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マナツノヒルノユメ  作者: akihu
1/3

平成大滝

 

「これが平成大滝か。」


ここは奈良県南部大峰山地にあるX沢。

季節は真夏。時間は朝。


俺は大滝ハンターこと沢屋の山田流一。

いままで沢登りという登山形態の中日本中にある数々の大滝登攀をやってきた実績のある沢屋で今回は高さ百メートルにもなる大峰山地随一の大滝、平成大滝を登りにやってきた。


平成大滝はいままで未知の沢だったX沢をある有名な沢屋が平成元年に溯行して発見したので平成大滝と名付けられた。


だがその沢屋も平成大滝を前にして登れる気がせずまた巻き道も見つけることが出来なかったので未だに完全溯行されていない未知の沢で今回平成大滝を登攀に成功すれば初登攀となりその先の沢を山頂まで詰めることが出来れば初の完全溯行となる。


X沢はたびたび有名な山岳雑誌にも紹介されており登山者の中でも話題になっていた。

なので今回の溯行が成功すれば流一の山の世界での評判も上がることになる。


そうなるとモチベーションが急上昇するのがこの男。


「必ず登りきってみせる。」


流一は少し離れたところにある岩の上から小一時間ほど滝を観察していた。

登ることのできるルートを探しているのである。

滝が高過ぎていくら頭を上げても上部の状態は分からなかったが中間部分までのルートは読めた。


「50m上部にテラスがある。ギリギリあそこでワンピッチきれるな。」


流一が持ってきたロープ長さは60m。

一般的なロープは50mだが大滝登攀に備えて長めのロープを持ってきた。

なので50m上部のテラスでもロープが届き支点を作り直して更に上を目指すことが出来る。


そうして滝の右下辺りまで移動すると少し水しぶきがかかった。

水が滝の上部から落下して落ちていく間にミストになるものもある。

滝の真下ではないのでまだいいが凄い水量で音も爆音である。


流一は沢靴からクライミングシューズに履き替えて目の前の岩の隙間にハーケンを打ち付けて行く。

そうやった支点を作成するとロープを固定してソロイストという単独登攀用のギアをセットして登り始めた。


すぐ左側は逆層で悪いが流一は登りやすいラインを選んで登る。

岩は少しミストのせいで湿っているが幸いクライミングシューズのフリクションは良く効いていた。


時々カムやハーケンを使って中間支点を取りながら高度をあげていく。

下部はガバが多くホールドには困ることがなかった。

そして例のテラスにたどり着くと再びハーケンで支点を作りそこから懸垂下降ではじめの支点まで戻ってくる。

そして支点を回収しながらまた同じルートを登り返した。


「案外楽勝だな。」


再びテラスの支点まで戻ってくるとそう呟いた。


だがこれか登るルートを目視すると表情が変わった。


「登りきれるか?」


これまで登ってきたルートはせいぜい5級といったところだったがテラスから上はいままでのゴツゴツした岩とは対照的にのっぺりした細かい岩に変わって行く。


「12はありそうだ。」


5.11というのが一般人の最高点といわれていて流一の最高オンサイトグレードが5.13c。

クライマーのなかでは相当な実力を持っている流一だったが上に行くほど細かい岩になるのでおそらく中間支点も取りづらくなる。

地上からの高度100m近いところでランナウトの恐怖と戦いながらこの大滝を越えなければならない。


厳しい表情になりしばらく大滝上部を観察していた。


いまなら引き返すこともできるだが流一は引き返すことをしなかった。


「よし、登ろう。」


なんとかルートを見極めた流一には完登出来る自信があった。

意を決して登り始める。


出だしはまだホールドも大きかったが徐々に細かくなり登りづらくなる。

ワンムーブを慎重に登る。

少しづつだが高度が稼げる。

そうして高度を稼ぐ流一だが登りやすいラインを選んでいくとだんだんと滝の流芯に近付いていってしまった。


「あと5mで抜ける。」


ほぼ滝の落ち口まで登り詰めたところでふと下に目をやる。

真下に百メートルの空間があって目が眩みそうになるが最後に取った中間支点を目で探すと10m以上下に奥まで打ち込めず半分だけ刺さったハーケンが見える。


「完全にランナウト。落ちれない。」


極限の緊張感のなか左上にある僅かな岩襞にてをかけて今度は同じような岩襞に足を乗せて立ち込もうとした瞬間!


「あっ!」


濡れた岩はクライミングシューズとの間に摩擦を生み出さずおもいっきり滑った。

次の瞬間身体が宙に投げだされる。

流一が浮遊感を感じた次の瞬間にはドンという衝撃とパキンというハーケンが抜ける音がした。


グランドフォール!!


その言葉が頭をよぎるかどうかのうちに流一は意識を失った。




ちょうど太陽が真上にある真夏の昼の出来事だった。







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