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俺の妹が、最近おむつを履き始めたんだが。  作者: 冬野原もがめ
俺と妹のくだらない日々。
8/29

ペットボトル

 俺の妹、叶宮蓮子かのみやれんこは胸と常識にステータスを振り忘れたオタ系女子高生だ。

 少し前まではきわめて普通の青春を送っていたはずなのだが、それすら遠い昔に感じられる。

 これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて汚らしいエピソードのひとつである。



 ◇



 朝の6時、俺は目覚まし時計に叩き起こされるようにして起床していた。

 どうしてこんな早い時間にかといえば、今日は俺が所属するバスケ部の練習試合だからだ。


 相手は強い。

 というか俺たちが弱い。

 決して気は抜けない試合になるだろう。

 寝ぼけた頭を臨戦体勢に持っていく。

 ここで白子のバスケばりの活躍をすれば、マネージャーも俺に振り向いてくれるかもしれない。

 キャプテンよりもやっぱり俺だってな。

 早朝のテンションでおかしなことを考えつつ、俺はジャージに着替え一階へと降りていく。



 冷蔵庫を開くと、黄色い飲料が入ったペットボトルが5本入っていた。

 ありがたい、粉で買ってきていた奴を母さんが詰めておいてくれたのだろう。

 母さん、俺がんばるよ。

 心の中で感謝をして、俺はバッグにスポーツドリンクを詰めていく。



「おはよう、お兄ちゃん! 朝のクイズの時間だよ!」

「おはよう、蓮子。悪いな、俺は忙しいんだ」

「それでは第一問、張り切っていってみよう!」

「お前も遅刻しないようにしろよ、じゃあな」

「お兄ちゃんが今しまったペットボトルの中に、スポーツドリンクじゃないのがありまーす!」

「…………えっ?」


 あぶねぇ。

 危うく出て行くところだった。

 俺は玄関から、首だけを蓮子のいる方向に向ける。

 ただの戯言だとは思うが、仕方ない。

 早起きしたから時間には余裕がある、付き合ってやるか。


「ただの冗談、嘘八百ってわけじゃないんだな?」

「もちろん。この時のために、わざわざお兄ちゃんに飲み物を作ってあげたんだからね! 妹の海のように深い慈愛に感謝してくれると嬉しいな!」

「お前暇なの?」

「そうとも言う」

「お、おう。まあ、ありがとな」

「礼を言うのはまだ早い! さぁお兄ちゃん、どれがスポーツドリンクじゃないか当ててみなっ!」


 俺は言われるがまま、先ほどしまったペットボトルを再び並べる。

 すげぇアホくさい。

 なんで俺こんなことやってんだ?

 なんで蓮子はこんなことやってんだ?



 哲学的問いを浮かべながら、俺は5本の500mlペットボトルを眺めていた。

 うーむ。

 わからん。


「ギブ」

「早いよお兄ちゃん! 官能的に言うともう射精ちゃったの……? はやぁい……」

「言わんでええわ」

「ではここでヒントをひとつ」

「やったー」

「飲んでもいいよ」

「それ答え言ってるようなもんじゃね?」

「まあまあ、おひとつどうぞ」


 蓮子は一本のキャップを開け、俺に飲み口を向けてくる。

 本末転倒な気がするが、こいつがいいならいいか。

 さっさと終わらせて学校に行かないと。



 俺は口をつけてペットボトルの中身を喉に流し込んだ。

 が、僅かに飲んだところで口が止まる。

 なんだこれ。

 しょっぱい。


 …………。

 しょっぱくて、黄色い。

 最悪の可能性が脳裏をよぎる。

 あってはならないことが起こってしまったような悪寒が背筋を駆け抜ける。

 生まれたことを後悔してしまうような恐怖が背後から襲ってくる。 


 いや、いくら蓮子でもそれはないだろ。

 でもなぁ。蓮子だったらもしかしてもしかするのか?

 まっさかなぁ。

 ありえないよなぁ。

 常識ってもんがあるよな、こいつにも。

 モラルってもんが存在するよな、蓮子にだって。

 超えちゃいけない一線って知ってるだろ、なぁ。

 チラッ。


「ん? 普通におしっこだよ?」

「ぶふぉあっ!?」

「わっ! やめてよお兄ちゃん、吹き出すなんてお行儀が悪いですよ、めっ!」

「行儀が悪いのはてめぇだぁああああっ!」

「大丈夫大丈夫。我々の業界ではむしろご褒美です」

「どの業界でも罰ゲームだよボケ」

「ぎゃ――――――ッ! 0.5kgの重量を誇る細長いプラスチック製の液体が詰まった容器で殴られると痛いっ!」

「もっと反省しろ」

「やめてやめて! うちが悪かったから! 連打するのやめて! …………なーんちゃって」

「あ?」


 視線を上げると、妹はどこから取り出したのか赤い文字が書いたボードを掲げていた。

 こう書いてある。


「ドッキリ大成功☆」

「なーんだドッキリか」

「そうそう。まんまと引っかかったね、お兄ちゃん!」

「まさか自分の尿飲ませる妹がいるわけないよなぁハッハッハッ」

「そりゃそーだよぅ。あれは水に食塩混ぜて色つけただけだもん!」

「そっかー」

「そーだよー」

「ついていい嘘と悪い嘘があんだよクソ妹が」

「ぎゃ――――――ッ! 0.5kgの重量を誇る細長いプラスチック製の液体が詰まった容器を二つ重ねて殴られると倍痛いっ!」


 数回殴ると妹は沈黙した。

 全く、くだらない時間をすごしてしまったようだ。

 俺は急いで靴を履きなおし、家を出る。

 ふと家の方を見てみると、窓の向こうから蓮子がドッキリのボードを勢いよく振っていた。行ってらっしゃいの合図のつもりか、あれ。



 ……まあ、なんつーか。

 要らない行動はあったけれど、蓮子が俺のために飲み物を用意してくれたのは事実だ。

 そこだけは、感謝してやってもいい。

 あいつも照れ隠しであんなドッキリをしたのかと思えば、可愛いもんじゃないか。









 ところで、蓮子のクイズには続きがあった。

 第二問。ではスポーツドリンクではないものの数は何本でしょう。

 そう、蓮子は塩水が5本中の1本とは決して言ってないのだ。




 正解は4本。

 俺は試合のインターバル中に、口に含んだそれを盛大に吹き出した。

 小便を吹き出した男として、2ヶ月もの間語られることになった。




 後でシメる。

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