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俺の妹が、最近おむつを履き始めたんだが。  作者: 冬野原もがめ
俺と妹のくだらない日々。
7/29

体重

 俺の妹、叶宮蓮子かのみやれんこは恵まれた見た目から残念きわまる言動を放つ有害物質だ。

 天は二物を与えず、その言葉を全身全霊で体現するのが彼女である。

 これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて糖分多目なエピソードのひとつである。



 ◇



「ただいまー」


 俺が家に入ると同時に、蓮子の声が聞こえてきた。

 珍しいことに、蓮子のほうが数十秒とはいえ遅い。

 いつも直帰で家にいる妹としては、軽く珍事だ。

 しかも今日は部活もあったので、今の時間は夜の7時。


 不思議に思い玄関先に顔を出してみると、手にクレープを持った蓮子がいた。

 口元には生クリームと思しきものがついている。



「おう、おかえり。今日は遅かったな」

「ちょっと寄る場所が多くてねー。もしかして、待ってたの? 待ちくたびれちゃったの? 可愛い妹の帰りを待ちきれなかったの?」

「できれば帰ってきてほしくないぐらいだ」

「私にする? 私にする? それともタ・ワ・シ?」

「タワシで頼むわ」

「うち、タワシ以下!?」


 というか、それは迎える側がやることだと思うのだが。

 蓮子はいつも通り大げさなリアクションをとった後、俺に近づいてきて目の前で双眸そうぼうを閉じた。

 そして唇を突き出してくる。

 …………?


「お兄ちゃん。ほらほら、早く」

「なんだよ」

「ここ、ついてるよね?」


 妹が指で示した場所を見ると、確かに生クリームがついていた。

 しかも結構大量に。

 ガキじゃあるまいし、何やってんだか。


「おう、ついてるな。で?」

「舐めて」

「え、普通に嫌なんだけど」

「できるだけいやらしく舐めて」

「断る」

「そんなこと言って、焦らさないでよぅ……」

「焦げてるのはお前の頭だ」

「えー。逆になんで舐めないの? 超絶美少女の妹が雌の顔してお兄ちゃんの舌でイかされるのを待ってるんですけど? 姫の顔をペロペロできるチャンスですぞお兄ちゃん殿?」

「お前は俺のことをなんだと思ってんの?」

「童貞」

「喧嘩売ってんだなそうなんだなわかった買ってやる」

「ぎゃあああああっ! 痛い、やめて! 靴べらでみぞおちをほじくるのやめて! 手近にある武器でもっとも効果的な攻撃するのやめて! お兄ちゃんの子供がどうなってもいいの!?」

「誤解を招く発言すんな! なんで俺がお前を孕ませたことになってんだよ!」

「てへっ、想像妊娠しちゃった」

「じゃあもっと強くしてもいいんだな」

「おぐわぁあああああっ! ちょっと、マジでシャレになんないから! より深く突き入れるのやめて! あ、でも段々気持ちよくなってきたかも……」


 気持ち悪いことをほざいて、びくんびくんと痙攣けいれんする蓮子。

 口からは涎がたれていた。

 汚ねぇ。

 だが、あの攻撃の最中さなかでもクレープを離さなかったのは褒めてやろう。



「もー、妹をもっと丁寧に扱ってほしいなー。ぷんすこすこぷん」


 怒ってるのか怒ってないのか微妙な口調で、蓮子は自室への階段を上がっていく。

 思いっきりがに股なのでパンツも丸見えだった。



 パンツだと思ったらおむつだった。



 うわぁ……。

 こいつが俺の妹なのか……。

 廃品回収とかでなんとか持っていってくれないかな。



 それはまあ後で追求するとして、もう一つ気になったことがあった。

 足が、心なしか太くなった気がする。

 腰も、以前よりがっしりしたのでは。


「つーか、お前最近太ったか?」


 俺の声に、蓮子はピタリと立ち止まる。

 あ、凄い勢いで戻ってきた。



「う、うちが太ったってそれがどういう証拠ですか?」

「落ち着け蓮子、目が泳いでるぞ」

「およっ、およよよ、泳いでねーですけど!?」


 どころかもはや不審者のレベルだった。

 わかりやすいなー、こいつ。


 そう、この頃蓮子はやけに食べるようになった。

 中学の頃は部活をやっていたので良かったのかもしれないが、今の半分引きこもりと化した蓮子が暴飲暴食をすれば、結果は見えているというもの。

 一昨日だって友達と焼肉食いにいってたしな。

 そして今日は、こんな時間まで食べ歩きでもしてきたのだろう。

 その上クレープまで食べるつもりだったとは、なんという欲張り。

 カロリーもそうだけど、金は持つのだろうか。

 後で部屋においてある財布の中身を確認しなければ。



「蓮子」

「ひゃいっ!」

「この間の身体測定、どうだった?」

「身長は120cmで体重が28kg、スリーサイズは上から130・130・130」

「ドラム缶か何か?」

「上から91・55・89でーす」

「嘘をつけ嘘を」

「はい、ごめんなさい。87・58・88です」

「本当のことを言え、さもなくばクレープの命は無いぞ?」

「74・59・80です……」


 自分で追求しておいてなんだが、可哀想になってきた。胸の大きさ的な意味で。

 最後のほうなんてうまく聞き取れないぐらい萎んでたもんな。

 まあいいか、蓮子だし。


「ではこれより魔女裁判を開始する」

「なんで当たり前のようにメジャー持ってんの、お兄ちゃん」

「バッシュ買う時とかに、足首のサイズ測ったりするんだよ」

「ということは、お兄ちゃんの足首とうちのウエストがねっとり密着間接キスだね」

「気持ち悪い言い方すんなボケ」


 俺は蓮子の制服をずらし、ウエストのサイズを測る。

 高校二年になって初めてまともに見る女子の肌色が妹のか……。

 自分自身のことも可哀想になってきた。

 やはり争いは悲劇しか生まない。


「体重増えてるよな、確実に」

「増えてません」

「体重計乗ってみろよ」

「お兄ちゃん、たとえ事実であってもそれが観測されるまでは決定しないんだよ? つまり体重計に乗らなければ、うちが太ったのか、あるいは太ってないのかは決定されないのです。確定はしないのです。重なり合っている状態なのです。シュレディンガーの蓮子ちゃんなのです」

「ウエスト、63cm」

「ひでぶっ!」

「決定されたな、蓮子。残念だが諦めろ」

「そ、そんなぁ……」


 蓮子はよろよろと壁に手をつき、そのまま崩れ落ちた。

 現実とはいつも非情なものだ。

 蓮子は今日、そのことを身をもって知った。

 実のところ、俺が今日わざわざ妹を糾弾したのはそのことを教えてやりたかったからなのである。


「嘘付けぇぇえええええっ!」


 蓮子の絶叫が、玄関に響いた。

 ぶっちゃけクレープが久々に食べたかったので、口実を作っただけだ。







 翌日から、蓮子は早起きしてのランニングを始めた。

 なぜか俺も一緒に付き合わされたのだが、春の日差しを浴びての運動は実際心地よかった。

 蓮子も家で引きこもっている時より、イキイキしてた気がするしな。

 並木通りをまるで風のようにして駆け抜ける蓮子は、客観的に見てもかなり絵になっていたように思う。







 大方の予想通り、蓮子は2日で飽きた。

 3日坊主ですらなかった。


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