55品目
「その場をフィーちゃんに渡せ!!」
「俺達はお前のくそ不味い飯じゃなく、フィーちゃんの手料理を要求する!!」
セフィーリアが竜の焔亭で働き始めて10日ほど経つが、店内は相変わらずのようで店主のメビウスを厨房から引きずり出そうと常連客達の罵声が響いている。
その声にメビウスの額には青筋が浮かんでいるのだが彼はまったく厨房を明け渡す気など無いようで罵声に反応する事無く、黙々と手を動かしているのだ。
メビウスと常連客達のやり取りにセフィーリアは苦笑いを浮かべながらも従業員として手を動かさないといけないため、忙しそうに店内を動き回っている。
「どうかしましたか?」
そんなセフィーリアの目に見なれない男性客が掲示板を覗き込んでいる姿が映った。
彼女は男性客に何かひかれる物が有ったのか、声をかけるのだが男性客は1度、セフィーリアへと視線を向けるもすぐに掲示板へと視線を戻す。
「おい。遊んでないでさっさと料理を運べ」
「は、はい!?」
男性客の反応にセフィーリアは小さく首を傾げた時、不機嫌そうなメビウスの声が店内に響いた。
その声にセフィーリアは驚いたようでびくっと身体を震わせた後、カウンターへと料理を受け取りに走る。
「メビウスさん、あのお客さんなんですけど」
「あ?」
「あのお客さんなんですけど、ずっと掲示板を覗き込んでいるんですけど」
忙しい時間帯も落ち着き、セフィーリアは空いているカウンター席に腰を下ろすと掲示板へと視線を向ける。
掲示板の前には先ほどの男性客が今も立っており、その様子が気になるのか彼女はメビウスに声をかけた。
呼びかけられたメビウスは不機嫌そうに返事をするものの、セフィーリアに言われて男性客へと視線を向ける。
竜の焔亭の掲示板には住民達からの依頼が多く張り付けられているため、条件に合う物を探しているのだろうと思ったようで特に気にする事はない。
「仕事を探しているんだろ。何か気になるのかよ?」
「はい……どうしてかはわかりませんけど」
ただ、セフィーリアが何か引っかかっているのかは気が付いたようでメビウスが聞き返すと彼女は小さく頷いた。
2人のやり取りに聞き耳を立てていた常連客達はセフィーリアがメビウス以外の男に興味を持ったと2人にわざと聞こえるように話し始める。
常連客達の声にセフィーリアは顔を真っ赤にして首を横に振り、メビウスはおかしな事を言うなと常連客達を睨み付けた。
「すまない。これなんだが」
「あ? 依頼なら依頼主のところに行けよ」
その時、掲示板の前にいた男性客が依頼書らしきものを手に2人の前に移動してくる。
しかし、メビウスは依頼にはまったく興味がないと言いたいのか、追い払うように言う。
その態度は店主をしてどうかとも思うが彼や常連客達が気にする事はない。
「……よく見てくれ」
「あ、あの。メビウスさん、これって従業員募集の張り紙ですよ」
「従業員募集? それこそ、募集している店に行け……よ?」
メビウスの態度に男性客は眉間にしわを寄せる。
セフィーリアは何かあるのかと思い、依頼書を覗き込むのだがそれは依頼書ではなく従業員募集の張り紙である。
その張り紙はセフィーリアには見覚えがあり、メビウスに良く見るように言う。
メビウスは面倒くさそうに張り紙を覗き込んだ後、状況が理解出来たようで眉間にしわを寄せた。
「……剥がしてなかったのか?」
「メビウスさんが剥がすものだと」
状況から見て、男性客はこの店で働きたいと考えている事は予想できるのだがメビウスはこれ以上、従業員を雇う気は無いようである。
元々、あの従業員募集の張り紙はセフィーリアを保護するために張り出したものであり、男性客に聞こえないように彼女を呼び、状況を確認する。
セフィーリアもあの従業員募集の張り紙がメビウスの優しさから来ている物だと気が付いているため、困ったように笑う。




