5品目
「……」
「あ、あの、メビウスさん?」
「気にしないの。売り上げが良すぎて自信を無くしているだけだから、でけど、本当にフィーちゃんは料理が上手ね。この飛竜の煮込みも美味しいわ。この辛口の名酒竜虐殺と合うわ」
セフィーリアが料理をしている事で噂が他人を呼び、多くの客が店に訪れている。
料理をしている彼女は先ほどまでの自信なさげな表情ではなく笑顔で溢れており、それが年頃の男性客を呼び込んでいるようで料理は不味くても活気のある店がいつも以上に活気づいているのだが、店主であるメビウスは彼女とは反対に不機嫌そうな表情をしている。
セフィーリアは完成した料理を彼に渡した時に不機嫌そうな様子に気が付いてしまい、一気に表情が暗くなるのだがターニアは料理に合った酒を勝手に出して幸せそうに笑っている。
「……お姉様、勝手に酒を飲まないでくれませんか?」
「良いじゃない。フィーちゃんが手伝ってくれるから、繁盛しているわけだし……そう言えば、フィーちゃんってどうして料理ができるの? 騎士様って事は貴族よね。料理なんてする必要ないわよね?」
「そ、それは……」
実際、売り上げの事を考えればセフィーリアを責めるわけには行かないため、メビウスはターニアへと怒りの矛先を変える。
ただ、ターニアは甥っ子の扱いなど手馴れたようでセフィーリアが作った料理を頬張るのだが、そこでふとした疑問が頭をよぎり、首を傾げた。
その疑問はセフィーリアには触れて欲しくなかった物だったようで彼女の表情は曇ってしまい、客達はまたメビウスがセフィーリアをいじめたと思ったようで店内からは彼を責める声が響く。
「……お前ら、本当に追い出すぞ」
「メビウス、うるさい」
「うるさいのは俺じゃない」
いわれのない中傷に今まで我慢していたメビウスの怒りは限界に達したようで大声で彼を罵倒していた1人の客の頭をつかむとその手で彼の頭を締め上げる。
店内にはその客の悲鳴が響き始め、客達は調子に乗りすぎたと察したのかメビウスの餌食になっている客を見ないふりをして料理へと手を伸ばす。
ターニアはセフィーリアの暗い表情が気になっているようで彼に静かにするように言うと八つ当たりで少々気が晴れたメビウスは締め上げていた手を放すとターニアの隣の席に座る。
「あ、あの」
「別に話す必要はないぞ。言いたくない事の1つや2つ、誰にだってあるだろ」
「それもそうね。フィーちゃん、気にしなくて良いわ。それより、おつまみ、おかわり、今度は何にしようかな? メビウス、おススメの食材はないの?」
ターニアに聞かれた事はセフィーリアにとっては触れて欲しくない事柄であり、彼女は小さく肩を震わせている。
メビウスも貴族の令嬢である彼女が料理を出来る事は不思議に思っていたようではあるが彼女の様子から触れてはいけない事だと判断したようで頭をかく。
基本的にセフィーリアの味方である客達は彼女の機嫌を損ねて、この店に来てくれなくなる事は困るため、興味はある物の深く追求する事はない。ターニアは興味があっても彼女を傷つける意味はないと判断したようで新しいお酒のお供を頼もうとメニュー表を覗き込む。
「……あるにはあるけど、値が張るから教えない。これ以上、ただ飯を食われてたまるか」
「なんで、良いでしょ。このお姉さんがメビウスのためにどれだけ苦労していると思っているの? 仕方ない。それならこれで良いや。フィーちゃん、この双頭サメの煮凝り。お酒は何にしようかな? やっぱり、サメにしたから……サメ肌しかないわね。メビウス、サメ肌は?」
「えーと、確かそのお酒なら、メビウスさんが料理の仕込みに……す、すいません!?」
「ねえ。フィーちゃん、メビウスはなんの食材を使っていたの?」
かなり高価な食材があるようではあるがただ飯、ただ酒を食らうターニアに高価な食材は出したくないようでそっぽを向いてしまう。
甥っ子が不機嫌になろうともターニアには関係ないようで注文した料理に合う酒へと手を伸ばそうとするのだがなぜか目的の酒がそこにはない。
セフィーリアは2人の様子に苦笑いを浮かべるとターニアが探している酒に心当たりがあったようでメビウスが仕込んでいた料理の事を話す。
その言葉に客達はメビウスがまた人の息の根を止める毒薬を作ったと思い、腰が引けるのだがメビウスはその事を話して欲しくなかったようで眉間に深いしわを寄せた。
彼の様子にセフィーリアは触れて自分が言ってはいけない事を言ったと思い、慌てて頭を下げるがターニアは気にする事はない。
「えーと、すいません。見た事ないお肉なのでわかりません。仕込みはされていますけど、今日のメニューにはなさそうですし」
「味付けは壊滅的にダメだけど仕込みは兄さんに小さい頃から叩きこまれているからおかしな事はしないだろうし……サメ肌を仕込みに使うのは確か煉獄鳥のお肉だったわね。そのままだとすごく臭いけどサメ肌に漬けて置いておくと臭みが取れてお肉も柔らかくジューシーになったはず、それも煉獄鳥は高級食材、相性が良い食材は効果も上がるはず……何より、今日のメニューにはなし。フィーちゃん、それを使って何かを作って」
「ま、待て。それだけはやめてくれ」
セフィーリアは食材に心当たりがないようで首を横に振った。ターニアは酒の種類から食材を言い当てるとメビウスの顔は真っ青になって行く。
メビウスの様子から彼女が言う通り、高級食材だったようでターニアは仕込みの終わっている肉を使って料理をするように言うのだが高級食材をただで食べられるのはメビウスとしては大赤字であり、彼はセフィーリアに絶対に使うなと声を上げる。
「ターニアさん、メビウスさんもこう言っていますし、止めませんか?」
「気にしたらダメよ。フィーちゃんが料理しないとせっかくの高級食材もゴミ同然になるんだから、美味しく食べてあげるべきよ。それにフィーちゃんも食べてみたくない? 兄さんに聞いたんだけど確か煉獄鳥のお肉は能力が上がる以外にもお肌がつるつるになるそうよ。サメ肌も保湿の効果があるし、これを食べたら明日にはお肌がつるつるよ」
「そ、それは食べてみたいです……ダ、ダメです。騎士として自分の欲望のためにそのような事をしてはいけません」
あまりメビウスを怒らせたくないセフィーリアはターニアを説得しようとするのだが、そんな彼女の耳元で悪魔がささやく。
どうやら、煉獄鳥には女の子の関心事に効果があるようでセフィーリアはメビウスの顔を見た後に頬を赤らめるが騎士と言う立場の自分がそんな事をしてはいけないと首を大きく横に振る。
「お姉さんが許す。年頃の女の子なら食べるべき食材よ。大丈夫。メビウスなら煉獄鳥なんていくらでも狩ってくるわ。違うわね。私とフィーちゃんのお肌のためにたくさん狩ってきなさい」
「むちゃくちゃな事を言うな!! 高いんだぞ。貴重なんだぞ。簡単にとってこられるか!!」
「うるさい。いつまでも私にキレイなお姉様で居て欲しいなら差し出すべき食材よ」
しかし、すでにターニアは煉獄鳥を食べると決めたようでメビウスの言葉を聞き入れる事はない。
それどころか肌に良いと聞いた女性客達からはターニアを指示する声が多く上がり、最終的にはメビウスが折れてしまい。煉獄鳥のお肉はセフィーリアとターニアを含めた女性客達のお腹の中に収まってしまった。