28品目
「あ、あの。ターニアさんはなぜここに?」
「なぜって、ここが私の職場だからよ」
セフィーリアは状況から1つの答えを導き出したようではあるが、導き出した答えをどうしても信じられないようである。
彼女が何を考えているのかわかっているようでターニアは小さく口元を緩ませた。
ただ、セフィーリアはいつも彼女にからかわれているため、それでも信じられないようで彼女はメビウスへと視線を向けた。
「……信じられないかも知れないけど、真実だ」
「そ、そうなんですか」
メビウスはため息交じりで返事をするとセフィーリアはまだ信じきれないようで眉間にしわを寄せている。
彼女の反応が面白いのかターニアはくすくすと笑った後、手にしていた酒瓶を机に置くと診療台の男性を覗き込む。
その表情はいつもの彼女と違い真剣なものであり、セフィーリアは小さく息を飲んでしまう。
「メビウス、角度が甘いわね。仕留め損ねたわね」
「……仕留めるつもりはなかったからな。それで大丈夫そうか?」
しかし、彼女の口から出てきたため息交じりの言葉は診察結果ではなく、攻撃へのダメ出しである。
セフィーリアは先ほどの自分の行動に信じてしまった事を後悔しているのか大きく肩を落としてしまう。
メビウスはそんな彼女を見て小さくため息を吐いた後、ターニアに男性の様子を聞く。
「そうね。特に外傷はないわね。殴られた頬のあざと地面を転がった時の擦り傷くらいね。それにこれやったのはメビウスでしょ。いくら頭に血が上っていても人を殺すようなへまはしないでしょ」
「まあな。実際は投げすててくるわけにもいかなかったから運んできただけだし。なあ、これ、ここに置いていて良いか?」
問題になるようなケガはないとターニアは言うと酒瓶へと手を伸ばす。
メビウスも大けがをさせていない自信があったようでただこの男性をターニアに押し付けようとしていただけのようであり、言う事だけを言うと診察室を出て行こうとする。
「メ、メビウスさん、待ってください!? せめて、お兄様が目を覚ますまでは一緒にいてください」
「あ? もう良いだろ。俺としてはこれを運んできただけで充分に役目を果たしただろ」
帰ろうとするメビウスにセフィーリアは慌てて声をかけると彼の腕をつかむ。
彼女の行動にメビウスはこれ以上の迷惑をかけるなと言いたげだが男性の態度が悪かったとは言え、彼を気絶させたのは間違いなくメビウスである。
「メビウスも付き合ってあげたら良いじゃない。どうせ、今日はヒマなんだから、それよりも……」
「別にヒマでもない。ブロムに頼んでいた物ができたんだ。狩りに行く準備だってしないといけないんだからな」
2人の様子にターニアは楽しそうに笑った後、もう1度、男性の顔を覗き込んだ。
メビウスは苦々しい表情をしながら店が休みのような状態であってもやる事はあると言うのだがターニアの行動に違和感を覚えたようで彼はぶつぶつと文句を言いながら診察室の隅に置いてあるイスを2脚運んでくる。
「あ、ありがとうございます」
「ねえ。フィーちゃん、これ、本当にあなたのお兄さん?」
イスを渡されたセフィーリアがメビウスにお礼を言うのだがメビウスは不機嫌そうな表情をしており、返事をする事はない。
彼の様子にセフィーリアはまた怒らせてしまったと肩を落とした時、ターニアは診療台に寝かされている男性を指差してセフィーリアと男性の関係を聞く。
その質問にセフィーリアは小さく頷くのだが、ターニアはそんな事はないと言いたいのか眉間にしわを寄せた。
「フィーちゃん、嘘はいけないわね。嘘つきはうちのお店を出禁にしちゃうから」
「俺の店だぞ。勝手に出禁を決めるな。それにこれと会ってからのこいつの反応を見る限りは間違いなく身内だぞ……嘘なのか?」
ターニアは彼女が嘘を吐いていると判断したようで視線を鋭くするのだが竜の焔亭はあくまでもメビウスの店であり、彼女には何の権限もない。
メビウスは大きく肩を落とした後、おかしな事を言うなと言うのだがセフィーリアの表情は陰っており、彼は眉間に深いしわを寄せた。
「お兄様で間違いありません」
「おかしいわね。私が知る限り、オーミット家の子供はフィーちゃん1人だけよ」
セフィーリアははっきりとこの男性は自分の兄だと言うのだがターニアは彼女には兄弟などいなかったはずだと言い切ってしまう。
2人のやり取りを見ていたメビウスはどちらが嘘を吐いているか理解できたようであり、彼の視線はセフィーリアに向けられた。
「……正確に言えば私とセフィーリアは従兄妹にあたる」
「従兄妹?」
視線にセフィーリアは小さく身体を縮めた時、男性が目を覚ます。
彼は頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こすと自分と彼女の関係を話すのだが別に隠す必要性を感じなかったメビウスは小さく首を傾げた。
「その出来損ないにオーミットの当主が勤められるわけがないからな。私が養子として向かい入れられたんだ」
「そう……フィーちゃんの従兄ね。確かテオール家にラングラドって息子がいたわね? そう。養子ね。それなら確かに兄妹になるわね」
男性は自分の境遇を話すのだが、その表情は養子としての立場に納得が出来ていないように見える。
ターニアは2人の正確な関係を聞くと男性の名に心当たりがあったようで彼を『ラングラド』と呼ぶ。
その名に間違いはないようでラングラドは小さく頷いた後、冷たい視線をセフィーリアに向けた。睨み付けられて身体を震わせるセフィーリアの様子にメビウスは小さくため息を吐くと2人の間にイスを移動する。
「……仮にも身内だろ。出来損ないはないんじゃないのか?」
「出来損ないは出来損ないだ。自分が言った事も守れずにクズ部隊に入れられ、へらへらと笑っているのだからな。オーミット家の恥さらしが」
メビウスは身内ならもう少しセフィーリアの事を温かい目で見てやれば良いとため息を吐く。
ただ、彼の言葉を聞く気などないようでラングラドは彼女を完全に見下したように言い、セフィーリアは反論1つできないようで身体を小さく縮めている。




