63品目
「……他人を雇ったと言うのは本当のようだな。良い身分になったものだ」
セフィーリアがラングラドと別れて数日が立ってメビウスも元に戻り、竜の焔亭が通常運転に入った時、それは現れた。
入口のドアが開き、店に入ってきた男性は警護なのか大柄の男性を2人引き連れており、メビウスやセフィーリアを含め、店内にいる人々を見下すように言い放つ。
「メビウス、その場所をフィーちゃんに渡せ。お前のくそ不味い飯はもうこりごりだ」
「うるせえ! 文句言うなら、出ていけ!!」
しかし、男性の事などまるでいないもののようにメビウスと常連客達のやり取りが続けられている。
その様子は通常運転のようにも見受けられるが男性をあえて無視しているようにも見えた。
セフィーリアは店に入ってきた男性の不遜な態度もあるため、以前に店内で揉め事を起こしたと想像できたようで声をかけられないでいる。
「貴様ら、私を無視するな!?」
「……うるせえな」
完全無視されている事に男性が怒りの声をあげた時、メビウスから物が投げられて男性の顔面に当たった。
その威力はかなりのものであり、男性は吹き飛ばされ、後ろの男性2人になんとか受け止められる。
「営業妨害するなら、追い出すぞ」
「……すでに追い出すのと変わらない事をしていませんか?」
男性は抱きかかえられながらもメビウスを見下すような視線を向けてくるがメビウスは不機嫌そうな表情で言い放ち、2人の間には険悪な雰囲気が漂う。
セフィーリアはどうして良いのかわからないもの、この状況にため息しか出ないようだが下手な事を言えないようである。
「……他人を雇う余裕が出てきたとはずいぶんと盛況のようだな」
「……おい。あいつ、やっぱりバカなのか? この店は昔から黒字だろ?」
「それがわかっていたら、この店に嫌がらせなんかしてこないだろ」
男性は店内の様子を見回した後にメビウスを挑発するように言う。
しかし、常連客達は男性を何もわかっていないバカと言い、残念な人を見るような生温かい視線を向け始める。
「うちは1度たりとも赤字になった事なんてねえよ」
「ほう。店主がよく店を空けるわりには盛況なようだな」
メビウスが殺気を込めた視線を男性に向けた時、入り口のドアが開いた。
それと同時に嫌味たらしい声が店内に響き、視線は男性から入店してきた人物へと注がれる。
店に訪れたのはラングラドであり、彼はメビウスと対峙していた男性へと視線を向けた。男性はラングラドがこんな場所に来るなどと思っていなかったようで一瞬、呆気に取られるがすぐに正気に戻ると逃げるように護衛を引きつれて店内を出ていってしまう。
「……この店は客に何も出さないのか?」
「よし、落ち着け。ここで飯を食おうとするなんて自殺行為は止めるんだ」
「……バカな事を言っているヒマがあるなら、用件を言え。だいたい、お偉い貴族様が平民の食い物を食えるのかよ」
ラングラドは邪魔者が居なくなるとメビウスの前の席に座り、挑発するように笑う。
その言葉はメビウスの料理の味を知る常連客達からはその行為は自殺行為であると声が上がる。
常連客達の反応にメビウスの額には青筋が浮かび上がるがわざわざラングラドが店まで足を運ぶ事に意味があると思ったようで用件に移るように言う。




