『特徴と遺言』
変な世界観です。どうぞ、大目に見てやってください。お願いします。
「じゃあ、いつもの駄菓子屋さんで、好きなお菓子買ってきて良いよ。」
彼女は、10円硬貨と100円硬貨を数枚、丁寧に、自分の息子である拓実に手渡した。
「分かったぁ。じゃあ、買ってくるね!」
「雨が少し降っているから、転ばないように気をつけてね。」
「うん!」
拓実は元気に、駄菓子屋に向かって駆け出した。
「ふぅ。」
これで、少し落ち着くことが出来る。拓実は本当に可愛く、元気に育ってくれている。それには心の底から感謝しているが、遊ぶようにせがんでくるのは、少し疲れる。お昼の三時頃、子供に好きなお菓子を買いに行かせて、その間に熱いコーヒーを飲む。それが、毎日の至福のひとときというようなものだった。駄菓子屋へは徒歩五分ぐらいで、車通りも少ない。拓実に1人で行かせても安心できる。
「あれ?どこに置いたっけ?」
綺麗な花がプリントされた、お気に入りのマグカップが見当たらない。あ。食器棚に戻したんだ。
「えーと?あったあった。」
ついつい独り言が出てしまう。そのときだった。
「ママー!」
「何?もう買ってきたの?」
どうした?まさか、怪我!?
「大丈夫!?」
「うん。でもあのね、前に変なおじさんがいる!」
黄色い傘をたたみながら、拓実はそう言った。
「変なおじさん?」
「うん!僕、見た!」
不審者だろうか…。全く、物騒な世の中だ。
「あそこの電信柱にいたの?」
「うん!サインペンでなんか書いてた!」
サインペンで?何かの見間違いだろうか。
「そうなの?なんて書いていた?」
「分かんない。」
周りには人がいない。その怪しい人物は、もうどこかに行ったのだろう。電信柱に近づくが、何も書かれていない。おそらく見間違いだろう。
「何も書いてないね…。」
「いーや!!ホントに書いてたもん!!」
「分かった。」
ここで泣かれてはまずいので、とりあえず納得する。
「じゃあ、そのおじさん、どんな格好だった?」
「ん?えーとね…。」
X県警察Y署内
「今日ここに集まってもらったのは、他でもない!」
署長が大きな声を出す。
「最近、この署の管轄内で、不審者の目撃情報が相次いでいる!!特徴などを聞いた結果、同一人物である可能性が非常に高い!いや、同一人物だ!我々は、警察官として、なんとしてもその男を捕まえるぞ!いいな!質問は!?」
感情的になりやすい署長はまたしても、力が入りすぎて声が裏返ってしまった。そしてそんな様子を、高橋は細い目で見ていた。
「あ。はい。」
皆が、署長の迫力に怯えて、おとなしくしているなか、彼は手を挙げた。
「その男、何をしでかしたんですか?後、まだ特徴を聞いてないんですけど。」
冷静な彼の意見に、周りも「あ。確かに。」と口々に言い、場がざわめく。
「うるさいっ!!今、喋ろうと思っていた所だ!さえぎりよってからに!!!」
「はぁ。」
彼は溜め息をついた。
「奴は、ありとあらゆる電柱、電信柱に落書きをしている。そしてそれは、マイケル・ジャクソンのサインだ!!奴は、マイケル・ジャクソンのサインをありとあらゆる電柱に書いておる!!そして、奴の特徴は…。」
そこで、感情に任せて喋り散らしていた署長の口が止まった。
「奴の特徴は、髪型は、バッハと同じもの。顔には、パーティーなどで使われる、鼻めがねをつけている。上半身には、I♡HAWAIIのTシャツ。そして両手には黒い手袋。ズボンは、蛍光色のもの。そして、下駄をはいている。いいか!?私は断じてふざけていない!!奴の特徴を言っただけだ!以上!」
そう言って、署長は少し顔を赤らめて、署長室に戻ったのだった。
「こりゃ、すげぇのが出てきたな。」
高橋は、そう独り言を言って、ジャケットを羽織った。
〜それから一週間後〜
「どういうことだ!!誰もあいつを捕まえていないだなんて。」
私たちは再び招集された。署長はかなり、憤慨していた。
「しかも、決して奴の目撃回数が減った訳でもない!おかげでこの署の評判はガタ落ちだ!明後日までに奴を捕まえなければ、お前らの給料を半分にしてやる!!!」
署長とは違い、高橋は、あることに気がついていたのだった。
「おい、前田。お前なんか気づいてんだろ。」
「え、ええ?」
一学年下の後輩である小太りの前田に、高橋は尋ねた。
「あいつに、会っただろ。」
「違います!!そんなことはないですよ!!」
「よし。分かった。」
「正直に話したら、コンビニのショートケーキをおごってやるよ。」
「いいや!先輩には悪いですけど、僕はそんなもんに吊られるようなにんげんじゃあないんですよ!!!」
「ほーう、そうか。じゃあ、千疋屋ならどうだ?」
「言います。」
「よろしい。」
フルーツケーキに吊られた前田によると、自分の口からは言えない何かを、その不審者から聞かされて、驚きおののいて、捜査をやめたらしかった。自分の口から言えない何かは、いくら聞いても、どんな高いケーキを話に出しても喋る事はなかった。
三馬ダム近辺
高橋は、今までの目撃情報を元に、次に奴が現れるのが、この三馬ダム近くの電柱だと読んでいた。
「この辺のはずなんだけどなぁ…。」
たまごサンドを片手で食べながら、もう片方の手でハンドルを握って、時速15km程で徐行しながら走る。後ろには車はいないから、迷惑になる事はない。
それにしても、バッハのような髪型で、鼻めがねをつけ、I♡HAWAIIのTシャツ、黒手袋、蛍光色のズボンに下駄だなんて、普通の事件だったら、この中の1つだけでも十分な手がかりだ。それを1つに詰め込んでいるんだから、手がかりの宝庫みたいな人間だ。あ。んん?
「いた!!」
目の前の電柱に、その特徴通りの人間がいた。確かに、異様な雰囲気だ。奴のいる所だけ、異なった時間の流れ方をしているようだった。10m程手前にゆっくりと停車する。腰に拳銃を持っている事を確認して、車を降りる。ドアを閉めた、その時だった。思いっきり、奴と目が合った。困った事に、私は、奴を捕まえようとしている目をしてしまっていた。もっと水道局員のような目にしておくべきだった。
「あ…。どうも…。」
私が挨拶したにも関わらず、奴は、驚いた顔をして、走って逃げ始めた。
「まずい!」
だが奴は、履きなれていない下駄なので、まあ、遅い。全力で走っているのだろうが、本当に遅い。私が早歩きした方が速いかもしれない。そして、奴はついに、転んでしまった。
「下駄なんか履くからだよ。」
奴は、60代後半ぐらいの顔をしていた。会社をクビになって、奇行に走ってしまったパターンだろうか。しかし、奴の顔は、どこかで見たような顔だった。
「あの、私とどこかで会った事あります?」
「そう。それを言おうと思っていた。」
そう言うと、奴は鼻めがねをとった。
「ああ!あっ!あああっ!!け、警視総監!!!」
以前私が、署長か誰かの代わりに、警察のお偉いさんが集まるパーティーに出席したときに、挨拶をしていた方だ。
「ど、どうしてまたこんな事を!?」
「実はね、これは遺言での指令なんだよ。」
神妙な面持ちで話しているのだが、どうしても、バッハの髪型と蛍光色のズボンなどが滑稽に思えて笑えてしまう。
「そ、そうなんですか?」
「ああ。歴代の警視総監に伝わる、もう一種のしきたりだ。儀式だ。私は、このように、電柱にマイケル・ジャクソンのサインを、ありとあらゆる電柱に書く事に決めた。」
「ん?ど、どういう事ですか?」
「まあ、無理もない。だが、多くは君に語る事は出来ない。」
「でも、電柱への落書きは条例で禁止されていますよ!警視総監といえども…。」
「ああ。分かっている。私は、水性ペンで書いている。だから、雨が降ればすぐに消える。それで手を打ってくれ。」
「はあ…。でも、私たちは、あなたを捕まえないと、署長から減給処分をくらってしまいます。」
「それはいかんな…。」
署長室
「署長、捕まえました!」
「よし。良くやった高橋。だが、遅い!遅すぎる!」
「すみません。あの、それで奴…というか、彼から署長にお話があるようで…。」
「何?」
「どうぞ。」
署長室に流れる厳かな空気が、彼の纏う異様な雰囲気と混ざる。まざりあった二つの空気を吸っている私は、頭がおかしくなりそうだ。
「槙田署長、実は私だ。」
彼はゆっくりと鼻めがねをとり、カツラをとった。
「け…警視総監ですか!?い、一体どういう事だ!高橋!!」
焦りと驚きとで、署長の額からは汗が吹き出ていた。
「見たままの通りです。」
「槙田、耳を貸してくれ。」
「は、はい!」
扉に張り付いている私に聞こえないように、二人は小声で喋り始めた。
「はい。と、言いますと?ええ。なっ!でも私には!そ、そんな罪が…!」
警視総監から何を告げられたかは分からないが、署長の顔は、今まで見た事のないような、恐怖に戦いた顔だった。そして、吹き出る汗の量はどんどん増えた。
「以上だ。槙田。そうそう。高橋と言ったな?色々とすまなかった。それでは、失礼。」
「し、失礼いたします!」
そうして、カツラと鼻めがねをつけた警視総監は、再び、電柱にマイケル・ジャクソンのサインを書きに向かった。
「署長!!どうなさったんですか!何を聞いたんですか!」
「私には…到底言えるような事ではない…。私には…それを自分の口から出す…自信が…無い…。高橋…、捜査を終了して…全てを忘れろと…全署員に伝えろ…。」
「え?」
「いいから行けぃ!!」
そして、何があったのかを全く把握できていない署員がほとんどのまま、捜査は終了した。ただ、私が日々、この身を捧げている警察の上層部には、私なんてものが到底知る事は出来ないような、警視総監を特徴的な姿でマイケル・ジャクソンのサインを電柱に書かせるような何かがあるということが分かった。だが、私はそれについて詮索しない。詮索したところで、その事実を知る事は出来ないだろうし、そんな事をしても無意味だと分かっているからだ。はぁ…。現役の警察官が考えるのも変な話だが、警察というのは不透明な組織だ…。
「先輩!千疋屋のケーキ、まだですか?」
仕事を終わらせたらしい前田が、いやらしい目で私に尋ねる。
「あぁ。分かった。じゃあ、買いに行くか。」
「あざぁーっす!!」
『特徴と遺言』=完=
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