Ⅲ
前回からだいぶ間が…。申し訳ない_(꒪ཀ꒪」∠)_
始業式から、数日が経った。
2学期という中途半端な時期にこの参月中学へ転校してきた俺は学校にとって、少し異質な存在だった。なにしろ小学校、早ければ保育園くらいからほぼ同じメンツで過ごしてきた生徒達が殆どなので、それも仕方ない。だが、寮の皆は何かと気に掛けてくれるしクラスメイト達も親切なので、この距離感が縮まるのは時間の問題だろう。
「おーい! 然ー」
教室移動をしていると、後ろから秀祐に呼び止められる。振り返ると、手に持った何かを振りながら走ってきた。
「然、お前机の上に筆箱忘れて行ってたぞ。どうやってノート取る気だよ」
秀祐が筆箱を差し出す。
「あぁごめん。ありがとう、助かった」
「おーよ。つか、ずっと思ってたんだけど、然って何かお上品だよな」
至って真面目な顔で言う秀祐の言葉を聞いていたのか、目的の教室前の廊下で雑談をしていた2人組の生徒の片方が彼に声を掛けた。
「ちょっと秀祐~。繊細そうな浅倉君をガサツなあんたの世界に引きずり込むのだけはやめてよね!」
「んだと? 瑞穂! 俺以上にガサツな女に言われたくねぇよ」
「はぁ? 何ですって! もう1回言ってみなさいよ! 蹴り飛ばすわよ?」
「何度でも言ってやるよガサツ瑞穂!」
威勢の良い瑞穂と一緒にいた生徒が、シッシッと犬でもあしらうように右手を振る。
「はいはい、夫婦喧嘩は余所でやってよね。浅倉君が困ってるじゃない」
「「誰と誰が夫婦じゃ、よう子!」」
噛みつくような勢いで見事にハモった彼等に、あんた達以外に誰がいるのよとしっかりツッコミを入れたよう子は、いつでも冷静沈着といった感じだ。そんなよう子が2人を放置して俺の方へと向き直る。
「そういえば浅倉君、藤の社に行ったって本当?」
「えーっと? 何の事?」
困惑する俺に秀祐が補足してくれる。
「あ〜ほら、アレだよ。……肝試しん時行った」
「ん? あ、あの何か建物の焼け跡があるとこ?」
聞き返すとよう子が説明してくれた。
「数十年前に起きた火事であんな状態になってしまったけど、あの場所には元々この地域を護る神様を祀ったお社が建っていたの」
「へぇ、そんな場所だったのか」
1人納得する俺の隣から秀祐がよう子に尋ねる。
「てかよう子、然があそこに行ったって誰から聞いたんだ?」
「誰って、西沢君よ」
「拓馬か……あんのお喋りめ」
それまで静かに傍観していた瑞穂が秀祐に詰め寄るように捲し立てた。
「ていうか何であんな所に浅倉君を連れて行ったりしたわけ!?」
負けじと秀祐も言い返す。
「兄ちゃん達がどうせ登り切る以前に近付くのすら全員無理だろうからって決めちまったんだっつの! 俺だってやめた方が良いって散々言ったわ!」
ふと、あの日聞き忘れたままだった事を思い出した。
「言い合ってる所申し訳ないんだけど、あの場所ってそんなにヤバいとこなの?」
俺の問い掛けで、途端に3人が押し黙る。
そして、この沈黙を破ったのは何事も物怖じしなさそうなタイプの瑞穂だった。
「あのね、浅倉君はこっちに来たばかりだから知らなくて当然なんだけど、あの場所にはあまり良くない言い伝えがあるんだ。近くを通りかかっただけで事故に巻き込まれて、それも大怪我だったり最悪の場合は死人が出たり……」
瑞穂の話の後に、声を潜めたよう子が続ける。
「もっとずっと昔に遡ると、籐の社へ足を踏み入れた者は必ず神隠しに遭う、そう言われてたそうよ」
「……神隠し」
俺は聞いたままを復唱した。
「ただの言い伝えだって言う人もいるけど、実際最近も事故が起きたりしてるから、この辺りの人間は怖がって今はほとんど近寄らないようにしてるわ。だから浅倉君もこれからは行かない方が良いと思うよ」
「それにお社での火事の時──」
よう子が言い終えるのを見計らって瑞穂が何かを付け加えようとした時、教室内の男子生徒から呼び掛けられた。
「秀祐〜浅倉〜、瑞穂達も。そろそろ席着かないと先生来るぞー」
片手を挙げて秀祐がそれに答える。
「おう、分かったー」
「この話はまた後にしよっか」
そう言った瑞穂とよう子は先に席へと向かった。
「然? とりあえず教室入ろうぜ」
たぶんぼんやりしていたのだろう。秀祐から腕を引かれた。
「あ、うん……ごめん」
こちらの様子を窺いながら秀祐が言う。
「何で謝ってんだよ。俺、あんまりああいう話って信じない、と言うか信じたくないしぶっちゃけ怖いの苦手だから嫌いだけど、さっきよう子が言った通り、あの近くで事故が起きてるのは事実だから、頂上まで行った然は気をつけた方が良いかもな。次から行こうとした時は俺も止めるしさ」
「そうだな、気を付けるよ」
返事はしたものの、俺はやっぱり上の空だった。
何故だかずっと、千咲と名乗ったあの子の事が頭を過って仕方がなかったから。
◆❖◇◇❖◆
結局、授業の後も藤の社の話をする事がなかったらから、余計にこんな行動を取ってしまったのかもしれない。
学校が終えると通学カバンを置きに一先ず寮に戻る。それから俺の足は、誘われるかの如くあの場所へと向かっていた。
あんな話を聞いて近付くべきじゃないのも分かっているけど、どうしても彼女に会わなければならない気がしたからだ。会ってどうなる訳でもないし、会ったのだってたったの1度きり。なのに何故か、千咲の顔が見たくて、声が聞きたくて、その衝動を抑える事が出来なかった。
あの日と同じように山道を歩く。けれど、あの日と違って心細い。それは夏の終わりが近いせいか、1人で居るせいか、どちらなのかは判断し難いが。
殆ど早足だったから、直ぐにあの階段まで行き着いた。こうして見ると、山の中にあるのが不自然な程やけにきっちりとした石畳だ。所々苔に覆われ古びたその石畳の階段を登って行く。
結構長いはずなのに、2度目の今日は前より早く登り終えた気がした。
鳥居をくぐり一旦立ち止まると、焼け跡が待ち構えていた。その奥には藤の蔓を広げた大木がひっそりとそびえ立つ。夕方の静けさがこの場所の雰囲気を引き立たせ、焼け焦げた社の存在を強調させる。
この存在感が、何に対してか説明しようのない焦りを感じささた。
そんな焦燥感に駆られながら玉砂利の敷かれた地面を数歩進めば、藤棚と化した社の焼け跡の真下へ辿り着く。
あの日はよく見えていなかったが、蔓の持ち主である大木は非常に大きなものだった。大木と言うより巨木と呼ぶ方が相応しいように思う。
巨木の波打つ幹に腰掛け、膝の上に乗せた銀色の猫の背を撫でている千咲の姿を見つけ、そちらへと踏み出す。すると彼女達はほぼ同時にこちらの気配に気付いて振り向いた。
千咲は、少し驚いた表情を見せる。
「……また、来たのね」
声を掛けてくれる千咲に、言い様のない感情が湧いてきた。
「あぁ、うん。……学校が始まって、ココの話題になったら急に君の事を思い出したんだ」
何処か懐かしむように彼女は呟く。
「そう言えば、もうそんな季節ね」
千咲の呟きは耳に届いていたが、こんな風にグルグルと勝手に心慮が巡り始める脳内を止められなかった。
姿も見える。声も聞こえる。彼女はちゃんとそこにいる。
でも何故か頭から消えない、〝神隠し〟の言葉。
「何を考えているの?」
そう問い掛けてくる千咲と視線が重なった瞬間、思考を読まれている気がしてふと我に返る。
「あ、いや……君は、この場所が恐ろしくはないのかな、と思って」
「……」
俺の言葉に、彼女は応えなかった。
だから余計によく考えもせず咄嗟に発言してしまったことを強く後悔した。けれど放たれた言葉はもう戻ってこない。
「いや、クラスメイトからココの言い伝えを聞いて、それで」
そう言うと千咲は白銀を撫でていた手を止め、何処か遠くを見つめた。その横顔は、息を飲む程に美しかった。
「……この場所の周辺でよく起こる事故や神隠しを恐れて、この町の人間はほとんどココへは近付かないって。でも君は、ココにいる。だから皆みたいに怖くないのかなと、思ったんだ」
千咲は黙っまま、ピクリとも動かない。
「本当は、近付かない方が良いって言われた。でも、それでも何故か君に会いに行かなくちゃと思ったんだ」
「貴方も」
沈黙を貫いていた千咲がやっと口を開いた。
「貴方も人ではないモノの存在に気が付くでしょう」
「?」
疑問符を浮かべる俺の顔を見た後、千咲は縋るような声を出した。
「もし、そのモノの心を感じ取ってしまったら……どうするのが一番良いと思う?」
けれど俺には彼女の問いの真意が解らず、聞き返すしか出来ない。
「それはどういう意味?」
しかし、千咲はすぐ様前言を撤回した。
「いいえ、何でもない。今の話は忘れて。それから、皆の言う通りここへは、来るべきでは無いわ。だからもう、帰って。……そしてもう2度と来ては駄目よ」
そう言う彼女の瞳に強い意志を感じて、これ以上はどうしようもないと悟った。
再び押し黙った千咲は目の前に居るはずなのに視界から消え去ったようで、掛ける言葉も見つけられず為す術もない俺はその場から離れた。
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