IV
間違えてたので上げ直します(꒪ཀ꒪)
寮へ真っ直ぐ帰る気になれなくて、遠回りになるが寄り道する事にした。
舗装されていない砂利道からアスファルトへと変わった道を歩いて行き数件の民家を通り過ぎた後、魚が泳ぐ姿が確認出来る程透き通った川に架かった小さめの橋に辿り着く。そこを渡り、緩やかな坂を登りきるとようやく片側一車線の道路に出る。
向かって右手へと数歩踏み出した丁度その時、通りかかった車から名前を呼ばれふと我に返る。
「然くん!」
顔を上げて声の主を目にするや否や、しまったと思った。
「あ、千悟さん」
今日が約束の日である事を忘れていたからだ。
「その顔は忘れてたって顔だね?」
「すみません」
「良いよ良いよ、大丈夫。とりあえず乗って。ドライブに行こう」
そう言ってくれる彼は怒るどころか、とても楽しそうにしている。
この人、向坂千悟は父さんの弟。つまりは俺の叔父さんで、この町へと俺を誘った張本人だ。まだ叔父さんと呼ぶには気が引けて、名前で呼ばせて貰っている。
俺を助手席に乗せる為、置いていた荷物を後部座席へと移動させている。視線に気付いたのか説明してくれた。
「コレね、嫁さんにお砂糖ついでに買ってきてーって頼まれちゃってさ。要するに使いっパシリ」
そんな風に言っているが、スーパーの袋を持ち上げて笑う千悟さんはとても楽しそうに見える。
「今の話を詩織さんが聞いたら怒るんじゃないですか?」
詩織さんとは千悟さんの奥さんで俺の叔母さん。
「そうそう。だから俺と然くんの二人だけの秘密ということで」
いたずらを隠す子どものように真剣な顔で言われて、俺もつられて真面目に頷く。でもお互いすぐにその真剣さが可笑しくなって、どちらからともなく笑い出していた。
「あーやっといつもの然くんだ」
「え? 俺、何か変でした?」
「変というか、ぼーっとしてる感じだったから、何か悩み事かな? と思ってね」
俺で良かったら聞くよ、と車を発進させる。
とは言え、車内では本題には入らなかった。雑談を交わしながら少し走ると通り沿いに公園を見つけた千悟さんからちょっとあそこ寄ろうか、と誘われ隣接する駐輪場に車を停める。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
入り口にある自販機でジュースを買った千悟さんは、一本を俺に渡しながら公園の中へと入って行く。
ブランコと鉄棒、あと砂場くらいしかないこじんまりとした公園。遊んでいた子ども達は丁度、母親や兄弟に連れられて帰り始めた時間帯で、少しだけ物悲しい雰囲気を纏っている。
「お、ブランコだ! 俺子ども頃ブランコ大好きで、休み時間中ずっと乗ってたよ」
また子どものように無邪気になった千悟さんは、一目散にブランコへと駆け寄った。
「ブランコを高く高く漕いでいったらさ、空に浮かぶ雲の上が見えるんじゃないか届くんじゃないか、もしかしたら乗れるんじゃないかって、そればっかり考えて必死になって漕いでたなぁ」
「千悟さんの子ども時代って、すぐ想像出来ますね」
「あ! 然くんちょっとバカにしてるだろ? いつまでも少年の心を持ち続けるのは大切な事なんだぞ」
楽しそうにブランコを漕ぐ姿は、言葉の通り少年の心を大事にしていると教えてくれる。
「バカになんかしてないですよ。そんな千悟さんだからこそ、俺もこの町へ引っ越す決心が出来たんです」
名乗り出てくれたのが千悟さんではなかったら、多分俺は1人で生きて行く道を選択していただろう。
「嬉しいこと言ってくれるねー。じゃあその調子で悩み事言っちゃえ言っちゃえ!」
言われて、やっぱり千悟さんは凄いなと思った。俺のペースに合わせて、少しずつゆっくりと話をしやすい方向へ持って行ってくれていたのだ。
「まだ2回しか会った事無いんですけど、すごく気になる人がいて」
俺の発言に、茶化すような口調で言う。
「もしかして、好きな子だったりして?」
「いや、そうではないと思います。けど、自分でもこの感情が何なのかよく分からなくて……そういう意味でも困ってますね」
「あ〜なるほどねぇ」
深くは語らず、千悟さんは1人納得した。
「それとこの感情より困ってるのが、その人にとって恐らく一番言われたくない事を言ってしまったんです」
「それで怒らせちゃった?」
「いいえ。それが、怒るでも哀しむでもなく、ただただ拒絶されてしまって……」
思い出すと疑問が頭に浮かんで、言葉が詰まってしまう。
「だからあんな悲しい顔してたんだね」
「そんな顔、してました?」
指摘されて初めて、あぁ、悲しかったんだ、と思った。
「うん、してた。でも話を聞いて、ちょっと嬉しくなった」
「え、ひどッ」
俺の反応に千悟さんは慌てて謝った。
「いや、ごめん! 然くんが悩んでるのを見て愉しんでるわけじゃないんだよ! 大人でも子どもでも、生きていれば悩みが増えていく。特に人間関係なんて全世代共通のものだ。その悩みを然くんが抱えてるってことは、然くんにとって大切にしたい人が出来たんだろうなぁと思って」
「大切に、したい人……」
千悟さんは本当に自分のことのように嬉しそうに笑った。
「悩み事って確かに辛い思いをしたり悲しい気持ちになったりするけど、でも人はね、悩んだ分だけ成長するんだ。そう考えると素敵だと思わない?」
「はい、素敵です」
辛い、悲しい、と思っていたはずなのに、考えや物の見方を少し変えるだけで、素敵だと口に出来るほど前向きな気持ちになれた。
「千悟さんはやっぱり凄いですね。俺にとって千悟さんも大切な人の1人です」
「本当? 嬉しいなぁ。ちょっとでも然くんの力になれたみたいで良かった」
俺は単純だ。背中を押してくれる人がいて前向きになってしまえば、こんなにも簡単に動き出せる。
「俺さっきまで、また会いに行って拒絶されたらどうしようって、そればっかり考えてました。でも怖がってばかりではダメですね。色々確かめたい事もあるし、明日……もう一度会いに行ってみます」
悩んだり傷付いたりすることは構わない。でも、後悔だけは絶対したくないから。
約束の日は向坂家に泊まる事になってるのだけど、この日はそのまま寮に送って貰った。
◆❖◇◇❖◆
翌日の放課後、俺は宣言した通り藤の社へと向かった。その次の日も、次の次の日も、彼の場所へと足を運ぶ。今日こそは、という思いを胸に。
けれど、何度行っても、千咲の姿はなかった。あの不思議な猫も見掛けない。
そんな日々を繰り返して、5日が経とうとしていた。
「然どうした? 最近元気ないじゃん」
夕食後、寮生数人と食堂で宿題をやっていると、良佑先輩から不意にそう声を掛けられる。
「え? あ、いや……そうですか? 普通ですよ」
普段通り過ごしていたつもりが、どうやら負のオーラを醸し出してしまっていたらしい。
「いんや! 元気ないね。俺、結構そういうの見抜く力すんごいんだから」
「暑苦しいけどな。でも、確かに元気ないとは思ってた。学校にまだ馴染めないんじゃないか?」
力強い発言をする良佑先輩に続いて総一郎先輩からも心配され、慌てて否定した。
「全然! 学校は、秀祐もいるし皆仲良くしてくれて楽しいです。ただ、何でしょうね……遅く来た夏バテですかね」
「何だよ〜夏バテかよ〜。俺はてっきり恋煩いかと」
「お前は本当に思考がおっさんだな」
「おっさん言うな! その前も暑苦しとか言いやがって! ちゃんと聞いてんだからな! 総一郎! ま、それは兎も角。トキさ〜ん! 然が夏バテらしいから、しばらくは喉通りやすく且つスタミナつく料理お願いしまぁす」
切り替えの早い良佑先輩は、明日の朝食の下ごしらえをしているトキさんに注文する。
「だいぶ難しいオーダーだな」
「あとおはぎも食べたいで〜す」
総一郎先輩のツッコミをバッサリと切り倒し、良佑先輩に便乗してリクエストしたのは紘さんだ。
「まぁた渋いメニュー出してきたよ、ヒロが」
「本当にな」
「YEAH、食べたいんで」
何故かノリノリで答える紘さんへ、総一郎先輩がすかさず指摘する。
「ラッパーか、お前は」
いつもの如く混沌を極めてきた会話をトキさんがニッコリと笑って綺麗さっぱり一纏めにした。
「はいはい。喉を通りやすいスタミナ料理とおはぎね。お任せ下さいよ」
就寝時間となり解散して自室へと戻る。
1人になるとまた、千咲の事が頭をよぎり始めた。もう会うことは無いのだろうかと、ベッドの上で考えていると部屋の窓がコツンと音を発てる。
窓の外は一階の玄関付近の屋根と繋がっていて、その屋根の上に人影がある。もうすぐ日にちを跨ごうという時間帯に、10歳くらいの少年が窓から部屋を覗き込んでいた。
少年は歴史の教科書で目にするような現代では見慣れない衣服を纏っている。部屋の灯りに照らされて煌くその少年の髪の毛は、見覚えのある銀色だった。
「君は、もしかして……あの、猫?」
窓を開けながら俺は少年に尋ねる。彼は、その幼い見た目には似つかわしくない含み笑いを零した。
「お前といい、千咲といい、勘が良いというか何というか。ちゃんと人を見てんだよなぁ……。そ、俺はあの猫、白銀だ」
白銀はそう言いながら、俺が手を差し伸べるより遙かに素早い身のこなしで、いとも簡単に窓枠をヒョイと越えて部屋に入って来た。
「だってその銀色の髪の毛、見間違うはずがない」
確かにこんな頭じゃそうか! と、笑い声を上げながら白銀は頭をガシガシ掻いた。
「というか何者? 人間だったの? もしかして……魔女から猫の姿に変えられてたとか?」
「そんな訳ねぇだろ。ファンタジーじゃあるまいし」
「人型になる猫なんてファンタジーでしか見ないよ」
本やアニメ、お伽噺の中の出来事だと思っていたことが、今現在目の前にある。
「俺だって元々は、つってももうずぅ〜っと昔のことだが、一応飼い猫だったんだぜ」
「ずぅ〜っと昔って……今何歳なの?」
「歳? う~ん、500歳は越えてると思うが、途中から数えるの面倒になって忘れた!」
確かに、100年も生きられない人間ですら年齢を忘れることがあるというのに、500年も生きていれば分らなくなっても当然だ。
「まぁ、それもそうか。でも500歳を越えてるって、10歳くらいにしか見えないんだけど?」
「あー、この姿は今のお役目を務めるのに色々と便利なんだよ」
「お役目? って、何するの?」
ずっと質問してばかりだな、と思いつつもやっぱり質問してしまう。
「最近じゃもっぱら神様の花嫁の遊び相手と化してるが、一応は使婢ってやつだ」
それでも白銀は嫌な顔一つせず、一個一個答えてくれる。
「つかわしめ?」
聞きなれない単語も、きちんと噛み砕いて説明してくれた。
「まぁ何だ? 神の使いって言ったら分かり易いか。神様の言葉をお告げとして人間に伝えるモノ! なんだと」
ニカっと笑う白銀。
「何か他人事な言い方だよな」
「いや、だってさっきも言ったが最近じゃあんまりその役目ないし、俺が仕えてる神様ってのはな……まぁ、アレだ」
白銀はそこまで口にして言い淀んだ。
「アレって、全く分かんないんだけど。ていうか神様とか言い出してる時点で、やっぱ十分ファンタジー」
「あーまぁ、そう言われればそうだな!」
綺麗な見た目には不釣り合いな豪快な笑い声。でもその笑い声で落ち込んでいた気持ちが励まされて明るい気持ちに変えてくれる。
「何だろう、猫の時と随分雰囲気が違う気がする。もっと冷静とか静穏とか澄ましてるイメージだった」
「気のせいだ、気のせい! ん? つーか失礼な奴だな」
「誉めてるんだよ?」
生意気な俺の言葉に、白銀は嘘吐け! とまた底抜けに明るい笑い声を上げた。
そしてその笑いが治まった後、猫の姿の時を思い出させる凛とした顔つきになった。その表情や態度は、長く生きてきた事を窺わせる。
「ま、俺の話なんてどうでも良くって、本題は全く別。神様でも仏様でも何でもなく、俺自身が思ってることを然に伝えに来た」
今から話す事、理解は出来なくても良い。でも、何も言わずに聞いてくれと、そう前置きをして、白銀はゆっくりと語り始めた。
「もう誰かから聞いたかもしれないが、あの藤はな、この辺りの守り神でありながら……人間から、命を奪うんだ。近くに居過ぎれば少しずつお前の寿命を吸い取っていくだろう。触れれば最悪、即座に死んでしまう場合もある」
この説明を聞いて、理解した。だからあの時千咲は藤の実に触れようとした俺を止めたんだと。
「千咲が然を遠ざける態度を取ったのは、それが理由だ。そして然が千咲にとって大切な存在で、千咲が守った命にとっても大切な人間だからだ。それは俺も同じ気持ちで俺もお前を守りたい。だから然、もうあそこへは来るな。お前に与えられた時間を無駄にしないでくれ」
俺の返事は聞かず、白銀はまた顔見に来るからと言い残して、来た時と同じように素早く部屋を出て行った。
夏の終わり、完結。
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