攻防戦0日目:自動販売機すら味方にならない。
_____いったい誰がこんな目に合うなんて予想できただろうか。
黒髪の青年は階段を駆け下りていた。息を切らしている姿から全力で走っていた姿が見受けられるが、そんなことは気にしていられない、というようにあたりをキョロキョロ見渡して、誰もいないことを確認すると近くにあった自動販売機の影にかくれる。
青年は息を整えながらふわふわする思考をなんとか押さえ込み油断しそうな心を必死で叱咤した。
今は、後を追う足跡は聞こえないが、油断は禁物だ。「あいつ」は一瞬の気の緩みも見逃さない、そんなやつだ。しかしながら、人間の集中力にも限界があり、さっきまで全力疾走で逃げていた人間のであればなおさらである。
しばらく経った頃だろうか。もう、追いかけては来ないだろうとかまをかけて
「…はぁ、いったいなんなんだよ…。」
と、一人愚痴ながらも安堵に笑みがこぼれる。しかし、そんな幸せな時間もつかの間。
________自動販売機の前に一人の人間が立った。
それも、足音一つたてない優美な姿で。そんな、気配を消した存在に気づけるはずもなく青年は一つ伸びをし、
「さて、逃げ切れたわけだし、教室に…」
「教室にどうするのだい?」
「戻るとするか。」という青年の声は美しい声音によってかき消された。
________黒髪の青年は息をするのも忘れ、ギギギという効果音が聞こえるのではないかというくらいぎこちなく背後を振り返る。
振り返った先にいた美しい声音を持つ優美な青年は、その反応に気を悪くした様子も見せず、
「どうしたんだ?急に固まって…具合がわるいのか…?」
と、首を傾げながら心底不安そうに黒髪の青年を見てくるのだから余計タチが悪い。
________先に告げておこう。この物語はこの黒髪の青年と優美な青年の恋愛物語などではない。
黒髪の青年、「鏡 晴人」と優美な青年、「愛染 悠人」の攻防戦である。
_______そんな不思議そうな様子の、女子であったら卒倒してしまうであろう整った顔を全面に活用した悠人の顔を晴人は、
「_________お前のせいでなぁぁっっ……………!!!!!」
と、照れた様子など微塵も見せず、むしろ全力で嫌悪する態度をみせつけ、一網打尽に切り捨てる。
______そんな、授業中のはずの渡り廊下には、そんな晴人の怒りに任せた怒鳴り声だけがこだましていた。