60品目
「……」
「フィーちゃん、フィーちゃん」
「は、はい」
翌日、営業を始めているものの、メビウスの覇気はない。
その様子に常連客達は不気味に思ったのかセフィーリアを呼ぶ。
常連客達の行動にいつもなら文句の1つも出てくるはずのメビウスなのだがまったく耳に入っていないのか何も言葉は返ってこない。
セフィーリアはメビウスの反応にどこか心配そうな表情をするものの、常連客を放っておくわけにもいかない。
「……フィーちゃん、メビウスはどうしたんだ?」
「あ、あの、昨日からあの調子で、やっぱり、昨日の事が引っかかっているんだと思いますけど……どうにか出来ないのでしょうか?」
普段の行動から反応の鈍いメビウスを微妙に心配しているのかわからない常連客に言って良いものか悩む。
ただ、セフィーリアから見れば自分よりも常連客の方がメビウスの事を良く知っている。
そのため、推測ではあるけれど昨日の従業員希望の人の事を気にしているのではないかと言う。
彼女の言葉に常連客達はやっぱりかと言いたげにため息を吐く者や頭をかく者のおり、セフィーリアはメビウスの事が心配のようで目を伏せてしまう。
「……やっぱり、宿屋の方も再開したいんだろうな?」
「それはそうだとしても、面倒な事になるだろう?」
今まで気にしないようにしていたものの、メビウスが父親のやっていた時と同じように竜の焔亭を経営していきたいのだと言うのは予想が付く。
ただし、常連客達全員はそれが面倒である事は理解しているようで眉間にしわを寄せている。
「あ、あの、みなさんは宿屋協会の人達に何をしたんですか?」
「フィーちゃん、まるで俺達が宿屋協会に嫌がらせをしたみたいに言うのは止めてくれないか?」
「そうだ。俺達は何もしていない」
セフィーリアは常連客達が過激な行動をしたため、メビウスが1人で店を回せるようになった今までも宿屋協会に登録できないのは常連客達が何かをやらかしたからだと疑っている。
しかし、常連客達は自分達は何もしていないと言い切って見せた。ただ、その姿はやはりどこか嘘っぽく、セフィーリアは疑いの視線を向けた。
「……フィーちゃん、どうして、そんな目で見るんだ? おじさん、いろいろと目覚めちゃいそうだよ」
「そう言う冗談を言うからだと思います」
「フィーちゃんもこの店に毒されてきたなあ」
疑わないでくれとは言うものの、やはりその物言いはやはり悪ふざけにしか聞こえない。
セフィーリアは真面目な話をしているんですと肩を落とすと常連客は楽しそうに笑う。ただし、問題は何の解決にも進んでいない。
「あの……」
「言いたい事はわかる。けど、実際、俺達は何もしていない。したのは姐さんだ」
「……ターニアさんですか」
常連客達はゆっくりと首を横に振ると原因はターニアにあると教えてくれる。
セフィーリアも正式に従業員になってから、メビウスが言うターニアの方が自分より強いと言う事が気に染みたようで眉間にしわを寄せた。
「姐さん、手加減しないからな」
「いっそ、宿屋協会なんて潰してしまえば良かったんだ。そうすればこんなに面倒な事にならなかったんだ」
「まったくだ。逆らう気力が起きないくらいに叩き潰してしまえば良かったんだよ」
眉間にしわを寄せているセフィーリアを酒の肴に常連客達はターニアがもう少し本気を出せば良かったのにと言うおかしな方向に進んで行っている。
常連客達の言葉にセフィーリアはどうして良いか判断が付かなくなったようで肩を落とすと仕事に戻ろうとする。
「メビウス、お酒、ちょうだい」
「……」
その時、入り口のドアが勢いよく開き、酒瓶を抱えたターニアが店に入ってくるのだがメビウスからの反応はない。




