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素顔のキミ、メガネのボク

作者: 日下部良介

既に締め切られた山之上舞花さん他企画の作品です。本来のテーマとは少し違いますが勝手にキーワードを淹れさせていただきました。

「どうしてメガネなの?」

「えっ? それは目が悪いから…」

 

 月に一度程度ここに来るお客さん、いつもボクが担当する。

 カットの時はメガネを外してもらうのだけれど、ボクはメガネをしていない彼女がとても魅力的に見えた。


「いかがですか?」

 そう言ってボクは彼女にメガネを渡す。

「はい、大丈夫です」

「では、こちらへどうぞ」

 支払いを終えて店を出ようとする彼女にボクは声を掛けた。

「ちょうど、休憩に入るところなんです」

「はぁ…」

「よかったら、少し付き合って頂けませんか?」

「えっ! あ、少しなら…」

「ちょっと支度をして来るので、そこのカフェで待っていてもらえますか?」

「あ、はい…」


*****


 こんな風に声を掛けられたのは初めてだった。学校に通っていた時も働きだしてからも。彼に言われたこのカフェに来てから、既に30分経っていた。きっと、からかわれたんだ…。もう、帰ろう。そう思って席を立とうとした時、私の前に人影が現れた。

「ここ、いいですか?」

 私は辺りを見渡す。他にも空いている席はある。きっと、何かのセールスに違いない。以前、同じ様なシチュエーションで英会話の教材を買ってしまった。同じ過ちは繰り返したくない。

「もうすぐ、彼が来ますから」

 思わず、“彼”だなんて見栄を張ってしまった。

「そう思ってくれているなんて光栄です」

 その人はそう言って微笑むと、私の前に座った。

「あ、あの…。だから、待ち合わせをしているので…」

「判りませんか? ボクですよ」

 そう言って、その人はメガネを外した。

「あっ!」

 その人は私が待っていた人だった。美容室で声を掛けてれた人。


******


 言い訳だったのだとしても、嬉しかった。こんなに可愛い子に“彼”と言ってもらえたことが。

「どうして?」

「えっ?」

「メガネ…」

「ああ、目が悪いので」

「あっ…」


 店でボクが質問したときに彼女が答えたセリフをそのまま返したことに彼女は気が付いたみたいだ。

「ごめん、ごめん。店長の方針でね。店ではビジュアルも重要だからってコンタクトにしてるんだ」

「ステキです…。メガネも…。その…。よく似合ってます」

「宮内です。宮内聖人(まさと)

「あ…。知ってます。ネームプレートに書いてある…。私は葵衣(あおい)…。早坂葵衣です」

「あおいさん、ありがとうございます。単刀直入に言いますね。あおいさんが初めてお店に来た時から親しくなりたいと思っていました。よかったら、お付き合いしてもらえないでしょうか?」

 思わず告白してしまったけれど、軽い男だと思われただろうか。彼女の返事を恐る恐る待つ。

「私なんかでいいんですか?」

「あおいさんがいいんです」

「嬉しいです。私も宮内さんのような人と親しくなれたらいいなと思っていました」

 内気そうな彼女がすぐに返事をしてくれるとは思っていなかった。返事は次に店に来る時まででいいと思っていた。もしかしたら、もう店には来てくれないかも知れないとも思った。それならそれが彼女の答えなんだと諦めればいいと。でも、彼女の返事はボクがいちばん期待していたものだった。

「やった!」

 思わずガッツポーズが出た。彼女がクスッと笑う。初めて見た彼女の笑顔はとびっきり可愛かった。

 僕たちは連絡先を交換し合って、次に会う約束をした。


******


 あの宮内さんに交際を申し込まれるなんて思ってもみなかった。帰宅してから鏡に映った私に尋ねた。

「宮内さんは私のどこを気に入ったのかしら?」

『どうしてメガネなの?』

 そう言った彼の言葉が頭に浮かんだ。

「コンタクトにしてみようかしら…」


 あの店の前を偶然通りかかったときにウインド越しの彼が目についた。少し髪が伸びてきたのに気が付いた私は思わずお店のドアを開けた。

「いらっしゃませ。初めてですか?」

「あ、はい」

「どんな感じにしましょうか?」

「少しだけカットをお願いします」

「解かりました。メガネをこちらに」

 私はメガネを外すと、彼が差し出したメガネ入れに置いた。

「へー…」

 彼の視線が鏡の中の私をじっと見つめている。顔が赤くなるのを見られたくなくて下を向いた。初めて彼にカットしてもらった。それからはいつもその店でカットしてもらうようになった。


 初めてのデート。昨夜は眠れなかった。顔がむくんでいないか、目の下にクマなどできてはいないか、そんなことを気にしながらも早く彼に会いたくて予定よりも早く家を出てしまった。そして、彼と約束した待ち合わせの場所に1時間も早く着いてしまった。

「ずいぶん早いんだね」

 彼が声を掛けてくれた。

「あの…。今日は…」

「うん! コンタクトにしたんだね。素敵だよ」

「私だとすぐに判りました?」

「うん、いつも見ているからね。あおいさんは素顔の方が素敵だよ。でもね…」

 彼に褒めてもらえたのはうれしい。コンタクトにしてきてよかった。でも…。でもなんだろう…。


******


 彼女とデートだと思うと、他の事が何も手に付かなかった。昨夜はほとんど眠れなかった。居ても立っても居られなくて早く家を出た。待ち合わせ場所に約束の時間より1時間も早く来てしまった。

「あっ!」

 彼女が既に来ている。今日はメガネをしていない。もしかしてコンタクトに変えたのかな…。そっと近づいて声を掛けた。

「ずいぶん早いんだね」

 振り向いた彼女は思った通りコンタクトに変えたのだと言った。やっぱり素顔の彼女はとても素敵だ。でも、この素顔の彼女は僕だけの彼女で居て欲しい。

「…あおいさんは素顔の方が素敵だよ。でもね、その素顔は僕と居る時だけにして欲しい。僕だけの宝として」


******


 初めてのデート。とても楽しかった。帰宅して鏡に映った私に問いかける。

「こんな幸せ、いいのかしら?」

『いいのよ。彼の気持ちにちゃんと答えてあげなさい』

 そんな声が聞こえたような気がした。


 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 男性、女性、それぞれの視点だとよりニヨニヨしますね! ああ楽しい! 自分だけが素顔を知ってるとか、萌えます~(*´艸`) 眼鏡ひとつでだいぶ印象が変わる…それがとても素敵でした。
[良い点] 美容師さん!!! 素敵すぎる着眼点です……
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