスを崩し、その場に膝名ひざまづいた。

朝照の身体が、電気をおびたように発光している。その身体に向け、ハイラが弓を放つ。

しかし、矢は朝照に刺さる事なくはね返された。

クビラ、マコラ、アンテラもそれぞれの神器で仕掛けるが、朝照に傷一つつけられない。

 「キャハハハハハハ!  弱い、弱いなー  十二神将は」

朝照が光を放ちながら、跳躍しアンテラの前に立つ。アンテラは宝鎚を振り上げ、朝照へと振り下ろした。

しかし朝照の拳が先に、アンテラの腹にめり込む。次いで、マコラへと光の残像を残しながら走り、膝蹴りをくらわした。

大元帥降纏術で、朝照の動く速度が速くなり、ダメージも受けにくくなっているのだ。

 「本当に弱いな。十二神将。ケケケケケケ」

 「畜生・・・」

ハイラが下唇を噛みしめる。クビラの剣を持つ手が悔しさで震える。

四神将とも、闘う気力を失ってはいないが、朝照の光の鎧に対して策がなく、ただ怒りを震わせるしかなかった。

 「もう一度、十二神護稗攻を放てるか?」

クビラの後ろで声がした。

 「宥英!」

 「何だお前は!」

朝照とクビラの声が重なる。

 「十二神護稗攻だとー。あんな術、俺様には効かねーぞ。キャハハハハハハ」

 「お前は本当の十二神将を知らない」

 「なんだとー!」

宥英の顔面へと朝照が拳を入れた。宥英はクロスした腕でそれを防ぐ。

その後、朝照のキックが、瞬時に宥英の脇腹を襲う。宥英は脚を上げ、蹴りを防いだ。

 「面白れぇなあー、面白れぇ。お前も十二神将と纏めて殺してやるよ」

宥英との距離を、少し置いた朝照の身体の光が強くなる。

距離を置き、術のコントロールに集中したのと、宥英への怒りのせいだろう。

 「クビラ」

 「わかった!」

クビラがマコラ、アンテラ、ハイラを見る。皆頷き、印を結ぶ。

 「オン・クビラ」「オン・マコラ」「オン・アンテラ」「オンハイラ」

 「オン・バサラ・メキラ・アンニラ・サンテラ・インダラ・シンダラ・ショウトラ・ビカラ・ソワカ」

十二神将のマントラを、宥英が引継ぎ印を紡いでいく。

 「俺には効かねーと言ってるだろう」

跳躍して、宥英へと襲い掛かかる朝照にハイラが弓を放つ。矢を跳ね返し、そのまま宥英を襲うと思われた朝照が空中で一瞬止まり、地面に落ちた。

 「何だ、これは」

何とか立ち上がる朝照の身体に、数十の矢が刺さっていた。矢は幻影だったように数秒で消滅した。しかし、朝照の身体から血が流れている。

 「クビラ、参る!」

クビラが剣を構え朝照へと走る。 その後をマコラ、アンテラが続く。

 「しゃらくせいーーーーー   ノウボ・タリ・・・・・・・」

集中力を高めるためだろう、朝照が再び大元帥明王のマントラを唱え印を紡ぐ。

先程よりも、朝照を包む光が強くなる。光の鎧が強度を上げているのだ。

   キェェーーーーー

クビラの剣が朝照の光を切る。

   速い!

クビラの剣が何本もあるかのように見え、光の鎧を切り刻んでいく。

マコラの斧の重い一撃が、光の鎧を砕く。

アンテラの宝鎚が光の鎧を貫いた。

   グワァーーーーーー

朝照は包んでいた光が消え倒れた。

 「なぜ・だ、何故、鎧が・・・・」

 「これが十二神将の力だ」

倒れている朝照を、宥英が見下ろした。

 「お前の大元帥降纏術は自分自身のみを護る術。しかし、十二神将護稗攻は互いに力を与え、互いに力を高める術だ」

 「しかし奴らは四人しかいないはず」

 「薬師の周りには、常に十二体の神将がいるんだよ」

 「ちくしょ・・  ノウボ・タリ・・・」

朝照は再びマントラを唱え、印を紡ぎ始めた。

朝照の身体に異変が起きた。彼の足が青い炎で包まれだし、やがて炎は身体全体を覆う。

   グワーーーーーーッ!!

炎の熱さよりも、身体全体を針で突かれるような痛さで、朝照が悲鳴を上げる。

青い炎が勢いを増し、火の手が天へと昇りだした。

突風が吹き、炎がさらに勢いを増した後、炎は朝照と共に消えた。

 「大元帥に喰われたか」

分を超える力を使い過ぎたのか、大元帥明王の怒りをかったのか、朝照の身体と魂は、この世から消滅した。

宥英と十二神将達は、傾きかけた陽を受けながら、空を見上げた。



 「ちっ!」

朝照がやられたのを見て、虞惹が舌打ちをして、背中を向け走り出した。

 「待ちやがれ!」

後を追うクビラ達の前に札が三枚投げ込まれた。 呪符だ!

呪符は空中で三体の鬼へと変化する。獣の頭を持つ鬼だ。

鬼がクビラ達に襲い掛かる。

十二神将達はそれぞれの神器で、鬼を退治していく。

鬼の始末を終えた時、虞惹の姿は見えなくなっていた。

 「畜生!」

マコラが悔しがりながら、破れた呪符を拾う。

 「陰陽師か」

 「いや、呪禁道・・・・召喚鬼師か」

三人のもとにやってきた宥英が、札を受け取り、確認する。

 「みんな、それよりも、薬師様の所へ」

 「ああ、そうだな」

ハイラが弓を背中へ背負いながら、皆を促した。

クビラが本堂の扉を開けると、子供を祈祷する薬師の姿が見えた。

 「薬師様!」

 「クビラ、ハイラ、マコラ、アンテラ、無事だったのですね」

十二神将達の姿を見た薬師が、涙を流す。

 「その子供は?」

 「治癒を施した子供です、もう大丈夫でしょう」

子供の状態を確認しながら、薬師が久しぶりの笑顔を見せた。

 「その薬壺は?」

クビラが薬師が持つ薬壺を見て、自分の懐を探るが、見当たらない。

 「少女が届けてくれました」

 「少女ですか?」

首を傾げるクビラの背後、本堂の入り口に宥英の姿があった。

 「あの方は?」

 「彼は宥英と言います」

 「宥英・・」

 「薬師様を救出できたのも、彼のおかげです」

クビラが今までの経緯いきさつを薬師に説明していると、入り口から声が掛かった。

 「クビラ!」

宥英がクビラに、何かを投げた。クビラはそれを、片手でキャッチする。

 「俺はもう行くから、それは餞別だ」

クビラが受け取ったのは、木彫りの仏像だった。

 「護法童子、いや、護法神将だ。それで、今はいない神将の力をカバーしてくれるだろう」

背中を向けながら、片手をあげる宥英。その右側にフワリと、ピンクの服を着た少女が現れた。

少女は宥英の手をとり、薬師へと振り向くと、可愛らしい笑顔で小さく手を振った。

 「慌ただしい奴だな」

クビラが仏像を見ながら、白い歯を見せた。

十二神将達には死角になっていて、モモの姿は見えなかったようだ。

 「クビラ、ハイラ、マコラ、アンテラ」

 「はい」

 「私、未来への希望が見えました」

 「未来への希望?」

薬師は笑顔で涙を流しながら、両手を合わせ、本堂の入り口に頭を下げた。 

 「弥勒みろく様に会いました」

 「弥勒様に?」

 「はい、ピンクの弥勒様に」

少女の嬉し涙が、本堂に差し込む夕日に照らされ、茜色の宝石のような輝きを魅せた。

















































































































 拙い文章ですが、読んでくれた方、ありがとうございます。

終末での宥英の活躍はいかがでしょうか、次の話の構想も浮かんでいます。

自分よがりな小説ですが、楽しんで書いてます、読んでくれた方も楽しめたなら嬉しく思います。

                                      でわでわ!!

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