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時が許した奇跡

「もういちど名前を呼んで」     


   


                              

    <あらすじ>  



恋する二人にとって「時」とは止まって欲しいもの。


けれどこの世で唯一、誰の身の上にも公平であるのが「時」 しかし、


恋する想いは稀に「時」を超える。 


愛し合う二人は死別する。しかし、強い想いは時を越え、同じ相手と再び出会う。


それは「時」が許した、この世に2つとない宝石のような奇跡。 




藤野浩二と沢田柚子ゆずはそんな眩しい光の中で奇跡の再会を果たす。 


けれど二人とも直ぐには思い出せなかった。 


出会いの時から不思議な感覚に包まれる二人。


お互いに惹かれ合うが、なにかしら気になるものを感じていた。


普通の恋人たちはそんな事は気にかけない。盲目になれるから。




そう、恋とは落ちるもの。 


けれど浩二と柚子には何かが見えそうな気がするのだ。


かれらは恋に落ちることが出来ないでいた。  


やがて二人は奇妙な夢を見るようになる。 


それは、過去の二人から今の二人へ送り届けられた熱いメッセージだった。




柚子が先ず思い出し、浩二を秘密の場所へ連れてゆく。


そこには疑いようの無い事実が・・・浩二は真相を知り、柚子を抱きしめる。


「ねえ、浩二。人は嬉しいと、こんなにも身体が震えるものなの?」








「もういちど名前を呼んで」  本 編  




     < 夢 >  



何か変?そう感じた時、柚子ゆずの目が覚めた。




「ふーっ、おかしな夢」




彼女はこのところ、毎夜同じ夢を見続けている。


しかも初めての夜を前編とすると。2日目は中編。3日目は後編、


と言った具合だ。そして4日目にはまた前編にもどる。




この繰り返しに気付いたのが今日だった。


前編は小学生から中学生までの夢。


そして中編は中学卒業と、同級生、木野浩二との別れ、


そして高校進学。


さらに、大学在籍中にスカウトされ、モデルになるまで。


後編は木野浩二との再会、結婚。そして永遠の別れ。




はじめて。この連続ものの物語のような夢を見たのは、


柚子にとって26度目の誕生日、6月21日だったから


2度目の後編を見たのが今日、6月26日だった。




何か変?柚子がそう感じた理由は、連続した夢を2度も


続けて見た事だけでなく、その中身にあった。




前編は憶えていることばかり




「ええ、そうね。そうだったわ」




彼女は夢の中でそう言った。


      


中編も途中までは・・・中学卒業。木野浩二との別れ。


そして高校進学。ここまでは・・・




「ええ、そうね、そうだったわ」




なのだが。夢では大学に入学し、在籍中にスカウトされて


モデルになっているし、父親も健在だ。だが現実は。




「父は私が高校3年生の時に亡くなっているし、


私はスカウトされてモデルになったんじゃなくて、


母のお友達のおばさまから薦められてオーディションを


受けて合格した。それでモデルになった」


そこが違うし。


 


 後編は、まったくの未体験シーン。彼、木野浩二との結婚については。




「考えたことが無かった。と言えば嘘になる」




と、ひとり顔を赤らめた。そして後編の結末については。




「あまりに悲しすぎる。考えられない」




と、ひとり言を言い、ベッドを離れた。


 


 柚子の父親、沢田周一は「沢田整形外科クリニック」の院長だったが、


柚子が18の時、急逝した。


 不幸中の幸いとでも言うか、沢田周一の実弟、


沢田 実は当時公立の総合病院に外科医として勤務していたのだが、


亡き兄とその家族、特に姪の柚子の将来を想い、兄の跡を継いで


「沢田整形外科クリニック」の院長となった。


 彼はすでに自分の家を構えていたので、車で通うことにした。


おかげで秋子と柚子は、周一との思い出で一杯のクリニックの


2階にある我が家での暮らしを続ける事が出来るようになったのである。




    < 野菜ジュースとベーコンエッグ >


 


 柚子は例によって歩きながら歯を磨いている。


母親の秋子の口が開きかけたけれど、思い直したようにソファに腰を沈め、


読みかけの新聞をたたんでテーブルの上に置いた。


「さてと、・・今朝は何を食べるの?」


秋子は目の前を行ったり来たりしいて、歯を磨き続ける我が娘を目で追いながら


朝食のメニューを聞いた。


柚子の朝食はその日によって変わる。




大体は「野菜ジュースとベーコンエッグ」なのだが、


今日もそうだと思って支度をしていると。


その日に限って




「今日はお味噌汁が良かったのにー」


などと我がままを言ったりするので、この優しい母親は


毎朝聞くことにしている。誰が見ても甘やかし過ぎだろうけれど、


これはこの親子の約束事なのである。




 父、周一が死んでから、柚子は悲嘆のあまり、著しく食欲を失くした。


髪を梳かすことさえ母に言われなければ忘れる。朝食は手もつけない。


昼は学食だが親友の真紀子が誘っても、牛乳を飲む程度。


 夕食は秋子が腕によりを掛けて柚子の好物を作ってあげた。


それでも柚子は一口、二口、そのくらいしか食べない。


痩せる一方だった。


 


 ある日柚子の目の前で、母は唐突に涙を流した。柚子は驚いた。


(お父さんが亡くなってから初めて見る。お母さんの涙)




「柚子、このままあなたがやせ細って病気にでもなったらお母さん、


お父さんに合わせる顔がない。何でもいいから食べたいもの言って!


お母さん頑張って何だって作るから、お願いだから何か食べて頂戴!」


 


 そういい終わると母はベッドに横たわる我が子の前で泣き伏した。


声を上げて。


柚子は思った、こんなに母を心配させていたなんて。




「お父さん、ごめんなさい。お母さんに私、酷いことしちゃってた。


これからはうんと仲良くして、いっぱい甘える。お母さんに


・・・それでいいのよね?お父さん」




 柚子は、ナイトテーブルの上に置いてある父の写真を入れた


フォトスタンドを手に取り、心の中で父にそう話しかけた。


それは彼女にとって母に対する謝罪であり、父への誓いだった。


 彼女は溢れる涙をその長い指で拭い、


体を起こすとベッドから下りて母の前に両手をついた。




「お母さん」


 秋子にはまだ柚子の呼ぶ声が届いていなかった。


柚子は肘をつき、父親譲りの指の長い大きめな手を母の手に重ねた。


秋子の体がぴくっと動き、彼女は泣き止んだ。


まだほんの少ししゃくってはいるが。もう一度柚子が母に声をかける。


下から母の顔を覗きこむようにしながら。




「野菜ジュースとベーコンエッグ」


秋子が驚き、そして確かめるように言った。




「今、何て言ったの?」




「野菜ジュースとベーコンエッグが食べたいって言ったわ」




柚子は精一杯優しい笑みを母に見せてあげながら、そう言った。


母は何も言わず、我が子を抱きしめた。力いっぱい抱きしめた。


「お母さん、痛い」


急激に痩せたせいか柚子の体は軋むようだった。


「あ!ごめんなさい!


あんまり嬉しかったものだから、つい力が入っちゃった」


柚子の肩をさすりながら秋子はそう言った。




「けど、そんなものでいいの?」


「今は、それが食べたいんだけど。だめ?」




秋子は激しく首を振った。




「いいえ、そんなこと無いのよ。ただ・・・いやいい。


気が変わらないうちに作っちゃお!」


そう言うと秋子は走るように柚子の部屋を出て行った。




「野菜ジュースあったかな・・・」


小さな声で母がそう言うのが聞こえた。柚子の顔に笑みが浮かんだ。


彼女は再び父の写真に話しかけた。




「お母さんて、可笑しいよね。でもお父さん、そこが好きだったんだよね。


・・・私の事、あんなに愛してくれていたのに。


今まで気付かなかった・・・


もうこれからはお母さんの前では泣かないって約束するから。ね、お父さん」


 


こうして母と娘の切ない思いを乗り越えた、微笑ましい生活が始まったのだった。



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