お風呂
俺の妹、叶宮蓮子は二次元大好き女子高生だ。
バイトも部活動もせずに連日連夜のネット三昧で、将来が不安になる。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて卑猥なエピソードのひとつである。
◇
俺は風呂に入ろうとしていた。
脱衣所で衣服を脱ぐと、部活で汗まみれになった身体が外気に触れる。
「つっかれ、たぁ……」
もう、そろそろ8月だ。
弱小といえども新入生の加入もあり、今年こそ二回戦突破を目論む我がバスケ部は今までになく熱心に練習をしていた。
週2だったのが週4になっている。
しかし、今日の感覚は良かった。
あれが試合で出せたら、活躍できるかも。
俺だって二年生として、一応はレギュラーを張っているので意地もある。
「お兄ちゃん! 一緒にお風呂に入ろう!」
よし、とにかく練習あるのみだな。
身体を脱力させる。
指先だけに力をこめる。
あの感触を忘れるな、俺。
「お? 無視ですか? シカトっちゃいますか? 可愛い妹のムフフな誘いを華麗にスルーですか? ……だが、これでも無視を貫けるかな? ほれほれ、もう乳首が見えそうだよ? 脱いじゃうよ? 全部脱いじゃうよ?」
明日はちょうど、部内戦もある。
実戦さながらの緊張感の中で、今日の感覚を活かせるか。
もう、明日になるのが待ちきれないぜ。
「うわー! やめてー! お兄ちゃんのケダモノー! 蓮子のおっぱいが伸びちゃうよー! お父さぁぁぁああん! 誰かー! 助けてー!」
「親に聞こえるだろうがぁぁぁあああ!」
「きゃっ」
「きゃっじゃねぇぇえええ!」
俺はたまらず蓮子の口を塞いでその場に押し倒した。
「ぐおあああああぁああ!」
蓮子が頭を床にぶつけのたうちまわった。
なんたる悲劇。
狭い脱衣所に断末魔が響く。
さようなら、俺の妹。
お前のことは一週間ぐらい覚えている。
だから、安らかに眠ってくれ。
「勝手に殺さないで、お兄ちゃん」
「あ、生き返った」
「ククク……愚劣で矮小なる人間風情が、聖グレナディア王国の皇王たる我に傷一つでも付けられると思ったか? 呆れるほどの思い上がりよ……」
「俺は今お前に呆れてるよ」
「ひっどーい。普通に痛かったんですけどぉー?」
「普通にすまんな、瘤とかなってないか?」
「それより背中にじんじん来てます。乗るしかない、痛みのビッグウェーブに」
「強制的に乗らざるを得ないって感じだけどな」
「うち、お兄ちゃんに傷物にされちゃった……」
「してないし今後一切する予定もねぇよ。とにかく、悪かったな。勢い余った」
「今ので処女膜破れたかも。責任とって?」
「反応しづらいボケやめろ」
俺は立ち上がる。
妹も案山子のようにして起き上がった。
背中を摩りながら、俺に期待の眼差しを向けてくる。
うっぜぇ。
「一緒に風呂とか言ったか?」
「うん。入ろっ?」
確認しよう。
俺が16歳。
こいつが15歳。
確認するまでもなくアウトだった。
何が悲しくて高校生にもなって妹と一緒に風呂に入らなければならんのか。
「嫌だ」
「うわ、マジなトーンで断られた。いいじゃーん、たまには兄妹の絆を深めようよーぅ」
「ははは、そんなことしなくても俺とお前の兄妹愛は確かなものだろ? 今更水臭いぜ、蓮子」
「えっ、そっ、そんな。いきなりそんなこと言われたら、うち……お兄ちゃんのこと、好きになっちゃ」
「だからとっとと出てけ変態おまる女」
俺は妹を締め出した。
ふー。
こちとら疲れてるってのに、あんなやつの相手してられるかよ。
全裸になった俺は風呂場に入り、まずシャワーで全身の汚れを落とす。
しかる後、湯船に浸かる。
我が家の風呂は親父の意向でかなり熱いので、慎重に足先から。
「ん、いいかな……」
今日はあまり熱くな「ど――――――ん!」
「っだぁぁぁあああ!?」
「ふはは、思い知ったか。これが天の裁きよ」
「思いっきり人災だボケ!」
パーンッ!
溺れそうになりながらも俺は湯船を脱出し、洗面器で蓮子の頭をぶっ叩いた。
「蓮子」
「はーい」
「湯船に人を突き落としてはいけないって習わなかったか?」
「うち、ガチョウ倶楽部好きなんだよね」
「なおさらやめろや」
「痛い! 瘤が分裂しちゃうよ、やめて!」
マジで死ぬかと思った。
心臓止まりそうだった。
良い子は絶対に真似をしてはいけない。
今日の風呂があまり熱くなくて助かったぜ。
「……蓮子、10万歩譲って一緒に風呂に入るとしよう」
「ん、その気になった?」
「普通、タオルとか巻いてこないか? お前、全裸は色々とまずくない?」
「この間はあんな激しくしておいて、そんなこと言うの? お兄ちゃんのいけず」
「一昨日イカの刺身を喉に詰まらせて、死にそうな顔になりながら背中を叩くことを要求してきたのはどこのどいつだ?」
「うちですね。その節はありがとうございました」
全裸の妹は頭を下げる。
うわぁ。
なんかすっげぇ犯罪的な気分。
そこでふと思ったが、こいつ髪長すぎだろ。
「髪、切らねーの?」
「え?」
「髪だよ。邪魔じゃねーのかなと思って」
「触ってみる? いいよ、お兄ちゃんなら、うち……」
沸いたようなことを言って、俺の手をとり無理やり自分の髪にくっつける蓮子。
まるで絹みたいな触感で、漆を塗ったようなその艶やかな長髪には指が何の抵抗もなく簡単に入っていく――などということはなく、ベトベトしていて油ぎっていた。
「なんかべっとりしてんだけど」
「昨日お風呂入ってないからね」
「……なんで?」
「お兄ちゃんにありのままのうちを見てほしかったの」
「だからって全裸はどうなの人として?」
「血が繋がってるから恥ずかしくないもん!」
「恥ずかしい奴だなぁ」
というか、俺が恥ずかしくなってくる。
家族の裸なんて見て嬉しくなるはずもない。
たとえそれが女子高生の妹であろうと。
遺伝子的に家族には興奮しないようにできてるんだっけ、人って。
蓮子は上目遣いで俺を見てくる。
気色悪い。
「お兄ちゃん、見て。お兄ちゃんが毎晩揉んで、育ててくれたおっぱいだよ。今日もいっぱい、調教してね……」
「頭に蛆でも沸いてんの?」
「触って感じて。うちの胸の高鳴り……」
「かってぇ。何これ板?」
「ぶっ殺す」
「やってみろや」
純愛ものエロゲの妹ルートが、一瞬にして一触即発の空気に早変わりした。
俺と蓮子は対峙し視線を戦わせる。
「強くなったね、お兄ちゃん。一部の隙もないよ……」
「お前こそ、中々堂に入った構えだぜ。気を抜くわけにはいかねぇな」
「今――お兄ちゃんを超える!」
「あんたら裸で何やってんの?」
視線を扉の方に向ける。
母親が立っていた。
見られたのが母親だったのは、不幸中の幸いだった。
いつも家にいて、蓮子と俺が普段どういうやりとりをしてるのか分かってるからな。
ドン引きされただけで済んだ。
これが親父だったら、もっと大変なことになっていたのかもしれない。
ちなみに、なんで一緒に風呂に入ろうとしたのか、後で聞いてみた。
ニロニロ動画でホラーゲームの実況を見た所為で、一人になるのが怖くなっていたらしい。
前日もそのために風呂に入らなかったのだとか。
……いや、素直にそう言えよ。




