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かぎろひの君  作者: 蒼 唯
秋の訪れ
6/8

 けれど、いくら楽しい時間を過ごしてもその後には必ず一人の時間がやってくる。そうなるとやはり千咲の事や白銀の発言が頭の中を過り、また考えても仕方の無いことで悩んでしまう。

 その為か寝不足が続いていて、自分の体調が良くない方向へと傾いていた事実に全く気付けていなかった。


 その日の朝はいつもならとっくに支度を終え朝食の席に着いているはずの時間に、部屋の扉をコンコンと軽く鳴らされてやっと目を覚ました。

「おはよう、然。もうそろそろ起きないと遅刻するけど?」

 呼びに来てくれた紘先輩の声に反応して、昨日より少しだけ重くなった上半身をベッドから剥がすように起こす。

「はい、今……準備します」

「どうしたの? どこか具合悪い?」

 心配そうに顔を覗きこまれて、しっかりしろ! と心の中で自分を叱咤する。


 共同生活なんだから、皆に迷惑をかけるような事はしたくない。


「いえ……ちょっと、眠たいだけです」

「顔色悪いよ? 今日は休んだ方が良いんじゃない?」

 無理やり笑顔を作って誤魔化す。でも、自分の身体にはそんなまやかしは通用しなかった。

「大丈夫で、す……」

 言いながらベッドから抜け出して立ち上がった時だ。身体が重力に逆らえなくなるのを感じ、目の前が真っ暗になる。



 暗闇に包まれたと思った次の瞬間に俺は、藤の花びらが舞い落ちる中で1人佇む千咲の姿を見た。



「全然大丈夫じゃないじゃん!」

 そんな焦った声でハッとして閉ざしていた瞼を開く。そうしてやっと、床へと倒れ込む寸前を紘先輩が支えているという自分の状況に気付いた。

「な、んでしょうね。立ちくらみ……ですかね」

 自身に起こった事を冷静に判断しようとしたけれど、少し声が震えた。

「良いから今日は休め! 俺、トキさんと総一郎先輩に話してくるから然はちゃんと寝てなさい!」

 普段はおっとりとした雰囲気の紘先輩からピシャリと指示を出され、大人しくベッドへ戻って横になる。


 それから少しして寮を出る前の総一郎先輩と紘先輩が様子を見に来てくれた。身体を起こそうとすると、総一郎先輩に制止される。

「良いよ、そのままで。今トキさんが学校と然の叔父さん達に電話してくれてるから、心配しないでゆっくりしてな」

「倒れたんだし、ちゃんと病院行けよ」

 紘先輩からは忠告を受ける。

「有難うございます。すみません」

「謝る必要ないだろ? 何にも悪い事してないんだから。それにしても、タイミング良く騒がしいメンバーが皆揃って朝練で助かったな」

 総一郎先輩の台詞に紘先輩が大きく頷いた。

「確かに。皆が居たら今頃大騒ぎたったでしょうね」

「朝からハイテンションを極めてますからね、数人。でも未だに良佑先輩の朝練理由は意味不明です」

 1、2年の部活生が朝練なのは分かるが、何故それに3年の2人が参加しているかと言うと、快斗先輩は高校でも部活を続ける為で良佑先輩は健康づくりが名目らしい。放課後の部活も併せて毎日トレーニングをしている快斗先輩は理解出来るけど、時々野球部の朝練に乱入する良佑先輩は謎だ。

「アイツはもう爺さんだと思って良いと思うぞ、うん。じゃ、俺達も行ってくるから」

「本当、日に日におじいさん感増してる気がします。行ってらっしゃい」

 2人を送り出すと、入れ替わるようにしてトキさんがやって来た。

「具合はどんな感じだい? 取り敢えず、熱を測ろうか」

 そう言って渡された体温計を脇に挟む。

「どこかが痛いとかは無いんですけど、身体が怠くて……」

「私が直ぐに病院に連れて行けたら良いんだけど、車の免許を持っていなくてね」

「大した事は無いと思うんですけど」

「駄目よ。こういう時はちゃんとお医者さんに見てもらった方が良いわ」

 言い終わるのを見計らっていたかと思うタイミングで、ピピピッと体温計が音を立てる。小さな表示窓に映し出された数字を確かめると微熱があった。体温計を渡すと、トキさんも数値を確認してそれをしまう。

「ほら、少し熱があるじゃない。千悟くんと詩織ちゃん、もう仕事に出てしまってるみたいでね、10時頃には詩織ちゃんが迎えに来て千悟くんの勤めてる病院に連れて行くって言ってたから、少しでも何か食べて待っていようか」

「分かりました。……色々と、すみません」

 謝罪を聞いたトキさんは静かに首を横に振った。

「さっきも総ちゃんが言ってたでしょう。謝らなくたって良いって」

「でも……」

「然ちゃん、皆に迷惑掛けたくないって思ってるでしょう?」

 核心を突かれてドキリとした。

「あ。えっと……はい」

 正直に答えたら、やっぱりとトキさんが笑う。

「良いんだよ、いっぱい迷惑掛けて。皆も私もそんな事くらいで然ちゃんを嫌いになったりなんてしないんだから。迷惑かけたりわがまま言ったりして構わないんだ。前にも言ったけど、私はもう然ちゃんを孫だと思ってるの。だから、本当の家族のように思ってくれて良いんだよ」

 言われて自然と涙が溢れて来た。

 叔父さん達の存在を分かってはいても、それでも何処か孤独である気がしてならなかったからだ。〝家族〟とはもう無縁の世界で生きて行かなければならない。そう悲観している自分がいた。

「有難うございます」

 涙を拭いて感謝の気持ちを伝えると、トキさんは全てを包み込む様な優しい微笑みを浮かべる。

「さて、喉を通りやすい物を作って来ようかね」


 その後、10分もしない内にトキさんが朝食を運んで来てくれた。彼女特製の鮭とほうれん草のミルク粥は、穏やかな気分になれる味がした。

 食欲が無いはずだったのに完食して、またベッドへ入る。




 ◆❖◇◇❖◆


 浅い眠りの中を漂っていると、いつかの如く窓ガラスがコツンと鳴るので意識が覚醒した。

「よッ元気? じゃあ、なさそうだな」

 現れたのはいつぶりかの白銀だ。網戸を外から開け部屋の中へと入って来る。

「そう。ちょっと……体調崩しちゃって。て言うか、また来るからとか言っておきながら全く姿見せないから心配したんですけど」

 文句をぶつけると幼い見た目に反した対応をされ、実年齢を思い出させる。

「悪い悪い。こー見えて俺も中々忙しい身でな」

「あ、そっか。つかわしめ? だっけ」

「今の全部ひらがなで言ったよな」

 ニヤリと笑った白銀からツッコまれる。

「うん。だって字分かんないし」

「だがしかし、ちゃんとその単語覚えてただけでも凄いぜ。……とまぁそれはそうと、その体調不良は恐らく藤に近付いたからだろうな」

「え。そんな……」

「言っただろ。あの藤の木は人の命を奪う」

 先日、白銀から語られた事が脳裏に浮かんだ。


『あの藤は、この辺りの守り神でありながら人間の命を奪ってしまうんだ。近くに居過ぎれば少しずつお前の寿命を吸い取っていくだろう。触れれば最悪、即座に死んでしまう』


「けど、有り得ないって。ただの偶然だと思う。ちょっと疲れてただけで」

「信じないのか? 俺の話した事を。……ま、すぐに分かるさ」

「? それってどういう───」

「お。お迎えが来たみたいだぜ?」

 聞き返そうとしたらはぐらかす様に話題を変える白銀。

「ちょっと話そらすなよ」

 追求しようとしたが無駄だった。

「すぐに分かる。言葉通りの意味だよ」

 そう言いながらベッドサイドから離れ、窓の枠を股越す。

「数日はゆっくり休んで、そしたら元気になるさ。んじゃ、また遊びに来るから」


 チリンと鈴の音を鳴らして去って行った白銀と入れ違いに、車のエンジン音が聞こえて来る。

お読みになって頂き、有難うございますヾ(´︶`♡)ノ

宜しければ感想や評価、ブクマ登録もして下さると咽び泣いて喜びます*.+゜


なかなか話が進みませんね。爆

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