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2品目

「水じゃなく、あたしが欲しいのはお、さ、け」


 閉店時間が近づきメビウスが店の片づけをしていた時、店のドアが開き、酒を抱えた女性が乱入してくる。

 彼女の登場にメビウスは眉間にしわを寄せながらも水を差し出すのだが彼女は拒否するだけではなく、酒を希望する。


「……おばさん、いい加減にしろよ」

「おばさんじゃなく、お姉様と呼びなさい」

「はいはい。お姉様、飲み過ぎは良くないので酒を放してください」

「兄さん、メビウスがあたしの事をただの酔っぱらい扱いするんだよ。酷いと思わないかい」


 来客はメビウスの叔母である『ターニア=ハートレット』であり、酒を抱えているのがいつもの状態である。

 メビウスは呆れ顔で彼女から酒をひったくると彼女は懐から、メビウスの父親の写真を取り出して泣きつくふりをするがメビウスが酒を返す事はない。

 このやり取りはこの店の閉店時間間際のいつもの光景であり、残っている客達が気にする事はない。

 それでもターニアは酒を抱えて残っている客達に絡んでおり、そんな叔母の様子にメビウスは眉間に深いしわを寄せている。


「フィーちゃんのお願いを断ったんだって?」

「その話かよ」


 一通り、残っている客達に絡んだものの、この店の常連客達はすでに彼女の扱い方を心得ているためか誰にも相手にはされない。

 ターニアは不満げに指定席とも言えるカウンター席の1つに座ると昼間のやり取りをどこかで聞いてきたようでメビウスの顔を見上げた。

 あまり騎士達と関わり合いたくないメビウスは作業の手を止める事はないが不機嫌そうに顔をしかめる。


「別に受けてあげたら良いじゃない。可愛い女の子の頼みは男として聞かないとダメでしょ」

「……イヤだね。こっちはたいした役にも立たない騎士様達のためにわずかな稼ぎから税金を納めてやっているんだ。自分達の仕事くらい。自分達でやらせろよ」

「確かに、メビウスの言い分もわかるけどね。そう言うなら……あんたも自分の仕事はきちんとしなさい」

「……」


 不機嫌そうな甥っ子の表情にターニアは肩を落としてしまうがすでに意固地になっている彼は聞く耳を持とうともしない。

 彼の態度にターニアは自分も半人前ではないかと言いたいのか客達が途中で食べるのを諦めた彼の料理を指差した。

 自分に料理の才能がない事はメビウスも自覚しているようで眉間にしわを寄せるが、口に出すと認めてしまうと思っているようで口を閉ざしてしまう。


「フィーちゃんが来てくれるとその日の売り上げが上がるんだから、その分くらい。働いてあげたら良いじゃない」

「……それでも割に合わないんだよ。食材を持って行こうとするし、手柄を横取りしようとするし」

「確かに態度が悪いのもいるしね。兄さんも苦労していた事もあるし……」


 セフィーリアが厨房に入ってくれた時にはすぐに街中に噂が広がり、普段、メビウスが厨房に立っている時には絶対に近づかない冒険者達まで店に来るため、売り上げはかなり良い。

 彼女にお礼をするためと言われてメビウスは少し考えるがやはり、騎士達の傍若無人な態度が気に入らないようで首を横に振る。

 どうやら、騎士達の態度にはメビウスの父親も苦労させられていたようでターニアは苦笑いを浮かべてしまう。ただ、それでもこの街でメビウスが料理屋を続けて行くには騎士達と和解する事も必要だと考えているのか彼を説得しようと次の言葉を探す。


「……ねえ。メビウス、あんた、手柄が欲しいの?」

「あ?」


 ターニアは先ほどのメビウスの言葉の中から突破口を見つけたようで1つの質問をする。

 質問の意味がわからない彼は小さく首を捻り、その様子を見たターニアの口角は小さく上がった。

 表情の変化にメビウスは怪訝そうな表情をするのだが彼女は気にする事はない。それどころか甥っ子を言い負かす方法を考え付いたようで楽しそうに酒をあおるとニコニコとしながらメビウスの顔を覗き込んだ。


「……何だよ?」

「手柄、欲しいの?」

「別にいらねえけど、手柄なんて腹の足しにもならねえし」

「その意見は同感ね。私も手柄をくれるより、美味しいお酒が欲しいわ」


 何かイヤな予感がしているのかそこで初めてメビウスは手を止めてしまうのだが、彼女は表情を変える事無く、もう1度、手柄が欲しいかと聞く。

 質問の意図はわからないようではあるがメビウスは名声などより、現物支給が良いと答え、叔母であるターニアも同じ考えを持っているのか大きく頷いてしまう。

 その様子に2人の会話を遠巻きに聞いていた客達はため息を吐くのだが会話に集中しているのか2人の耳にはため息は入って行かない。


「実際、魔物が出ているのは本当なんだし、退治はしないとダメでしょ。メビウスは手柄がいらないって言っているんだから、いらない手柄は売っちゃえば良いんじゃないの? 『魔物の肉はあんたの物、魔物を倒した手柄は同行した騎士様の物、もちろん、成功報酬は貰う』って契約書の1つでも書かせたら良いじゃない。冒険者だって依頼を受けた時にそれくらいやるんだから、それで契約を破ろうとする騎士なら、『魔物に殺されちゃった。キャハ』で始末してきたら良いのよ」

「……始末って、物騒だな。おい」

「騎士団、2回も敗走しているんだから、契約に頷かなければ街中に事実を流してあげれば良いんだし。幸いな事にこのお店には活動範囲がこの国以外のお客様達もいるわけだし」

「……お姉様、それは脅迫です」


 ターニアの考え付いた事はこちらの言い分も聞かないのならこちらにも言い分があると言う。簡単に言ってしまえば脅迫であり、実の叔母の過激な発言にメビウスは大きく肩を落とす。

 ただ、2人の話を聞いていた客達にはなぜか好評であり、店内は大きく盛り上がり始める。


「……なんで、盛り上がるんだよ」

「騎士達も態度の悪い人間もいるからね。お姉様の提案がイヤなら、同行する騎士様を選ばせて貰ったら、フィーちゃんなら手柄を横取りしようとしないだろうし、騎士の中にだってそう言う人間もいるでしょう」

「……はいはい。わかりましたよ」


 客達の様子に大きく肩を落とすメビウスではあるが意固地になっていただけで彼も魔物は討伐しないといけないとは思っているようでターニアの言葉に説得されたふりをして頷いた。


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