57品目
「うちで働きたいの?」
「は、はい。お願いします」
メビウスとターニアのケンカはターニアの勝利に終わった。
打ち負かしたメビウスを床に正座をさせ、ターニアは勝利の美酒に酔いしれながら常連客から状況の説明を受ける。
少し考えた後、お酒を片手に就職希望の男性へと声をかけた。人外同士の戦いと言ってもそん色ないケンカを見ていたためか、腰が引けているようだが男性からははっきりとした返事が戻ってくる。
男性の様子からは一時の気の迷いと言った様子もなく、ターニアはどうした物かと肩を落とす。
「人手自体は足りてないのよね」
「そうなんですか?」
元々、メビウスの父親が店主をしていた時はこの店は宿屋も兼任していたがメビウスが店を引き継いでからは手が回らない事もあり、食堂のみの営業となっている。
彼女の言葉に男性は表情をほころばせるのだがメビウスや常連客達の表情は険しい。
「あの。人手が足りないんじゃ問題ないのでは?」
「手続きが面倒なんだよ。今は2人でどうにかなっているし、人手を増やすと宿屋業を再開って事になるからな」
メビウス達の表情にセフィーリアは疑問を口にすると彼は心底面倒そうに頭をかく。
意味が解っていないセフィーリアと男性は首を傾げるとメビウスは簡単な説明をしてくれるのだがそれでも彼らの反応につながるような説明ではない。
「兄さんが亡くなって、メビウスが店主を継いだ時に手続きでいろいろと揉めたのよ」
「そうなんですか?」
「飯屋と宿屋じゃ、登録する協会が違ってな。宿屋業を再開するとなると厄介な事になるんだよ……悪いな。あの従業員募集の広告は片付け忘れていただけなんだ」
ターニアに補足されると募集広告は間違いでもう従業員の募集をしていないと謝罪する。
しかし、そんな彼の表情にはどこか悔しさのようなものがにじんでおり、常連客達はバツが悪そうに視線を逸らす。
常連客の様子に過去に何かあった事は容易に想像が付くのだが男性は諦め切れないようでそれでもどうにかならないかと頭を下げる。
「……そんな事、言われてもな。雇い入れできるほどの余裕はないんだよ。住み込みの仕事を探しているなら知り合いに声をかけてみるから、金がないなら仕事が見つかるまでは部屋に泊まれるようにする。もちろん、その間の食費と宿泊費は俺がもつ」
「メビウスさん、それなら私、お給料要りません」
雇ってやれない申し訳なさなのかメビウスはこの街にいる間はこの店で寝泊まりして良いと告げる。
その言葉に男性が困ったような表情をするとセフィーリアは自分は給金が要らないので男性を雇えないかと言い始めた。
「バカな事を言うな」
「で、ですけど、このままでは申し訳なくて」
「……こうなるってそろそろ気づけ。バカな事を言うな。酒を勝手に開けるな」
大きく肩を落とすメビウスにセフィーリアは食い下がらないのだが常連客達は家族経営だから嫁は給金が要らないんだと騒ぎ始め、ターニアもそれに乗っかり酒宴を始めようとし始める。
この流れになる事をある程度、メビウスは予測できていたようで開けられそうになっている酒瓶を取り上げていく。
「はいはい。ノリが悪いわね。フィーちゃん、メビウスの言う通り、それはダメよ。お金って言うのは貴方の評価なの。ただ働きさせて儲けたと思うほどメビウスは腐ってないわ。それに貴方、この街の人間じゃないでしょ、手続して宿屋業を再開しても目的の金額たまりました。はい、さよならってされても困るのよ」
「それは……」
ターニアはリスクがある宿屋業の再開は現状難しい事を説明すると男性はしばらくすればこの街を出て行く事も念頭に入れているようで口をつぐんでしまった。




