属性
俺の妹、叶宮蓮子は頭にプリンが詰まった女子高生だ。
その黄色い脳細胞の半分以上は、アニメやゲームのことで埋め尽くされている。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて無意味なエピソードのひとつである。
◇
「おんどりゃ死ねやぁああああ!」
蓮子の超必殺技・真空波状拳が発動した。
しかしそのコンボは繋がらない。
フレーム数を把握していた俺は、これならギリギリ防御できることを知っている。
「なんですとぉ!?」
渾身の一撃を防がれた蓮子は、動揺を隠し切れない。
俺の弱パンチから繋がるコンボをもらい、あえなくノックダウンした。
「よし、これで俺の5勝3敗。明日の風呂掃除お前な」
「ぐぬぬ」
俺と蓮子は休日、2人で格ゲーに勤しんでいた。
勝者となった俺だが、胸には途方もない虚しさが押し寄せていた。
折角の休みに、妹とゲームをプレイするぐらいしかやることがないというのも悲しい。
部活はあったが、午前中で終わりだし。
やっぱりバイトでもするか、さもなくば――彼女とか、できたりしないか。駄目か。
「どうする? まだやんのか?」
俺の問いにも、蓮子は答えない。
あれ、どうしたんだ。
そんなにショックな負け方でもないだろ、今の。
そういえば、どうして大してゲーマーでもない俺がネトゲ廃人級のこいつに勝てるかといえば、それには理由がある。
実のところ、こいつにこのゲームを勧めたのは俺なのだ。
あれはまだ俺が中学生の頃だった。
当時オタでもなんでもなかったこいつに、格ゲーをやらないかと持ちかけてみた。
蓮子は俺にボコられまくって、悔しかったのか随分とハマったものだ。
俺もこいつに負けるのは癪なので、練習をしては今まで何千回もの対戦を繰り返している。
蓮子は難しいコンボをやろうとして失敗しがちなのが、玉に瑕だ。
基礎コンボを確実に決めたほうがいい、少なくとも俺はそう思っている。
なにやら画面を黙って見つめていた蓮子は、俺のほうを向いて言った。
「お兄ちゃんってさ、つまんないよね」
「は?」
「だってぇー。コンボも同じやつばっかじゃーん。使うキャラもリョウとかだしー」
リョウというのは俺のメインキャラだ。
ストレートファイターシリーズの主人公で、安定した強さを誇る。
「使いやすいし、強いんだからいいだろ。俺、勝ってるし」
「はん、下種め。努力もせずに勝利を得て嬉しいか? 恥を知れ、俗物! お前を産んだアバズレもあの世で嘆いているだろうよ!」
「いや、母さん死んでないから。あと親同じだからな? 生き別れの兄妹とかじゃないからな?」
「派手さも楽しさもない、そんな戦い方で勝って貴様の魂は満足するのか!?」
「めっちゃ満足」
「全く、見下げ果てた男だな。ウォール街の乞食のほうがまだプライドが高いぞ!」
「蓮子」
「はい」
「悔しいのか?」
「悔しいですっ!」
素直だった。
最初からそう言えよ。
確かに、最近は俺のほうが勝ってるな。
こいつ、ネトゲとかやってるし。
俺はゲームなんてスマホでのやつと、これぐらいしかやらないからな。
「ブレイズルーやろうよブレイズルー。あれなら勝てる」
「やだよ。俺やったことないし」
「ぶーぶー」
蓮子は拗ねたような調子で、コントローラーを投げ捨ててはその場に寝転がる。
絶対床に髪の毛散らばるだろ。
ここ俺の部屋だぞ。
後でコロコロかけよう。
「でもさ、お兄ちゃんって個性がないよね」
「なんだよ、藪から棒に」
「これからの時代、そんなんじゃやっていけないよ? 無気力系主人公口癖は『どうでもいい』が流行ったのは過去の栄光なんだよ? もっと現実を見なきゃ!」
「お前が現実に帰ってこい」
「ちょっと目つきが悪くて髪がショートの黒で自称平凡な男子高校生とか、もう見飽きたんだよねー」
妹に見飽きたとまで言われてしまった。
というか、目つき悪いとか言うなよ。
気にしてんだから。
「で、お前は何が言いたいんだ?」
「つまり、お兄ちゃんが休みの日に妹とゲームをするしかないような黒ずんだ青春を送っているのは、ずばり個性の欠如に問題があるとうちは思うわけです」
「それ、ブーメランじゃね?」
「お兄ちゃんとたまには遊んであげないと、可哀想だと思ってさー」
起き上がって、得意気な顔をする蓮子。
くそうぜぇ。
おかしいな。
なんで俺、勝ったのに馬鹿にされてんの?
とはいえ、実際俺は自分でもなんの特徴もないことは自覚している。
少しぐらいははっちゃけないと、満足いく高校生活を送れないというのはわからなくもない。
「属性って重要だよね、お兄ちゃん」
「属性? メイドとか、ツインテールとか、そういうのか?」
「そうそう。ほら、うちはいっぱい属性持ってるから!」
こいつの場合、闇属性って感じだけどな。
いや、腐属性か。
どっちみち、ロクなものではない。
「妹。黒髪ロング。……あと、なんかあるのか?」
「ネトゲ中毒とかニロ生配信者とかおまラーとか姫プレイヤーとか」
「…………」
全然羨ましくなかった。
こいつは果たして社会に出て行けるのだろうか。
数年後の蓮子が今のこいつを見たら、ショックで死ぬんじゃないか?
「えっ、何その轢かれて死んでるヒキガエルを見るような目は」
「いや、別に……」
「まあとにかく、お兄ちゃんも属性をつけてみるべきだよ!」
「例えば?」
「遥か太古に滅びたドラゴンの血を色濃く受け継ぐ、七色の魔法を操る剣士でありながら実はホモ」
「最後の二文字要らなくね?」
あと、剣士なのか魔法使いなのかドラゴンなのかはっきりしてほしい。
「現実的な範囲で頼むわ」
「ワガママだなー。じゃあ、語尾に『めちょ』をつけるってのはどう?」
「なるほどめちょ。てっとり早く個性をつけられるめちょ」
「お兄ちゃん、自己紹介よろしく」
「俺は遥か太古に滅びたドラゴンの血を受け継いでるめちょ。七色の魔法を使えるめちょ。でも剣士でもあるめちょ。あとホモめちょ」
「恥ずかしくないの?」
「てめぇがやらせてんだろうがぁぁぁあああ!」
「あっぶな! コントローラー投げないでよ! それうちのなんだから!」
「本体もコントローラー二つも俺のだよ!」
どさくさに紛れて事実が捻じ曲げられていた。
だから言ったんだ、クリスマスにYbox360なんか頼むのやめとけって。
結局俺が頼んだPSS3しかやってないじゃねぇか。
「うち、普通とか常識とかそういう概念に縛られるの、嫌なんだよね」
「もうちょっと縛られてくれ、お願いだから」
俺は力ない声で、負の属性に塗れた我が妹に突っ込みをいれるのだった……めちょ。
それから2日して、俺はふと挙げていなかった蓮子の属性を思い出した。
貧乳。
何物にも代えがたいその属性を口に出したところ、ぶん殴られた。
まあ、うん。
これに関しては、俺が悪かったと素直に認めなくもない。