32品目
「……わざわざ、見送りか? ヒマなのか?」
「そんなわけがあるか……ターニア=ハートレットはどうした?」
翌日になり、メビウスが竜の焔亭の前でオーミット家名義で借り受けた馬車に荷物を積んでいるとセフィーリアと一緒に護衛を連れたラングラドが現れる。
ラングラドが同行しているせいかセフィーリアは緊張気味であり、彼女の様子を見てメビウスはため息を吐きながら悪態を吐いた。
彼の言葉に眉間にしわを寄せるラングラドだが何か探しているのか周囲を見回すとターニアの居場所を聞くのだが、常時、酒瓶を抱えている彼女はこんな朝に起きているわけがない。
「起きてくるのはいつも昼すぎだ。必要なら叩き起こしてくるけど」
「そうか……そこまでする必要はない」
昨日、出会ったばかりのため、ラングラドがターニアの生態を知っているわけがない。
メビウスは彼がターニアを探す事に何か理由があると考えて、呼びに行く事を提案するがそこまでの用件ではないようで彼は首を横に振った。
彼がなぜ、ターニアを探しているか疑問は残るが今は準備の方が優先であり、メビウスは荷物搬入を優先させようと手を動かそうとするのだがラングラドが首を小さく動かすと護衛達はメビウスに休んでいるように言い、彼とセフィーリアの荷物を積み込み始める。
「……何のつもりだ?」
「わざわざ、見送りのためにこのような場所に来たと思っているのか?」
護衛が搬入を始めた事に何か裏があると感じ、メビウスは怪訝そうな表情をする。
ラングラドは嫌味の意味を込めて、大きなため息を吐くとあまり時間を取らせるなと言いたいのか彼を見下すように言う。
その物言いにメビウスの額にはぴくぴくと青筋が浮かび上がり始め、セフィーリアは2人の様子にどうして良いかわからないようで護衛達に仲裁するように頼むが護衛達も2人の間に割って入る気は無いようで手を動かしている。
「それなら、忙しいお方がこんな場所に何かご用ですか?」
「……これを渡しにな」
睨み合いが続くなか、メビウスは嫌味ったらしくラングラドに何のためにここに来たのかと聞く。
視線をそらす事無く、ラングラドは懐から小さな宝珠を取り出してメビウスに見せるがメビウスはそれが何かわからないようで小さく首を傾げた。
彼の反応にラングラドはその程度の知識もないのかと言いたいようで舌打ちをし、その音にメビウスの額の青筋は小さく動く。
「申し訳ありませんね。しがない食堂の店主な物で」
「お、お兄様、じ、時間もないですし」
このままではメビウスが手を上げるのではと思ったようでセフィーリアは身体を震わせながら、2人の間に割って入った。
彼女の行動に驚いたようでラングラドはわずかに表情を動かすが2人が気付く事はない。
「……これは帰還の宝珠と言われる物だ」
「お、お兄様、どうしてこんな物を!?」
ラングラドはセフィーリアの肩をつかんで彼女を退かせるとメビウスの手に宝珠を手渡すと宝珠について説明する。
貴重なもののようでセフィーリアは驚きの声を上げるのだがメビウスは不思議そうに宝珠を覗き込むが価値はまったくわかっていないようである。
「……そんなに凄い物なのか?」
「す、凄い物なんです。転移の魔法の一種が組み込まれて発動すると指定の場所まで一瞬で移動できるんですよ。遠くの場所から王都に一瞬で戻ってこられるんですよ」
首を傾げるメビウスに向かって、セフィーリアは興奮気味でラングラドの説明を補足する。
その説明にメビウスは感心したようで頷きはする物のそれでも宝珠に疑問を持っているようですぐに首を傾げてしまう。
「どうかしましたか?」
「そんなに便利な物なら、これを使って他の街まで移動できないのか?」
彼が何を疑問に思っているかわからずに首を傾げるセフィーリアだが、メビウスの反応はいまいち使い勝手が悪いと言う物である。
その言葉に彼女は顔を引きつらせ、ラングラドは眉間に深いしわを寄せた。
「確かにそのような道具もあるとは聞くがかなり高位の魔術師しか作る事は出来ない。そのような魔術師は宮廷魔術師にもいない」
「そうか……それでこれをどうしろと? こんな物を渡されても使い方もわからないぞ。俺は魔法を使えないからな」
メビウスの言うような魔法具も存在するが入手する事は奇跡に近いとラングラドは言う。
そんな物かとメビウスは頷くが帰還の宝珠と言う魔法具の存在を知らなかった彼が使い方など知っているわけがない。
彼の言葉にラングラドはだろうなと小さく頷いた後、ため息を漏らした。メビウスはそのため息にムッとした表情をするが知っている上で渡す理由があると考えにいたったようで次の言葉を待つ。
「宝珠はセフィーリアが使えるはずだ」
「は、はい。大丈夫です。魔法具の扱い方は習っています」
セフィーリアに宝珠を使わせれば良いと言うラングラドに彼女は期待に答えなければいけないと思ったのか大きく頷いて見せる。
彼女の様子にメビウスとラングラドの視線が重なってしまう。
「こいつが魔法具を使えると言うのはわかった。月光草の品質を保つために速く戻ってきて欲しいと言う事だな……ただ、これをどうして俺に渡す?」
「……貴重な物だからな。紛失されては困るんだ。馬車1台分の荷物くらいなら同時に運べるはずだ。月光草を入手したら、すぐに帰還しろ」
帰還の宝珠を渡す意味を理解したメビウスではあるが宝珠を持たせるだけなら、セフィーリアに運ばせる事が出来たはずである。
その疑問をラングラドにぶつけると彼は眉間に深いしわを寄せて首を横に振るありさまなのだ。
だが、メビウスも今までの経験からか彼の言いたい事も理解できたようで命令的な口調でも頷いてしまう。
「な、無くしませんよ!?」
「……それでは私はヒマな人間とは違って公務がある身だ。これで失礼する」
セフィーリアはいくらなんでも帰還の宝珠のような高価な物は紛失しないと声をあげる。
その声を無視し、ラングラドは荷物の積み込みを終えた護衛に声をかけて歩いて行ってしまう。
ラングラドの言葉を否定して欲しいのかセフィーリアは涙目でメビウスを見るが彼はその視線を無視すると頭をかきながら馬車に乗り込む。




