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15品目

「無事だったか? そうだよな。無事ですまなかったのは第8騎士隊の隊長様か?」

「あ?」

「メビウス、それで討伐した魔物は何だったんだ? 大物だったんだろ。もちろん、いつもより、安いんだろうな」


 魔物討伐で手に入れた魔物の肉の仕込みを終えた次の日、メビウスが竜の焔亭を開けると常連客は店に入ってくるなり、メビウスを指差して笑う。

 彼らの言葉からすでにロイックがメビウスの料理で昏倒した事は王都中に広がっているようであり、メビウスは不機嫌そうに彼らを睨み付けるが常連客達は気にする事無く、席に座って行くと討伐してきた魔物を使った料理を食べる気のようでさっさと教えろと声を上げる。

 その態度は普段から、メビウスの料理を不味いと文句を垂れ流している者達と違って見えるのだがメビウスは眉1つ動かす事はない。


「それじゃあ、ヒュプノパイソンの肉を使ったシチューとこのヤグルは素焼きで良い。塩だけ持ってきてくれ?」

「あ?」

「さっさとしろ。酒は勝手に開けてくぞ」

「……この酔っぱらいども」


 メビウスから魔物討伐の成果を聞いた常連客達は全員が同じ注文をするのだが、注文の仕方にメビウスの額にはぴくぴくと青筋が浮かび上がって行く。

 彼の機嫌が悪くなろうとも常連客達はまったく気にした様子もなく、勝手にそれぞれ好き勝手に酒を引っ張り出して宴会を始め出す。

 昼前から始めるバカ騒ぎにメビウスは呆れたのか大きく肩を落とすと注文された料理を作り始める。


「……相変わらずの不味さだ」

「やっぱり、メビウスが味つけをしない料理は美味いな。素材の美味さが充分に引き出されている」

「おいおい。言うなよ。それだと、メビウスの腕が最悪だって言っているようなもんだぞ」

「うるせえ。イヤならくるんじゃねえ!!」


 テーブルに料理が並ぶと常連客達はシチューを1口食べて文句を言い放ち、素焼きに自分で塩をふって食べては素材の味を褒めた後、メビウスの料理の腕を小バカにする。

 その文句に当然、メビウスは声を上げるのだがすでにこの光景は竜の焔亭のいつもの姿のため、常連客が店から出て行く事はない。

 そんな店主と常連客の罵倒が飛び交う中、店のドアがゆっくりと開き、セフィーリアとロイックが遠慮がちに店の中をうかがう。

 それに気が付いた常連客の1人がすぐに2人の腕を引っ張り、店の中に引きずり込むとセフィーリアをメビウスの前のカウンター席に座らせ、ロイックをテーブル席に引きずって行ってしまう。


「あ、あの。メビウスさん」

「気にするな」

「無謀にもメビウスの料理に挑んだ若き隊長殿に乾杯!!」


 状況がわからないセフィーリアはメビウスに説明を求めるのだが彼は構うなと言いたいのかため息を吐くと酔っぱらいどもが食い散らかした食器を片付け出す。

 そんな中、常連客達に拉致されたロイックは酒を持たされると常連客に酒を勧められる。彼は騎士としての任務できたため、任務中に酒など飲む事はできないと拒否しようとするが酔っぱらいどもにその理屈が通じるはずもない。

 そのため、ロイックは1杯でも飲めば常連客達も納得するだろうと思い、1杯だけと酒を飲み干すが完全に出来上がっている酔っぱらい達は酒が空になるとすぐに酒をつぐ。

 ロイックはそこで自分が下手な事をしたと気が付いたのだがすでにいくら後悔しても遅い。逃げようとすれば手を捕まれて席に座らせられて酒をつがれ、飲み干すまでは席から立つ事も許される事はない。つがれた酒を飲み干しても同じ事を繰り返すだけなのである。

 彼はこのままでは完全につぶされると思ったようで視線でセフィーリアに助けを求めるが彼女は自分では何の役にも立たない事をすでに経験から知っているようで目をそらしてロイックを見捨ててしまう。


「おい。助けを求めているぞ」

「……私は無力です」

「知っている」

「メビウスさん、ターニアさんは?」


 2人のやり取りにメビウスはため息を吐きながら、彼女にお冷とメニューを差し出す。

 セフィーリアは自分の無力さを嘆いた後、ターニアが居ればロイックを救出できるのではないかと思ったようで彼女の事を聞く。

 メビウスはその考えは間違っていると言いたいのか深いため息を吐いて言う。


「この時間はまだ部屋で酒瓶抱えて寝ている。それに起きてここに来たら、それこそ、ロイックは完全につぶされる。今は軽い酒を飲んでいるけどな。一気に強いのを飲まされてぶっ倒れるぞ」

「そうですね。メビウスさん、助けてください」


 ターニアが来ても好転などする事はなく、それ以上にもっとロイックを窮地に追い込まれると聞き、セフィーリアはどうして良いのかわからずに大きく肩を落とすとメビウスに泣きつく。

 その声にメビウスは面倒だと言いたげに顔を歪ませるのだが先日、自分の料理を食べて昏倒した彼相手には罪悪感があるのかしぶしぶ頷いた。


「おい。その辺にしておけ」

「何を言っているんだよ。お前の料理を食わせるより、優しいだろ。ほら、これがヤグルの本当の味だ。メビウスの調理後じゃなければ美味いだろ。そして、この酒によく合う」

「本当です。美味しいです」


 ため息を吐きながら、ロイックに絡んでいる客達を注意するメビウスだが常連客はあくまでも先日の彼の苦労を労っていると言い、素焼きのヤグルの肉に塩をふって渡す。

 1口、食べたロイックは感動したようで驚きの声を上げるとメビウスの額には青筋が浮かび上がった。

 そのやり取りにセフィーリアは自分が下手な事をしたと感覚的に悟ったのだがすでにもう遅い、常連客は彼女の顔を見た後にいやらしい笑みを浮かべるとロイックの口元にシチューを運ぶ。


「ごふっ!? な、何なんですか? これ」

「……あ?」


 無理やり、シチューを食べさせられたロイックは驚きの声を上げて顔をしかめるが今回は意識を刈られはしなかった。

 ただ、その言葉はメビウスにしっかりと届いており、彼が発した一言とともに店内の温度は急激に低下して行くような錯覚に陥る。

 背中から流れる冷たい汗と頭の中で鳴り響く危機を教える音にロイックとセフィーリアは身を震わせるのだが常連客にとってはいつもの事であり、彼らは大声を上げてバカ騒ぎを続けている。


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