クリスマス
俺の妹、叶宮蓮子は間違いなく頭の思考回路が焼き切れている女だ。
修理をしようにももう手遅れっぽいので、俺は色々なことを諦めている。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくてジングルベルなエピソードのひとつである。
◇
忌むべき日が迫っていた。
俺はどうしようもなく平坦な男子高校生であり、故にその存在を直視しないようにして安寧を得ることは酷く難しい。むしろ目を背ければ背けるほど、世間という名の剣山が俺の心を激しく掻き毟るのだ。
そう。世界はいつだって愚直に残酷だ。悲しいまでに。
「フッ、くだらねぇぜ……」
放課後、午後7時。
自室の机に腰かけた俺は、無駄と知りつつも世間に唾を吐く。
咥えた煙草から煙……は出ないが、なんとなくそれを吹かすポーズを取ってから、壁に掛けてあるカレンダーを見る。
12月。
22日。
「…………近いな」
なんとなくスマホのロックを解除する。
RINEのグループトークを見る。
新着はなく、一番上には『バスケ部非モテ連合組合』の文字が。
行くわけねーだろ、そんな悲しいパーティ。
メールを見る。
勢いで入ったさくクロのファンクラブから、メンバーからのメッセージとやらが来ていた。
どうせ小汚い顔のおっさんが適当に書いてんだろ。いや、偏見だけど。
しかし、マズい。
マズいことになった。マズいことになってきている。
意味もなくそわそわしてきた。
「一体どうすりゃいいんだ……」
俺は追い詰められていた。去年と同じく。一昨年と同じく!
クソッ、もはや妖怪ナス女に頼るしかないのか?
あんなんでも一応女子だし、まあ胸部の膨らみも誰かさんと違ってあるし、顔も俺なんかにはもったいないぐらい可愛いし。
でもなぁ。
どうせサンタじゃなくてトナカイの格好とかしてくるんだろうなぁ。
プレゼントのコスプレでデカい袋に手足生えてるとか、そういうのもありえるしなぁ。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
どのようにして決戦の日を乗り切るか考えていたその時、突然激しい音と共に蓮子がノックもせずに部屋に入ってきた。
なにやら焦っている様子だ。俺の焦燥とは別のベクトルっぽいけど。
「何かあったのか、蓮子?」
「う、うん。いや、その、うーんとね、なんていうかね」
答える蓮子の様子はしかし、なんだか要領を得ない。
これは……まさか本当に、何かあったのか?
この様子はただごとじゃないぞ。
まさか、下の階に今強盗がいる……とか?
ゾッとしない想像をして、俺もにわかに色めきだってきた。今まで頭の中をお花畑にしていた自分が恥ずかしい。
俺はそっと、蓮子の肩を抱いた。
なんてこった、こいつ震えてるじゃないか。
「『大丈夫』って、どういうことだ? 落ち着いて、俺に話してみろ」
「わ、わかった。えっとね、今ナスちゃんから連絡があったの。この辺に、変質者がいるんだって」
「……変質者?」
「うん。特徴は身長が170cmぐらいの、標準体型っぽい人だって」
170cmで、普通の体型……ってことは、丁度俺ぐらいか。
もし戦うことになっても、なんとかなりそうではある。
「で、歳は10代後半」
10代後半?
随分若い変質者だな。世も末ってやつか。
「髪型は黒のツンツンで、カタログとかに乗ってる雰囲気イケメンになれるような感じのやつ」
ほう。
えらく具体的だな。
というか、そこまでわかってるなら早く警察に通報した方がいいんじゃないのか? もうしてあるのかもしれないが。
「服装は一見するとちょっとセンスを疑う感じの、真っ赤なジャージ」
ふむ。……うん?
自分の格好を見る。
寝る準備をしていたので、上下お気に入りのジャージだった。
「目撃者によると、なんと部屋の中でココアシガレットを咥えて煙草吹かすみたいにして格好つけてたらしいよ! 恥ずかしいね!」
「……それで?」
「しかもね、クリスマスが近くて無駄に焦ってるような感じで」
「ふーん」
「『フッ、くだらねぇぜ……』とか真顔で言っちゃったりして」
「はいはいあーそこまで見てたのねはいはい」
「来るはずもない誰かからの連絡を虚しく待ち続けてるんだって!」
「なるほどねなんで考えてることまでバレてんだろねまいったねハハハ」
「で、お兄ちゃんの部屋から異臭がしたからうちが駆けつけ、ってうわっ! お兄ちゃんクサッ! 16年間もの間クリスマスに恋人がいたことがなくて結果として今なお童貞な精子無駄撃ち野郎の臭いがプンプンしてうっわ、くっせ! スペ×マタンク臭がするよ!」
「クリスマスが永遠に訪れない身体にしてやるよ」
「ぐえ――――ッ! お兄ちゃんやめて! 大外刈りから飛びつき腕十字への鮮やかな連携ヤメテ! 痛い痛い痛い! 明日も訪れなくなっちゃう! 極まる極まる、極まっちゃうぅぅぅうううう!」
ったく。
珍しくシリアスな展開になると思ったらこれだ。
しかし中々クオリティの高い演技だったな。震えてるのなんて堂に入ってたし。
「いや、あれはおしっこの後だったから残尿を排泄してただけ。余韻」
「えっ、じゃあ今お前のパンツにはほかほかの尿が染みてるってこと?」
「ヤだなぁお兄ちゃん、今はおむつだから全然平気だよ」
全然平気じゃなかった。
主に世間体的な意味合いで。
妹とはいえ、女子高生からこんな台詞を聞いたことがある奴は地球上には俺以外に存在しないだろう。してほしくもない。
「……で、なんか用か? 俺は忙しいんだが」
「残念ながらほんとに忙しい人は今頃恋人と明後日の予定を立ててるよ、お兄ちゃん」
「むぐっ……!」
「でも安心してほしい。寂しくクリスマスを迎えることが確定しかけているお兄ちゃんのために、可愛い妹がひと肌脱いであげるから!」
「あ、結構ッス」
「即答やめてよ傷ついちゃう」
「いや、だってなぁ」
こいつがこの手のイベントに関わって事態が好転した試しがない。
そしてひと肌脱がれても、いや全裸になられても間違っても興奮なんてしないしむしろただただヒくばかりである。
「というか蓮子、俺は別にクリスマスなんて気にしてないぜ? たかが365日ある内の1日じゃないか」
「『一体どうすりゃいいんだ……』とか言ってたのに?」
「うるせぇ。とにかくだな、クリスマスだのバレンタインだの、ああいうのはくだらない企業の陰謀なんだよ。悪しき日本の風潮だ」
「ふむふむ」
「日本は仏教の国だしな。クリスマスを祝おうってこと自体が意味不明だ」
「へー、そーなんだー」
「ただ周りがやってるからって、じゃあ自分もっていうのは俺は好きじゃないな、うん」
「でも本当は?」
「…………」
「お兄ちゃん、本当はクリスマスに何がしたいのかな?」
「…………パーティ」
「もっと大きな声で!」
「蓮子先生……! クリスマスパーティがしたいです……!」
「うわぁ……。妹にそんなこと頼むなんて、お兄ちゃんにはプライドとかないわけ?」
「なぁ、俺キレていい?」
今、本能的に手が出そうだったぞ。
言わせておいてこの塩対応である、この変態おむつ女は。
そして更に悲しいことに、このワガママ放題を絵に描いたような存在と俺とは、実の血を分けた兄妹なのである。
「お兄ちゃん、そんな交尾する豚を見るような目で見ないでよ。興奮しちゃうから」
自分の体を抱きしめてハァハァ息を荒げる蓮子。SになったりMになったり忙しい奴だな。
「どうどう、お兄ちゃん。冗談だよ冗談、アメリカンジョーク」
「どう考えてもただの罵倒だったんだが」
「ふふふ、これを見てもまだそんな口が利けるかな?」
ドヤ顔で蓮子が差し出してきたのは、1枚のペラ紙である。
どうでもいいけどこいつ、これをどこから出したんだ……? 股間の辺りから出てきたような気がするけど、気のせいだよな……?
まあそれはさておき、紙は華やかな印刷がされてあって、会社のチラシと言われても納得できてしまいそうなものだった。
「なになに……? 『独り身の方のためのクリスマスパーティ、男女合わせて数十名参加』……? 蓮子、お前こんなのどこで仕入れてきたんだよ」
「うちが入ってるサークルで、毎年そういうの企画してるみたいなんだよね」
「サークルて」
大学みたいだな。
つーか、こいつがそんなのに入ってるなんて聞いたことがない。
そこはかとなく、いやかなり怪しいんだが。
「サークルっていうか、地域振興団体みたいな」
「地域振興団体って、そういうことやるもんなのか?」
「やるんだよ。時代は変わっていくものなのです」
「今から参加するって言って、間に合うもんなのか?」
「もちろん! クリスマスに独り身なんて人は意外と多いし、会場のキャパは広いから誰でもウェルカムだよ」
「うーむ」
「なんと参加するだけでもれなく賞品が! いやぁ、これは参加するっきゃないね!」
「うーむむむむ」
蓮子が新興宗教の勧誘員に見えてきた。
このまま話に乗せられたら、とんでもない目にあうのでは。
だが、そうは言っても。
これをスルーしてしまえば、もう完全にクリぼっちの出来上がりなわけで。
他に選択肢はない気がする。
まあ腐っても兄妹だし、こいつ馬鹿だけど性格悪いってわけじゃないし、信じてみてもいいかもしれない。
それに、折角俺のために持ってきてくれた話だもんな。
「分かった、ありがたく行かせてもらう」
「やたー! お兄ちゃんとパーティ、うち楽しみ!」
「くっつくな暑苦しい」
無邪気に喜ぶ蓮子を見て、俺は久しぶりに心から妹に感謝をしたのだった。
蓮子の言葉通り、パーティは広い会場で、盛大に行われた。
集まったのはなんと、総勢50名弱。
しかも皆、美男美女の集まりだというサプライズ付き。
ある一点を除けば、まさにパーフェクトなクリスマスパーティだったと言えよう。
そこが、ネトゲの中の話だということを除けば。
賞品って、やらないゲームのアイテム貰ってもなぁ。




