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古の契約はその血の中に  作者: 醒月珠夜
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ピクニックの余韻


俺たちが住む大神町おおがまちは太平洋側に海岸を面し、このあたりでは一番の高さである七ツ牙山を背に、温暖で緩やかに弧を描いた地形の港町である。人口は一万七千人程、漁業と僅かながら観光で生計を保っている小さな町だ。

 小高い大神神社から見下ろした海は、深い群青色をした水面がキラキラと夏の太陽を反射し、心地よい潮風が頬に吹き付けてくる。日差しはもちろん暑いのだが、早海病院から徒歩20分の道程がそれほど苦にならなかったのは、この海風に助けられたからだ。


 「ほい」

 「…ありがとう」

 途中で買った冷たいペットボトルのお茶を早海は有難そうに受け取ると、頬に当てて幸せそうに冷たさを味わった。ごくごくお茶を飲みながら、彼女の横に座る。

 神社の境内の入口、本殿へ向かう階段下の左隣に小さな公園があり、青いベンチがこの街の景色と遠く海を見渡せるポイントに設置されている。そこにちょうど楓の木陰が出来ていて、暑い日射しを忘れさせてくれた。

 「八田君覚えてる?小学生の頃よくこの公園で遊んだよね」

 目を細めて懐かしそうにベンチを撫でる。

 「私いつも走りだした八田君たちに追いつけなくて、悔しい思いしてたんだよ。あの頃、男の子になりたくて仕方なかったなぁ」

 「そうだっけ。お前は優等生のおとなしい印象しかないな」

 「………そう」

 「ごめん、あんまり覚えてないんだ」

 急に黙り込むものだから、とっさに謝ってた。実際彼女との思い出なんて無いものと思っていたから仕方ないのだけど。

 「いいのいいの。あ、お腹空いたよね、お弁当食べよっ」

 早海は思い直したように明るく笑いながらそう言うと、傍らに置いてある風呂敷鼓を開け始めた。現れたのは黒い漆器に花の蒔絵が鮮やかな重箱が二段。上段にはおかずや温野菜のサラダが、下段には俵型の海苔を巻いたおにぎりが、どれもぎっしり詰まっていた。

彩りも良くてめちゃくちゃ旨そうなんだが、しかし二人で食べるには多すぎる量にも思えた。

 「…コレ何人分?」

 「うん、4人分…くらい、かな。多めに張り切って作りすぎちゃったんだよね」

 照れ隠しにペロッと舌を出す仕草が微妙に古い。

 「八田君嫌いなモノ入ってたら私が食べるから気にしないでね。アレルギーとかあったりする?」

 「ん、別にないよ。じゃ、いただきます」

 「はい、どうぞ。美味しいと良いんだけど」

 早海から箸と皿を受け取ると、おにぎりと玉子焼きにまず箸をつけて頬張った。……うっ、何だコレ。ほんのりだしの香りと優しい甘さの黄色い玉子焼きは、まさにふわふわの食感だ。冷めても柔らかな唐揚げ、蓮根とひき肉のはさみ揚げ、火星人のようなウインナー。きんぴらゴボウ、焼き鮭、鶏肉とブロッコリーと人参の温野菜サラダはバジル風味に仕上げてある。

 「本当に美味しそうに食べてくれるね。すごく嬉しい」 

 うわっ、俺いま夢中になって食べてた。無性に恥ずかしくなって、慌ててお茶をがぶ飲みする。

 「うん、かなり旨い。お弁当なのに凄い手が込んでる」

 「ありがとう、タコさんウインナー以外は自信があるんだ」

 「……料理うまいのに、器用なんだか不器用なんだか」

 火星人、ではなく失敗したタコさんウインナーをひょいと口に入れた。

 「初挑戦だったからね。食材勿体ないから入れちゃったけど、次は成功させるつもり」

 早海はぐっとこぶしをあげて、強い意思表明をした。ふーん、まあ早海なら今度はちゃんと出来るだろう。と、思いながらも俺の箸は進んで、4人分のお弁当はあっという間に片付いていった。

 「ーーご馳走様でした!」

 「はい、完食ありがとうございました~」

 いや~思ったよりは食べれるもんだな。綺麗になった漆器の弁当箱を嬉々としながら早海が片付ける様を横目に、ぼんやり遠くの海を眺めた。

 そういえば小学生の頃、この神社の奥にある登山道から七ツ牙山に遠足と称して、大人たちに内緒で友達数人で登ったことがあったな。山の中腹から海を眺めながら食べたお弁当が美味しかったのを今も憶えてる。あの時は、あと少しで山頂という所で雨に降られてしまい、大木のしたで立ち往生する羽目になった。やがて俺達の計画に気付き後を追ってきた父さんに見つかって、こってり怒られてしまったあと、涙目になった俺達を連れて父さんは雨上がりの七ツ牙山の山頂に登らせてくれた。その時見た、雲間から顔を出した太陽にキラキラと輝いた銀色のこの海が、俺たちには忘れられない思い出となったんだ…。

 

 

 

 

  


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