青春
俺の妹、叶宮蓮子は表紙にだけ気合が入ったラノベのような女だ。
見てくれこそはいいものの、一皮剥けば傍若無人の残念っぷりが顔を出す。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて甘酸っぱいエピソードのひとつである。
◇
今日は部活が休みだったので、ドラッグストアと本屋に寄ってきた。
買ったものは三点。
お高めのワックス。お高めのヘアスプレー。ヘアカタログ。
合計、4000円かそこら。
俺の小遣いが8000円であることを考えれば、かなり痛い出費だ。むしろ致命傷だ。
しかしこれは、かなり前から考えていたことなのだ。
ずっと前から、切実に欲しいと思っていた。
俺も高校二年生。
青春を謳歌したい気持ちが、ないはずもない。
今まで、彼女ができたことはなかった。
一度だけ告白されたことはあるが、好みでもなかったし後輩で喋ったことすらなかったので断った。顔を見せられて、妹にYes/Noを聞かれただけなので、話ぐらいは聞けば良かったかもしれない。
バスケ部に入ればモテるんじゃね? と思ったが、現実は非情である。
あまりガツガツするのは格好悪いので、せめてさりげないアピールをと思い今回の件に踏み切った次第だ。
鏡の前に立って、早速ワックスを手に取る。
既にどの髪型にするかは決めていた。
なんか流行の、なんとかってやつだ。
俺は妹と違いくせ毛なので、丹念にワックスを揉みこんでいく。
おお、今まで使ってたのとは全然違う。
いいな、これ。髪にしみこんでいく感じがして。
前髪を上げて、サイドを髪束感を出しつつも流していく。
「くっ、難しいな……」
あちらを立てればこちらが立たずといった按配で、中々うまくいかない。
それから苦労すること、実に10分近く。
ようやく、雑誌で見たものにそこそこ近い髪型ができた。
「……いいんじゃね?」
自画自賛。
だが、今までの髪型よりは全然いい気がする。
気がするだけかもしれないが。
「こうしてると、意外とイケるじゃん、俺」
自画自賛その二。
そうだ、妹も割りと顔はいいし、その兄の俺だって。
よし、なんとか明日は早起きしてこの髪型を作っていこう。
そうしていけば、もしかしたら。
「また告白とかされ――」
言葉を発するのも忘れて、俺は凍りつく。
僅かに開いたドアの隙間。
そこに、何かがいたからだ。
ここから見ると、本当にいるのかどうかも疑わしい。
けれど、気配がする。
片目だけを覗かせて、俺をじっくりと見ている。
確実に、何かが潜んでいた。
「お前に決まってるよな」
「あ、バレた?」
扉を全開にすると、そこには蓮子がいた。
いつも通りの、黒のスウェット。
一本に縛った黒髪。
お洒落とか色気とか青春とか、そういう言葉とは無縁のスタイル。
いつも変わらぬ安心感、叶宮蓮子その人である。
「ドア、俺ちゃんと閉めたよな? あんだけ開いてたわけじゃないよな?」
「うん、ちゃんと閉まってたよ」
「……鍵もかけたよな?」
「うん、鍵もかかってたよ」
「なんでいるの?」
蓮子は細長い針金を悪戯めいた笑顔と共に差し出してきた。
ピッキング。
話には聞いていたが、ここにその使い手がいるとはな。
じゃなくて。
「なんでお前は無断で無音でいつもいつも俺の部屋を開けるんだ? この頭が悪いのか? なぁ?」
「いででででででで! 痛い痛い痛い! 古典的ぐりぐり攻撃をやめて!」
ったく。
油断も隙もありゃしない。
「なんか用かよ」
「いや、別に」
「だったら、とっとと自分の部屋に行けよ」
「おやおやぁ? そんな口利いていいのかなぁ?」
「お、お前まさか」
「ふふーん。――『くっ、難しいな……』」
「ぐおぉぉお!?」
妹の口調は、あからさまに俺を真似ていた。
なんてやつだ。
見てたのか、最初から。
「『……いいんじゃね?』」
「ぎゃあああああ!」
「『こうしてると、意外とイケるじゃん、俺』」
「やめてくれ! もう俺のライフはゼロだ!」
「『また告白とかされちまうんじゃね?』」
「なんで台詞の続きを的確に言い当てるんだよぉぉおお!」
「『同じクラスのあいつ、いい身体してるよな。俺のデ×マ×で孕ませたいぜ……』」
「言ってねぇし思ってもねぇよ」
それ以外は全部本当のことだが、捏造はやめてもらいたい。
しかし、ちくしょう。
一番見られたくない奴に見られてしまった。
蓮子に見られたら、からかわれることは火を見るより明らかだ。
「何々、色気づいちゃって。お兄ちゃん、彼女でもできたの?」
おや?
あまり馬鹿にしている口調でもない。
もしかして、相談に乗ってくれたりするのか……?
「いや、その、なんつーかまぁ……欲しいと、思ってよ」
「ふーん。好きな人、いるの?」
「そういうわけじゃ、ねぇんだけど」
「受け身だなー、お兄ちゃんは。そんな、誰かから好かれるのを待ってるようじゃ駄目だよ?」
「ふぐっ……!」
妹の癖に、正論だ。
確かに、女子から男子にっていうのはあんまりないかもな。
自分からいかなきゃ駄目、か。
考えてみれば、こいつはつい最近まで普通に彼氏持ちだったのだ。
恋愛経験も俺より豊富。
いっそ知られてしまったのなら、こいつに助けてもらうのもいいのでは……?
「蓮子」
「うん?」
「……彼女ができるには、どうすればいいんだ?」
「目の前に可愛い女の子がいるじゃん? その子をパパッと手篭めにするのはどうかな?」
「えっどこ見えない」
「ここだよここ! いるじゃん、ほら! ピッチピチだよ!」
「ビッチ?」
「いえーい援助交際金目当て生セッ×スおじさんチン×さいこ→☆ってなんでやねん! やらせないでよ!」
「やるなよ」
「まあ冗談はさておきですね。まずは、アタックする子を決めないと!」
その通りではある。
単にモテたいと思っても、今までモテなかったやつが突然告られまくるなんてあるわけないんだよな。
うーん。
でも、特定の誰かと言われるとなぁ。
しり込みしてしまう。
こんなんだから駄目なんだな、多分。
「……そうだな。まずは、意中の子を決めてみるよ。すぐには無理だろうけど」
「うむうむ。自分の気持ちに素直になれば、誰か見えてくる人もいるんじゃないかな?」
含蓄のあるお言葉を頂いた。
どうだろう。
そういえば、この間の練習試合ではマネージャーが随分と気遣ってくれたな。
休憩の度に俺とキャプテンにタオル、スポーツドリンクを手渡ししてくれた。
あいつ、結構可愛いしな。
気遣いもできるし、いいかも。
「さんきゅ、蓮子。なんか、ちょっとだけわかったような気がする」
照れくさいけど、謝礼の言葉を述べる。
久しぶりに、妹に心からの礼を言った気がした。
「でも、どうしても駄目だったら言ってね。秘密兵器を用意してあるから」
「秘密兵器?」
「うん。ほら、お兄ちゃん、中学三年の時に告白されたでしょ?」
「……なんで知ってんの?」
「告白するように言ったの、うちだから」
「…………」
「いつでも彼女になってくれるらしいよ! お兄ちゃんのために、処女はとってあるんだって! 最近夜中とか下校中に視線感じること、あるでしょ? モテる男はツラいねー、このこのぅ!」
いつの間にか、俺がヤンデレに狙われていた。
差し向けたのが妹であることを考えると、なおさらその恐怖が増す。
もしかして、最初に感じた視線は妹のものだけではなく、もう一つあったのでは……?
明日から、違う道を通って帰ろうと決心するのだった。
そういえば。
俺はそれから、マネージャーのことを注意して見るようになった。
好きな人をついつい目で追ってしまう、これも青春の形なのかもしれない。
マネージャーとキャプテンが付き合っていることがわかった。
どうやら、キャプテンとの恋仲を隠したくて俺にも色々してくれてたらしい。
死にてぇな。