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「……今日も安定した不味さだ」

「……この不味さは安定なんてしてないだろ。今日は一段と不味いぞ。どうやったら、こんな不味い物が出来上がるんだ?」

「酒だ。酒で流し込まねえとやってられねえ。酒を持ってこい」


 メビウス=ハートレットは王都の隅で3年前に亡くなった父親から受け継いだ食堂『竜の焔亭』を1人で切り盛りしている。

 元々は宿屋兼食堂だったのだがこの店は店主が食材確保のために店を開ける事も多く、父親が亡くなり店を継いだメビウスも食材確保のために駆け回っている事も多く、現在は宿屋の方は完全に休業中である。

 ただ、食堂の方は狭い店にも関わらず、今日も盛況ではあるが客達は料理の味に納得していないようで文句を垂れ流している。


「うるせえ。イヤならくるんじゃねえ!!」

「仕方ないだろ。不味くたって、この店でしか食えないんだから」

「むしろ、少しは上達しやがれ。先代は料理が上手かったのに何で息子はこんなに不味い飯しか作れねえんだよ」


 客が文句を喚き散らすのはいつもの事であり、店主であるメビウスは客達に出て行けと声を上げるのだがすぐに暴言が返されるだけである。

 メビウスは不機嫌な表情ではあるがそれでも入ってくる客達は絶えず、料理や会計に忙しそうに動き回っている。


「……せめて、料理の味付けが出来る娘が嫁に来てくれればな」

「フィーちゃんが嫁に来てくれれば解決だろ。早く、あんな掃き溜めから出てきてくれねえかな?」

「ここはもっとひどい掃き溜めだろ」

「あんまり、うるせえと出禁にするぞ!!」


 そんなメビウスを眺めながら、客達はマシな料理が出てくる事を夢見て酒をあおる。

 どうやら、彼らにはメビウスの良い人に心当たりがあるようでわざわざ彼に聞こえるように声をあげ、メビウスは彼らを怒鳴りつける。


「あ、あの、メビウスさんは御在宅でしょうか?」

「フィーちゃん、待っていました。ほら、メビウス、厨房をフィーちゃんに渡せ!! 俺達はお前のくそ不味い料理に金を払いたくないんだ!!」


 その時、店のドアがゆっくりと開き、騎士鎧を身にまとった少女が自信なさげに顔を覗かせた。彼女の後ろには同様に騎士鎧を身にまとった男性が立っている。

 少女は先ほどまで客達が噂していた少女『セフィーリア=オーミット』であったようで客達は彼女の登場に盛り上がり始めた。


「あ、あの。私はお料理をしに来たわけではなくて、メビウスさんにお願い事を」

「また、騎士様達が出来ない魔物討伐だろ。そんな物はメビウスに押し付けて俺達に美味い飯を」

「うるせえ。不味いって言うなら、この店に来るんじゃねえよ!!」


 客の盛り上がり方に戸惑うセフィーリアだが客達はまったく気にする事無く、彼女を店内に引っ張り込むとメビウスに厨房から出るように声を上げた。

 客達からの声にメビウスは声を荒げるのだがすでに盛り上がった彼らの暴走は止まらない。


「あ、あの、メビウスさん、厨房、お借りしますね」

「……ああ」

「メビウスさん、うちの紅一点をいじめないでくださいね」


 この場を収めなければいけないと思ったようでセフィーリアは申し訳なさそうにメビウスへと声をかける。

 納得ができないメビウスは不機嫌そうな返事をすると料理の注文を取り始めるのだが彼の表情にセフィーリアは涙目になっている。

 彼女と一緒に店に訪れた騎士『ロイック=フォートロン』がメビウスをなだめるのだがあまり彼は騎士達の事を良く思っていないようで話に耳を傾けようとはしない。


「メビウスさん、お願いがあります」

「断る」

「……そう言わないでください。私達も大変なんですから」


 セフィーリアが厨房を仕切る事で客達は満足げに食事をしている。

 厨房を取られたメビウスは不機嫌そうな表情で仕事を続けているのだがロイックは時間の都合もあるようで彼を空いている席に座らせると真剣な表情をする。

 しかし、メビウスは話を聞く気などないようでその言葉を一蹴してしまうのだが彼らも引けないようで困り顔で肩を落とした。


「だいたい、魔物討伐は騎士や兵士の仕事だろ。手が足りないならこの店でたむろっている冒険者バカどもを雇えよ。俺はこの店の店主で一般人だ。一般人こっちは高い税金を払っているんだ。自分達の仕事くらい、自分達でしろよ」

「それはそうなんですが……すでに討伐隊が2度、敗走しています」

「ずいぶんと情けない騎士様で」


 騎士達が訪ねてきた理由に心当たりがあるようでメビウスは吐き捨てるように言うとロイックは情けない表情をする。

 その様子にメビウスは呆れ顔をすると食事を終えた客から伝票を受け取り、会計業務を行う。


「メビウス、受けてやれば良いだろ。食材だって取りに行かないといけないんだから、ついでだろ」

「……確かにその通りだけどな。自分で言うのもなんだけど、食材を取りに行くのに魔物討伐はおかしいだろ」

「いや、その魔物がお前の食材だろ」

「……」


 話を聞こうともしないメビウスの様子に客達は彼らの肩を持ち始める。

 メビウスは街の外でこの店の食材を採取しているのだがロイックはそのついでに魔物討伐を手伝って欲しいと言っている。

 確かに街の外には出るものの、食材採取のついでと言うには大きすぎる仕事でメビウスは割に合わないと突っぱねるのだがこの店で使われている食材の多くは魔物であり、店内の客達全員からツッコミが入った。

 大勢からのツッコミにメビウスは納得ができないのか眉間にしわを寄せるのだが、彼を擁護する声は1つとして上がらない。


 この世界では魔物も立派な食材であり、食すると様々な効果があるため、かなりの高値で取引されている。

 そのため、一獲千金を夢見て多くの人間が魔物討伐に向かうのだが多くの者が返り討ちに遭い逃げ出して帰ってくるか命を落としてしまうのがほとんどである。

 それほど危険な事なのだがメビウスの父親は魔物を狩って料理の材料にしていたため、幼い頃から父親の料理を食べて成長してきた彼は常人よりも戦闘能力が高く、父親が亡くなっても1人で難なく魔物を狩っているのだ。

 父親は高価なはずの食材を惜しげもなく使い安価で料理を出していたため、メビウスも同様に安価で料理を出しているのだが彼の料理の腕は壊滅的味には目をつぶっても様々な効果を得たい冒険者達の客足が途絶える事はない。


「イヤだね。騎士様は役立たずで人に魔物を討伐させておきながら、自分の手柄にしたがるばかりか食材まで持って行こうとしやがるからな」

「そんな事はしません。お願いします。メビウスさん、力を貸してください」

「断る。何度も言わせるな」


 自分の味方がいない事にへそを曲げたのかメビウスは舌打ちをしながら以前の騎士達の傍若無人な態度を思いだしたようである。

 その時、調理に一段落ついたセフィーリアがメビウスの前に立ち、深々と頭を下げるのだが騎士達にイヤな目に遭わされたメビウスの答えが変わるわけがない。

 きっぱりと断られてしまい、セフィーリアの目には涙がにじみ出し、彼女の様子を見た客達はメビウスを非難する声が上がり出す。


「受けてやっても良いじゃないか」

「逆になんで受けないといけないんだよ。俺に旨みなんてないだろ」

「……フィーちゃん、今日は諦めた方が良いかもな」


 この場は完全にセフィーリア擁護になっているようで客の1人は依頼を受けたくない理由を聞く。

 メビウスは日頃から客達から罵声や文句を言われ続けているためかまったく気にする事無く、厨房に戻って皿洗いを始め出す。

 このような状態になってしまったメビウスに何を言っても無駄だと言う事を常連客は理解しているようでセフィーリアとロイックに帰るように言う。

 セフィーリアは任務を遂行しないといけないと食い下がろうとするがロイックはメビウスと付き合いが長い常連客達の言葉に肩を落としながら彼女を引きずって店を出て行った。


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