62品目
「……どうしてあんなに血の気が多いんでしょうか」
忙しいお昼時を終えてセフィーリアは休憩も込みで洗剤などを買ってくるようにおつかいを頼まれた。
住み込みで竜の焔亭で働くようになってからは街の人達は騎士時代より、優しく扱ってくれる事もあり、彼女は当たり前のようにすれ違う人達と挨拶を交わしながら歩く。
ただ、不意にいつものターニアや常連客達の行動が頭をよぎり、眉間にしわを寄せてしまう。
「……ずいぶんと庶民の生活に馴染んでいるようだな」
「お、お兄様!?」
その時、背後から彼女を呼び声が聞こえる。
その声は聞きなれた声でセフィーリアは背筋に冷たい物を感じながらも振り返らないわけにはいかない。
覚悟を決めてゆっくりと振り返るとラングラドがいつも通りの不機嫌そうな表情で立っており、彼の背後には警護の兵士が2人立っている。
「縁を切ったんだ。その呼び方で呼ぶな」
「は、はい。ラングラド様……あの、それで何かご用でしょうか?」
オーミット家からセフィーリアは除籍されたため、兄妹と言うなとラングラドは突き放す。
その言葉にセフィーリアは小さく頷いた後、ラングラドがわざわざ声をかけてきた事に何かあったのかと聞く。
ラングラドはセフィーリアを眺めた後、小さくため息を吐いて見せる。彼の様子にセフィーリアの身体は小さく震えるが逃げるわけにはいかない。
「ふむ……また面倒な事に巻き込まれているようだな。あの男はもっと穏便に事を進められないのか?」
「えーと?」
震える彼女を見下すようにラングラドは竜の焔亭が問題を抱えている事について言ってくる。
その言葉はセフィーリアが予想していたものとはまったく違っており、首を傾げてしまい、2人の間には微妙な空気が漂う。
「……」
「ち、違います。メビウスさんは何もおかしな事はしていません。元々、悪いのはメビウスさんではないですし」
この沈黙はセフィーリアの返答待ちであり、ラングラドは眉間にしわを寄せたまま彼女の言葉を待っている。
ラングラドからの威圧的な空気を振り払うようにセフィーリアは大きく首を横に振るが彼女の返答にラングラドは眉1つ動かす事はない。
「あの男が悪いか悪くないかなど関係ない。騒ぎを起こすなと言っているのだ」
「は、はい」
竜の焔亭はメビウスとターニアを始めとして常連客の多くも貴族や騎士達を蔑ろにする者達であり、そのせいで多くの敵を作っている。
そのせいで睨まれているため、多くの問題を起こしているのだとラングラドは言い放つ。セフィーリアは納得出来ないものの、常連客達の血の気の多さを見ているせいか申し訳なさそうに頷く事しかできない。
「……まあ良い。近いうちに魔獣を狩ってきて貰う事になるだろう」
「え? メビウスさんに依頼ですか」
彼女の反応など興味がないと言いたげにラングラドは振り返るとセフィーリアに背を向けたまま、メビウスに狩ってきて貰いたい魔物がいると言う。
セフィーリアは驚きの声をあげるものの、メビウスがラングラドの依頼を素直に受ける気などしないため、店内で繰り広げられるであろう惨劇を思い浮かべたのか顔を引きつらせた。
「それをどうにかするのがお前の役目だ……今まで役に立たなかったんだ。少しは役に立ってみせろ」
ラングラドは振り返らずともセフィーリアが何を考えているのか手に取るようにわかるようでどうにかしろと言い、歩いて行ってしまう。
「役に立ってみせろと言われても私にはどうにもできませんよ。ですけど、メビウスさんに依頼? 大変な事にならなければ良い……絶対に大変な事になりますね」
彼の背中を見送った後、セフィーリアは月光草採取で死にそうになったことを思い出して大きく肩を落とす。
ただ、それ以上にラングラドが竜の焔亭に来た場合のメビウスや常連客達がどのような態度をとるかの方が心配のようで頭が痛くなってくる。




