54品目
「……どうしよう」
オーミット家や騎士団から除籍されたセフィーリアは少ない荷物を手に途方に暮れていた。
騎士団に所属していたとは言え、彼女は落ちこぼれの第8騎士隊であり、オーミット家から除籍されてしまえば彼女の味方を進んで行う者もいない。
それでもロイックなどの第8騎士隊の面々は彼女の保護を願い出てくれるだろうが彼らも落ちこぼれの烙印を押されているため、表立って彼女を助ける事は出来ないのは明らかである。
それもあり、彼女から第8騎士隊の仲間を頼る事は出来ずに街中を当てもなく歩くしかない。
実際は歩いているなかで頼る相手の顔が何度も浮かんでいるのだが、自分がメビウスを訪ねる度に不機嫌そうな表情をする彼の顔が浮かんでしまい、竜の焔亭へと足を運ぶ事が出来ないでいる。
「……どうしよう」
「フィーちゃん、こんなところで何しているの? はい。逃げない」
この先どうするか何も思い浮かばずに中央広場のベンチに腰を下ろす。
その時、いつも通りに酒瓶を抱えたターニアが彼女を見つけて声をかけた。
今のセフィーリアには会いたくない1人であり、彼女は無理やり笑顔を作ると何もないと言って逃げ出そうとする。
ターニアは彼女がなぜ逃げ出そうとするか理解できないようではあるが何かあると理解したようで彼女の首根っこをつかんだ。
セフィーリアは何とか逃げ出そうとするのだが不思議な事にターニアの腕から逃げ出す事は出来ない。
「べ、別に逃げようとなんてしていないですよ」
「そうなの? それなら、お姉さんに付き合って。騎士鎧も着ていないし、今日は非番なんでしょ」
腕力では敵わないと判断し、解放して貰おうとするのだが、ターニアはセフィーリアに酒の肴を作らせる事を勝手に決めたようで有無を言わさずに彼女を引っ張って歩き始める。
セフィーリアも最初は抵抗を見せるのだがいくら抵抗をしてもターニアの手から逃げ出す事は出来ず、諦めて引きずられて行く。
「メビウス、お酒と厨房を明け渡しなさい」
「黙れ。この酔っぱらい……そこに立たれると邪魔だ。入るならさっさと入れ」
竜の焔亭に到着したターニアは入口のドアを勢いよく開けるとメビウスに要求を突きつける。
メビウスは吐き捨てるようにその要求を却下するのだがターニアの背中に隠れてセフィーリアがいる事に気づき、眉間に深いしわを寄せた。
彼の不機嫌そうな表情にセフィーリアは身を縮めるのだがメビウスは彼女がオーミット家から除籍された事をすでに知っているためか中に入るように言う。
ターニアは2人の様子に何か違和感を覚えたようではあるがそれよりもお酒の方が重要なようで気にする事無く、セフィーリアの手を引いてカウンター席に座る。
セフィーリアが店の中に入るのを確認すると店の中にいた状況を知っている常連客達は入口近くの席に移動する者とセフィーリアを探している者達に彼女が見つかった事を知らせに行く者に別れる。それは彼女を逃がさないための行動なのだがメビウスに睨まれていると思っているセフィーリアが気付く事はない。
「で、どう言う事だ?」
「な、何がですか?」
メビウスは不機嫌そうな表情をしたまま、2人分のお冷を置いた。
ターニアは水など飲む気は無いようで抱えていた酒瓶からお酒を注ぐ。
その様子にメビウスはため息を吐いた後、セフィーリアへと視線を向ける。
彼の視線にセフィーリアは視線をそらすのだが突き刺さっているメビウスの視線に背中には脂汗が流れ出す。
「メビウス、なんで怖い顔しているの? あ、元々か」
「大人しく酒飲んでいろよ。それで……逃げるな」
2人の様子にターニアは首を傾げるがあまり気にしていないようで笑いながら酒をあおる。
メビウスはため息を吐いた後、もう1度、セフィーリアへと視線を向けた。
セフィーリアはメビウスが全てわかっていると気が付いて店から逃げ出そうとするのだがすでに常連客達の手で逃げ道は完全に塞がれている。
「フィーちゃん、家を追い出されたの? メビウスのところにお嫁にくる?」
「黙っていろ……追い出された事は今更、俺達がどうこう言ったって仕方ないだろ。それで行く当てがあるのか?」
逃げられないと思い、席に座り直したセフィーリアに状況が理解できていないターニアは首を傾げると何かを思いついたようで2人を交互に見た後、ニヤニヤと笑う。
彼女の様子にメビウスの眉間のしわはより深くなるのだが彼自身、オーミット家の除籍問題をどうにかできる力はないためこの先の事に付いて聞く。
「……ないです」
「ちょっと、どうしたのよ。お姉さんにもわかるように教えなさい」
不機嫌そうな彼の表情に身を縮める事しかできないセフィーリアは今にも消え去りそうな小さな声で返事をする。
その様子にメビウスは呆れたようにため息を吐くとターニアは仲間はずれにされているのが面白くないようでバンバンとカウンターを叩く。
常連客は空気を読んだようで彼女の手を引き、状況を説明しようとするのだが彼女はメビウスとセフィーリアから話を聞きたいようで頑として動かない。
「フィーちゃん、メビウスのところにお嫁にくる?」
「……説明を聞いた上で、くだらない事を言うな」
このままでは話が進まないため、メビウスは簡単に彼女がオーミット家から除籍されて行く場所が無い事を説明する。
ターニアは説明を受けても言う事は変わらず、メビウスは大きく肩を落とす。
「はいはい。フィーちゃん、行くところがないなら、ここに住めば良いわ。部屋は余っているし」
「あ、あの……良いんですか?」
元、宿屋兼食堂のため、客室だった部屋が余っている事もあり、ターニアは特に考える事もなく、セフィーリアを招き入れると決めてしまう。
その言葉は行く当てのなかった彼女にとってはありがたい言葉なのだがこのお店はメビウスの物であり、ターニアが決める事は出来ない。
「ただ飯食らいをおくわけがないだろ」
「……そうですよね」
メビウスがため息を吐く様子にセフィーリアはそれを拒否だと判断したようで席を立とうとするのだが常連客は彼女の行く手を塞いだ。
引き止められる理由がわからないセフィーリアだが常連客は彼女の手を引いて掲示板の前に連れて行く。
セフィーリアは何かわからずに連れて行かれた後、掲示板に書かれている事を見て信じられないのか、メビウスの方へ振り返る。
「メ、メビウスさん、あ、あの、私をこのお店で雇ってください。お願いします」
「給料安くても良いならな」
「お、お願いします。一生懸命、働きます」
頭を下げる彼女にメビウスは突き放すように言うのだがセフィーリアは深々と頭を下げた。
セフィーリアがこの店で働くと聞き、常連客達はメビウスの不味い料理を食べなくて良いと思って歓声をあげるがメビウスに睨まれて口をつぐむ。
「素直じゃないわね」
「あ? なんか言ったか?」
「べーつーにー」
メビウスとセフィーリアのやり取りにターニアは全てを察したようで小さくため息を吐くがメビウスに睨まれてわざとらしく視線をそらした。
彼女の相手をする気もないのかメビウスは舌打ちをした後、遊んでいるヒマもないと言いたいのか、仕事を続けようとするのだが常連客からは厨房をセフィーリアへと引き渡すように声が上がり始める。
「それじゃあ、フィーちゃんの歓迎会って事で月光草と煉獄鳥でも食べましょうか? 確か仕込みが終わる頃よね?」
「……好きにしろ」
メビウスが睨みつけても常連客達の声が治まるわけもなく、ターニアは楽しそうに笑った。
セフィーリアはメビウスの機嫌が悪いため、これ以上、怒らせてはいけないと考えたようだがメビウスは勝手にしろと言いたいのか厨房から出る。
どうして良いのか戸惑っているセフィーリアだがターニアは彼女の背中を押すと勝手にお酒を開けて常連客のグラスに注いで行く。
「あ、あの、メビウスさん」
「……しばらくは給料出るかわからないぞ」
ターニアは勝手に今日はメビウスの奢りだと言い、常連客は歓声を上げる。
常連客達の盛り上がり方にセフィーリアは顔を引きつらせるのだが、もうメビウスは諦めているのかふて腐れたように言うだけである。
第1部終了ってところでしょうか?
とりあえず、セフィーリアが合流で料理の味が向上した竜の焔亭ですがどうなる事でしょう。




