3品目
「……あいつはいないか?」
「メビウスさん? どうしたんですか?」
「あんたか……」
翌日になり、メビウスは開店前に魔物討伐の依頼の話をするために騎士団の詰所を覗き込む。
騎士達の多くは彼に気が付いても自分から話しかけるような事はなく、その様子にメビウスは騎士達の器の小ささに舌打ちをした時、昨日、セフィーリアとともに店を訪れて来たロイックが彼に気づき、近づいてくる。
ロイックの顔にメビウスは依頼の件を話し始めようとするのだが、メビウスはロイックの名前を覚えていないようで眉間に小さくしわを寄せた。
「ロイック=フォートロンです。第8騎士隊の隊長をさせていただいています。ただ、以前に名乗ったはずですけど」
「……すまない。人の出入りが多いからな。名乗られても覚えられない人間もいるんだ」
「それは客商売をしている人間として、どうかと思いますけど」
彼の様子からロイックは察してくれたようで改めて名乗ってくれる。
さすがに名前を覚えていなかった事は悪かったと思ったのか、メビウスは気まずそうに視線をそらすのだがそれは料理屋の店主としてはあまり良くない。
「……申し訳ない」
「いえ、私達が嫌われているのは知っていますから」
メビウスからの謝罪の言葉にロイックは苦笑いを浮かべた。
彼は以前にあったメビウスが騎士達に良い印象を持っていない事は充分に理解しているようで困ったように笑う。
「それでどうかしたんですか?」
「あー、まあ、あんたでも良いか」
2人とも若干、気まずくなったようでロイックはメビウスが詰所を訪れた理由を聞く。
最初はセフィーリアに話をしようと考えていたメビウスだがロイックにはあまり嫌悪感を抱いていないようで頭をかいた後、魔物討伐の依頼を条件付きでなら受けても良いと話す。
「本当ですか? 本当に受けてくれるんですか?」
「ああ。条件付きだけどな」
「ありがとうございます。条件に付いては上に報告させていただきます」
昨日の様子からロイックは承諾してくれるとは思っていなかったようで驚きの声を上げる。
彼の驚きようにメビウスは少し気まずいのか、視線をそらして頭をかく。
それでも、ロイックには朗報だったようで嬉しそうに彼の手を取り、喜びの声を上げた。
「……悪いんだけど、離してくれないか?」
「そ、そうですね。失礼しました」
「とりあえず、条件は出したからな。それ以外なら依頼は受けない。俺は開店準備もあるから帰るぞ」
同性に手を取られるのは気持ち悪かったようでメビウスは険しい表情をして言い、ロイックは慌てて手を離す。
メビウスはロイックの行動が何か引っかかったのかもうここには用は無いと言うと逃げるように詰所を出て行く。
「ロイックって、あっちじゃないだろうな? ……あいつ、何をやっているんだ?」
詰所から出たメビウスは店まで歩いていると準備中の札がかかった入口の前で立っているセフィーリアを見つけた。
彼女が魔物討伐に付いてもう1度、頼みに来ただろうと事は容易に想像が付くのだが、準備中の札がかかっているためか店内には入れないでいるようである。
その様子を見てメビウスは面倒だと言いたげに頭をかくわけだが昨日、彼女に当たってしまった感じもあるため、話しかけるのを迷ってしまったようで足を止めた。
「し、失礼します。朝からすいません!?」
「……気合を入れているところ、悪いけどまだ開けてもいない」
「メ、メビウスさん!? ど、どうしてこんなところに!?」
「こんなところで悪かったな……そこで突っ立っていると邪魔だ。入るなら、さっさと入れ」
セフィーリアは覚悟を決めたようで店のドアに手を伸ばすわけだが店主であるメビウスは後ろに立っているため、ドアにはカギがかかっている。
ドアが開かず、意を決したはずの彼女はいきなり覚悟が砕かれてしまった事に肩を落とす。メビウスはそんな彼女を見て呆れ顔で声をかける。
見られていた事に慌てる彼女にメビウスは嫌味の1つを言うとドアのカギを開けて店内に入ってしまう。セフィーリアは驚いただけで悪気などなかったのだがメビウスの嫌味に店に入る事が出来ずにいる。
嫌味の1つに無駄に落ち込める彼女の様子に呆れたようにため息を吐くメビウスだがすでに落ち込んでいる彼女にとってはその言葉はさらに傷をえぐるだけである。それでも道端に立っていると通行人の邪魔だと考えたのかセフィーリアは重い足取りで店内に入ると店の隅の席に腰を下ろした。
彼女が落ち込んでいようと普段から店で冒険者達を怒鳴りつけている彼が年頃の女の子の心の機微をわかるわけがなく、メビウスは1度、彼女へと視線を向けるもののセフィーリアが何も話してこないためか声をかける事無く、開店の準備を開始する。
「……騎士様は今日のお勤めは良いのかよ?」
「きょ、今日はお休みなんです」
「そうか……」
開店準備も一通り済ませたようで手を止めたメビウスはあれから一言も話さないセフィーリアがうっとうしくなったようで彼女を睨み付ける。
声をかけられて慌てて返事をするセフィーリアではあるがメビウスに睨まれているせいか次の言葉が続いてこない。
会話が続かない事にセフィーリアの表情はさらに暗くなって行くのだがメビウスは何も言ってこない彼女の様子に舌打ちをした後、入り口のドアにかけられている札を『営業中』へと変える。