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バレンタインデイ

 俺の妹、叶宮蓮子かのみやれんこのことを説明する必要は今更ないだろう。

 奴はリアルにおいてもネットにおいても限りなく傍若無人ぼうじゃくぶじん、尽きることない悩みの種だ。

 これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて甘々なエピソードのひとつである。



 ◇



 平日の、夜8時。

 俺は蓮子から借りたゲームをクリアしていた。


「はぁ……」


 思わずため息が出る。いい出来だったな。

 特にヒロインがカツオを釣ってその場でさばき、死ぬ間際の妹に食わせたシーンは涙なしでは見られない名シーンだ。


 ギャルゲーなんぞ、とバカにしていたが蓮子も中々見る目があるな。


 ……いや、俺は決してギャルゲー大好きというわけじゃないんだ。ちょっとほら、妹があんなんだから、毒されてるだけだ。本当に。誓って。



 まあいい、あいつもすべてクリアしたというわけじゃないみたいだし、俺はしばらくやらないだろうから返すか。

 そう思い、俺は部屋を出て蓮子のもとへと向かう。



 コンコンと、ノックを数回。しばらく間があって、部屋の中から声が聞こえる。多分イヤホンでもつけてたんだろうな。


「あ、お兄ちゃん?」

「おう。ゲーム返しに来たぞ」

「入っていいよー」


 俺はドアを開けた。






 妹が素っ裸で立っていた。


「いやーん! お兄ちゃんのえっちー!」

「うるせぇよ」

「ぎゃひんっ!?」


 思わず傍にあったスリッパで蓮子の頭を叩いていた。流石ツッコまれ慣れているだけあるな、乾いた良い音がした。


「何すんのさー! 覗いた上に暴力とか酷い! 我が家はいつから鬼畜が住まう地獄になったのだ! 神よ! おぉ、天上におわすなんかこうあれ、あれ的なあれよ! 我に救いを!」

「蓮子」

「はーい」

「俺、ノックしたよな?」

「うん」

「で、お前は入っていいよって言ったよな?」

「うん」

「じゃあなんでお前は素っ裸なの?」

「灰色の日々をおくるお兄ちゃんにラッキースケベで癒しを与えようかなって」

「アンラッキーだしそもそもスケベでもねぇしむしろ荒むわ」


 こいつの裸を見て嬉しがる奴なんて……いや、まあ結構いるのかもしれないが。

 俺は少なくとも、全く嬉しくない。


「だが、奈良須の裸だったら見たいぜ。たまらねぇ乳してやがる、あの女。今すぐレイ×して俺の子種を」

「勝手にモノローグをねつ造すんなや」

「でもナスちゃん乳輪おっきいよ」

「なにッ……!」


 しれっととんでもないことを言いやがる。

 くそ、できれば知りたくなかった事実だ。

 奈良須め、あんな清純な雰囲気をしておいて、まさか乳輪が大きいとは……。


 いやいや、違うだろ俺。今はそうじゃなくて、蓮子を咎めなければ。というか清純さと乳輪の大きさは関係ない。混乱してるぞ、俺。

 いやぁでも、あーそっか、奈良須、そっかぁ……。


「…………」

「……あのー、お兄ちゃん? そこまで凹まれるとうちとしてもちょっと罪悪感なんだけど」

「だったら最初から親友の乳輪の大きさを暴露するんじゃねーよ! そして服着ろや!」

「えー。ホントにいいの、お兄ちゃん?」

「何がだよ」

「今夜のオカズをゲットするチャンスだゾ☆」


 何言ってんだこいつ。

 今日はもうブリの照り焼きとほうれん草のおひたし食っただろ。


「……ハッ」

「あっ、今鼻で笑ったね? 妹の裸を貶すんだね? やるってのか、おぉん?」

「というかお前、寒くないの?」

「さぶいです! へくちっ!」


 くしゃみをした蓮子は、すぐにその辺に置いてあったピンク色のジャージを着込んだ。

 我が妹ながら、こいつ頭悪いなぁ。親はどんな教育してんだろうね、全く。


 しかし、すぐそばにジャージがあるってことはこいつ、ノック聞こえてから素っ裸になったってことだよな。すげぇな、ここまで意味不明だと恐怖しかないぜ。

 どういう思考回路をしてたら、兄貴が部屋に来たから脱ごうという結論に達するのか。


「ほら、お兄ちゃん。アレだよアレ。明日は何の日か、まさかお分かりにならないわけでもないでしょう?」

「明日は2月14日だな」

「そう。その通り! ということは?」

「日本ふんどし協会が定めたふんどしの日だな。ふん(2)ど(十)し(4)の語呂合わせだ」

「マニアックすぎィ! そうじゃなくて、もっとメジャーなイベントがあるでしょ!」

「全国煮干し協会が定めた煮干しの日だな。に(2)ぼ(1=棒)し(4)の語呂合わせだ」

「無理矢理すぎィー! なんだよ全国煮干し協会って! 勝手に煮て干してろよ! そうじゃなくて、バレンタインデーでしょーが!」

「ば、バレンタイン……デイ……?」


 ウッ、頭が。

 その名詞を聞くと、どういうわけか胸が抉られるように痛い。

 ひょっとして俺は記憶を失う以前、俺が俺であった以前、その言葉に何か感じ入るものがあったのか……?


「はいはい、ご都合主義ラノベ記憶喪失系主人公のフリしなくていいから。で、お兄ちゃん」

「なんだよ」

「貰う予定は?」

「無い」


 悲しいが、キッパリと言ってやった。

 どうせこいつのことだ、俺が苦しく言い訳をすればするほど馬鹿笑いをするに違いない。

 フッ、残念だったな蓮子。俺は今回に関してはもうあきらめてるからな、バレンタインだってドンと来いだ。クリスマスの時に焦っていた俺とは違うんだよ。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! お、お兄ちゃんッ……! モテるためにバスケはじめたのに、今年もチョコゼロっすか、ふへ、ふははははっ……! あーウケる」

「ウケねぇよボケ」

「ぎゃ――――――ッ! 危ない危ないお兄ちゃん危ない! ツームストン・パイルドライバーは一般人の首に多大な負担を強いる! 興味本位でかけてはいけませ――――ん!」

「ったく……」


 しょうがないから技をかける直前で放してやる。

 こいつ、結局どっちに転んでも大笑いするんだな。人生幸せそうで何よりだ。



 現実を再認識させられて、やや凹んでいるとポンポンと背中を叩かれた。

 普通に鬱陶しいな。なんだこいつ。さっきから凹ませてるの全部お前だからな。


「まーまー、大丈夫だよお兄ちゃん。うちのセクシーハプニングで元気出たでしょ?」

「…………? せく、しぃ……?」

「あれ? また記憶を失ってるのかな?」


 単純に言葉を失っているだけだ。

 こいつは自分の身体のどこにセクシー成分があると思ってるのだろうか。


「うーん、しょうがないなー。じゃあうちが、お兄ちゃんのためにチョコをプレゼントしましょう」

「は?」


 俺の聞き違いか?

 蓮子が、俺に、チョコを?

 いやいやははは、まさかね。

 極度の面倒臭がりと化したこいつが、今更そんな気回しをするタマか?


 俺が訝しむ視線を投げていると、蓮子は腕組みをして尊大に言った。


「は? じゃなくて、チョコ。モテないお兄ちゃんのために、うちが作ったげるよ」

「それは、えーっと、つまり。俺を明日毒殺するってことか? 犯行予告?」

「ちゃうわ! ふふん、うちだって女の子だからね。大船に乗ったつもりで任せてよ」


 泥船のほうがまだマシな気がする。

 それに、そもそも妹にチョコを貰ってもモテない解決にはならないような気がするんだが。

 更に言うと、もし本気でチョコを自作して、俺にプレゼントするつもりであれば。


「それはそれで、なんかすげぇ不安だな……」

「ん、なんか言った?」


 そう言ってこちらを見る妹のあどけない笑みが、まるで悪魔の嘲笑のように見えたのは、俺の気のせいなのだろうか。








 翌日。

 部活を終え家に帰ってくると、マジで蓮子が俺のことを待っていた。


「おかえりー。チョコ貰った?」

「いや、残念ながら」


 下駄箱に『隠し味はヒ・ミ・ツ(ハートマーク)。あなたの肉×隷より(ハートマーク)』という内容のエキセントリックな便箋が添えられた物体がささっていたが、それはノーカウントにしておこう。

 イタズラだよな、うん。そうに決まってる。



 …………なんであいつは、文章だとやたら痴女的になるんだろうな。

 やっぱり俺の周りの女はどこかおかしい。



 ともあれ、俺の返事を聞いて蓮子は顔を輝かせた。

 待ってましたと言わんばかりに、可愛らしい箱を差し出してくる。


「べっ、別にお兄ちゃんのことが好きっていうわけじゃないんだからね! 材料が余ったから、ついでで作っただけなんだからねッ!」


 他にあげるやついないのに材料が余るわけねーだろ、というツッコミを心の中にしまっておく。

 まさか、とは思ったが、どうやら本当に俺のためにチョコレートを作ってくれたらしい。

 中身は少し心配だが、妹の心遣いを邪険にするわけにもいかないだろう。


「へいへい。サンキューな、蓮子」

「ういー。お返しは3倍ね」

「覚えてたらな。開けてもいいか?」

「もちろん!」


 箱を開けると、そこには形の揃った小さいチョコレートが9つ、仕切られて綺麗に並んでいた。

 こいつ、普段はあまりやらないだけで、もしかして普通に料理できたりするのか? そう思うぐらいに、見た目は素晴らしい。


「…………?」


 だが、よくみたら真ん中のやつにヒジキのようなものが生えている。

 なんだこれ? まさか本当にヒジキじゃないよな?


「この真ん中の、海藻みたいなやつなに?」

「それはうちの陰毛だよ」

「捨てるわ」

「わ――――っ! やめて! トルネード投法の構えをとるのやめて! それはボールを投げるためのものであってチョコを投げるためのものじゃないから! 冗談冗談、ヒジキだから!」

「チョコレートにヒジキいれんなやぁぁぁぁあああ!」



 まあ、あれだ。

 こんな妹でも、モテない俺のために作ってくれたんだと、ヒジキは場を和ませるための冗談だったのだと、そう思いたい。

先生の次回作にご期待ください(次回作が出るとは言ってない)。

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