攻防戦1日目:公開処刑は庶民も食わない
「_____晴人、どうやら私は君に一目惚れをしてしまったようだ。どうか私と付き合ってくれないだろうか。」
歯の浮くような言葉をスラスラと言われ、しかもそれが絶世のイケメンからとあれば、断る人は少ないのではないだろうか。
しかし、告白された相手は頬一つ染めず、逆に迷惑だとでも言わんばかりの目つきで睨んでいる。
それもそのはず。告白された相手は男であるし、
_______通算47回目の公開告白であったからだ。
* * *
_______鏡 晴人が愛を囁かれるようになったのは2ヶ月前。晴人がこの「貴族」のみが入学できる、「バティ学園高等学校」に入学してまだ日の立たないある日のことだった。
庶民の出である晴人は本当はこのような勝ち組の高校に入れることはなかった。しかし、親の株が大儲けし、「お金があるんだから」という嘘のようなノリでこの学園への入学が決まったのだ。ここに入学できると聞いた時は目玉が飛び出るかと思うくらいびっくりしたし、朝から晩まで踊り出しそうなぐらい喜んだ。(実際におどったが。)
______でも、実際はそんな夢のような場所ではなかった、
廊下を歩けば庶民の出である晴人は指をさされ、教室にいるとヒソヒソと馬鹿にする声が聞こえる。そういうことはあるだろうと前々から覚悟はしていたが、やはり考えるのと、実際に起こることは全然違く、強かったはずの晴人のこころは日に日に蝕まれていっていた。
しかし、同じ境遇のものは少なからずいるもので、薬の製薬に成功し成り上がりとなった者の息子や、ある代から落ちていった没落貴族。大会の成績のみで推薦を勝ち取った庶民などもいた。また、貴族は貴族でも、とあるグループの傘下であるため地位を持たない貴族や、性格が合わず周りから避けられている貴族など様々な理由で孤立していたメンバーと気が合い、友達などに困ることはなかった。
みんなといる不毛な時間は楽しかったし、何よりこの劣悪な環境の癒しだった。
それでも苦痛であるのは当たり前だったし、辛かった。
_______そんな中、晴人のまだマシだった学園生活は、ある一つの出来事により一瞬で崩れ去ってしまった。
* *
それは晴人が友人である「梅津 陸」と廊下で談笑していた時のことだった。
ちなみにこの梅津 陸は製薬会社の息子であり、庶民の出だ。たまたま作った薬が驚異の能力を持っていることがわかり金持ちの仲間入りをした、俗に言う成り上がりというものだ。
灰がかった男子にしては長めの髪を後ろでくくり、気の弱そうな目つきはまさに庶民という雰囲気を醸し出している。こいつとはいつも集まるメンバーのながでも一番気が合い、今では晴人の気の置けない相手となっていた。
そんな陸と他愛もないいつも通りの会話を楽しんでいた時である。
_______場の雰囲気が変わった。
それは庶民の晴人たちにもわかるほどの明らかな変化であり、周りの貴族たちもどこか恍惚としたような、でも、ここから一歩も動いてはならないというような謎の緊張感を醸し出していた。
晴人たちは疑問に思いながらも、足がいうことを聞いてくれず地面にへばりついたままで理由を問うこともできない。ただ固唾をのみ、静止し続ける。
しばらくその状態が続いただろうか。ついに痺れを切らしたそのとき
_______変化の原因は黄色い悲鳴とともに姿を現した。
一本一本が光り輝くような淡い紫の頭髪。その美しい髪と同じ色をした動かすたびにバサバサと音が出そうな長い睫毛。アメジストの甘い蜜のようにトロトロとした紫紺の目。髪は二物を与えないという言葉は嘘だ、といいたくなるほどの整ったシャープな輪郭は程よい塩梅につり上がった目尻と加えてキリッとした知性を醸し出している。
_______そう、この学園のトップに君臨する人ならざる美貌を持った男「愛染 悠人」であった。
晴人たちは、この学園に入学し結構経つが、「紫紺の王子」などの二つ名を持つ悠人と顔を合わせたのは初めてだった。
流石に、流行に疎い晴人でも学園のアイドルである悠人の噂は耳にしていたし、美しすぎるという評価は知っていたが、やはり実物を見るのと聞くのとでは全然違う。
頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗、礼儀秀麗そんな噂も丸呑みできるほどの美貌だった。
晴人も陸も悠人から目を離せず、息をするのも忘れてただ、ぼぅっと見つめていた。
_________しかし、長らく見ていると晴人はふとあることに気づいた。多分隣にいる灰髪の男も気づいているだろう。
悠人が、晴人の方向をじっ、と見つめているのだ。
周りの貴族もだんだんと気付き始めたらしく「なんで庶民なんかを…」的な視線が突き刺さってくる。晴人も訳が分からず、もともと目つきが悪いくせに眉間にシワ寄っていくため余計凶悪な顔つきが増す。それに対して悠人の驚きがさらに深まるものだから余計意味がわからない。しかも、その驚きの中にかすかな期待と喜びの念が混じっている気がする。いったいなんなのだと目をつぶり息を吐いた瞬間、_____周囲からどよめきが走った。
何事かと目を開けるとその答えは一瞬で導き出された。
_______その美しい御前が目の前に立っているのだ。
晴人は一瞬訳が分からず隣にいた友人にアイコンタクトを取ろうとするが、目をパチクリさせるだけで全く使い物にならない。
一方悠人の方は、何度か目線を彷徨わせ、形の良い眉を上げ下げしながら、やがて決心したかのように晴人に向き直る。
悠人以外の人間が顔を強張らせ、生唾を飲み込む。
悠人の小さい口がゆっくりと弧を描いていく。
「………君の名前は……?」
一瞬時が止まったかのように感じた。
しかし、言葉の意味を一文字一文字噛み締め、大半が質問の意図を理解した頃だろうか。周りの貴族たちの緊張が一瞬にして解かれた。どうやら「物珍しい庶民に好奇心を持っただけ」とみなされたらしい。周りの目が「早く答えなさいよ」というものに変わっていくのにそう時間はかからなかった。
_______しかし、晴人はそう捉えることはできなかった。
話をされる相手だからこそ感じ取れるもの、とでも言っておこうか。
悠人の言葉にはそれだけの重みがあった。
晴人は悠人の気迫に気圧されながらも乾ききった唇を懸命に動かして、
「……鏡 晴人、です……」
目を彷徨わせながら言った言葉は大変ぶっきらぼうではあったが、この緊張の中声が出せたことだけでも褒めて欲しい。これで、帰れると背中に滴る汗を感じながら心の中で安堵していた。
しかし、その期待とは裏腹に、
「………やはり、はると………っっ!!!!」
と、悠人は一人喜びを噛み締めていた。
_______何が何だかわからないがこれはやばいと身体中の「面倒くさいことに絡まれる。注意メーター」が存在をアピールするかのように暴れまわっていた。
「愛染センパイ?ええと、すいませんがこれで……!」
と、ずいぶん投げやりな捨て台詞を置いてとんずらかろうと思っていた手前、予想をはるかに上回る、いや、予想の斜め上を行き過ぎる行動により、逃げるという行為は禁じられた。
「…………ほぁっっっ………!!?!?」
この際、間抜けすぎる声を出してしまったことは許してほしい。頭のキャパを超えると人間こうなるようにできているのだ。
晴人は一瞬、自分に何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。それもそのはず、なぜなら
_______悠人が晴人を全力で抱きしめていた。
周りの貴族たちは、半分以上が理解できてないようで目の中のハイライトが消え去ってしまっている。若干かわいそうだなと思いながらも一番の被害者である晴人は
「ちょっ………!!?!セ、センパイっ!!はなしてくださ…」
「晴人、晴人なんだな……!!」
話にならない。
無理矢理離れようとしても、もとの筋肉量が違うのだろう。びくともしない。どころか、どんどん力が強まっていく。いったいなんの拷問だというのか。
「センパイっ!!!」
とりあえず話だけでも聞かせてほしい、と大声で叫ぶと悠人は我に返ったように目をパチクリさせてから一言、すまない。と謝罪した。
案外いい人なのかな、と思い
「話ならなんでも聞きますよ。」と、笑顔で言ってしまった。
思えばこれが始めの過ちだったのだろう。
悠人は見るからに顔を明るくすると、その場に跪いた。
あれ、何かおかしくないか。と思った手前なんでも聞くと言ってしまったので腹をくくって聞く体制に入る。心の中でどんな暴言でもかましてこいやあ!と息衝きながら。
しかし、その意気は違うところで使うべきだったのだと思う。
悠人は、ゆっくりと微笑みかすかに頬を赤らめながら口を開いた。
「聞いてくれ、晴人。私は、ずっと前から、始めて君を見つけた時から君のことが
_________好きだった。」
________これが記念すべき第1回目の公開処刑だった。