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俺の妹が、最近おむつを履き始めたんだが。  作者: 冬野原もがめ
俺と妹のくだらない日々。
25/29

食欲

 俺の妹、叶宮蓮子かのみやれんこは要するに、空前絶後の馬鹿野郎だ。

 彼女は端麗な容姿と膿んだ脳細胞、そして断崖絶壁の胸板を所有している。

 これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくてエンゲル係数高めのエピソードのひとつである。



 ◇



 これまでのあらすじ。

 授業中、気分が悪くなったという奈良須に付き添い保健室に行った蓮子。

 季節は秋。近頃、以前にもまして食欲を発散するようになった蓮子は、ついつい保健室へと安置されていた禁断の処刑台へと上がってしまう。

 そこに示された、呪いの文字。58.7という数字は何を表しているのか?


「あーはいはい。どうせうちはデブですよ。160cmで59kgのクソデブ女ですよ。おまけにおっぱいもないから言い訳もできませんよ。はー、鬱だ死のう」

「大丈夫だ、蓮子。あと300g余裕があるぞ」

「フォローになってねぇぇぇえええ!」


 部屋の机に突っ伏していた蓮子は、ちゃぶ台返しをするみたいなポーズで起き上がる。

 おお、ようやく復活した。お兄ちゃんはお前の元気な姿が見れて嬉しいぞ。


「ねぇお兄ちゃん、これは何かな?」

「あらすじをわかりやすく説明するための紙芝居」

「誰に向けて説明するの!? っていうかこれうち!? なんか横に引き伸ばされてませんかね!?」

「いやあ、気の所為だろ」

「嘘だ、絶対嘘だ! 悪意ある描写だ!」


 蓮子はぎゃーぎゃー喚きながら、俺が手に持つ紙芝居をへし折る垂直チョップを放った。

 ああ、折角蓮子を馬鹿にするために、2時間もかけて作ったのに……。



 夕飯後。

 珍しくほとんど食事を食べなかった蓮子を不思議に思った俺は、何かあったのかと奈良須に連絡をとってみた。

 そして得られた回答が、紙芝居の内容である。

 暗くなった部屋で『蛍の光』を流しながら、悲しみに沈む蓮子をからかっているところだった。

 いや、からかっているというのは語弊がある。俺はそう、兄貴として妹を励ましに来たのだ。奈良須にも、フォローしてあげてくださいって言われたしな。


「で、お兄ちゃんなんの用事? うち、忙しいんだけど」

「嘘つけ、どうせネトゲぐらいしかやることないだろ」

「ふぐっ……! ま、まあそうなんだけど」

「まぁまぁ、俺は蓮子を励ましにきたんだぜ? そんな邪険にしなくてもいいだろ」

「……ほんとに?」

「あぁ、んふふっ、もちろん、ぷぷっ、本当だ」

「どっか行け糞馬鹿兄貴!」

「ぐおぉぉっ!? やめろ、蓮子! ノートパソコンは人を叩くためにあるんじゃない! 俺の頭かそいつのどっちかが壊れる、ぐえっ、壊れるから!」

「うるさいうるさい! お兄ちゃんなんてぶっ壊れちゃえばいいんだ!」

「ぎゃああああっ! いってぇ! 今いいところ当たった! マジでどっちも壊れるから、やめろって!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺の制止が効いたというよりかは多分疲れただけだろう、蓮子は振り上げたノートPCを元の位置に戻した。

 黙って涙目で俺の方を睨んでいるその顔を見ると、こちらとしても多少の罪悪感を覚えなくもない。なんだかんだいってこいつが真面目に落ち込んでるところなんて、久しぶりに見る。



 まあ、蓮子の気持ちも分からなくはないのだ。いくら現実を見ないようにしていても、目に見える数字という形で提示されてしまえば、もう言い訳のしようもない。

 俺の知る限り、女子高生という生き物は常に自身の体重と戦っているものだし。

 小中と運動部に所属していたこいつにとっては、食べた分の肉が付くことなんてすっかり忘却の彼方だっただろう。カロリーを消費する場所がなくなれば、それが身体についてしまうのは必然だ。それにしたって、以前から指摘されてるんだから意識しろよという話ではあるが。欲望が服を着て歩いてるような女だしな、きっと秋になって食欲を抑えきれなかったんだろ。

 しかし、胸にだけ脂肪がつかなかったのはどうしてなのか。こいつは前世でどんな罪を犯したんだ?


 さり気なく失礼なことを考えていると、蓮子は突如拳を握りしめ、それを自身の顔の前に持ってきた。


「何やってんの?」

「決意のポーズ。うち、痩せます!」

「だがそんな決意も、一週間もしない内に跡形もなく崩れ去るのであった」

「悲しい未来を予測すんなし。言っとくけどね、お兄ちゃん。うち、今回は本気だから!」

「全く同じ台詞を何回か聞いたことがあるな」


 チラリ。

 部屋の隅で情けなくほこりをかぶっているバランスボールを横目で見る。

 あれだって確か、それこそ1週間もしないうちにやらなくなったよな。お小遣いじゃ買えなくて、父さんに頼み込んで買ってもらったやつのはずだ。値段も7000円以上したような……。



「うち、過去は振り返らない女なんだよね。なぜならそこには何もないから。大事なのは、いつでも『これから』なんだよ」

「かっこよく言ってみてもただお前が飽き性ってだけだからな」

「いやだって、それで1回足捻っちゃったし……って、あー! 思い出した、あの時のエクレア返してよ!」

「このだらしない腹にまだ糖分をいれるつもりなのか?」

「ぐぬぬ」


 タンクトップの裾をめくって、蓮子のぽっこりとした腹を軽く叩いてやる。

 ポンポンと、まるで太鼓のような音がした。

 ポンポン。ポンポコポン。ポンポンポン。


「妹の腹で遊ぶなッ!」

「おお、すまんな。こんなところにいい太鼓があるなと思って、ついつい叩いてしまった。まさか腹だとは思わなくて」

「ぶっ殺」

「そのエネルギーを痩せることに向けようぜ、蓮子」

「そうだね、お兄ちゃん! 今はそれでごまかされてあげるけど、後で覚えとけよ☆」

「そんで、どうするんだ? またランニングか?」


 あの時は最速の2日でギブアップしたな。

 朝早く走るという健康的な行為が、こいつにできるはずもなかった。

 部活に入るとかいう話もあったが……あれはどうなったんだろう。


「その話はやめて」


 視覚文化研究部の話題を出そうとした瞬間、蓮子はレ×プ目になっていた。

 どうやら余程思い出したくもない記憶らしい。数々の男を手玉にとってきた我が妹をしてここまでトラウマにさせるとは、オタサー恐るべし。姫なんていっても、彼女らも相応の苦労をしてるんだろうな、きっと。



「食事制限も、バランスボールも、ランニングも、全部やる! ほんとのほんとに、痩せるんだから!」

「部活は?」

「絶対行かない」


 蓮子はもう一度決意のポーズをキメて、早速バランスボールを引っ張り出してはその上にライドオンするのだった。埃が舞い散って汚い。

 ともあれ、頑張れ蓮子。

 俺には茶化すことしかできないが、応援してるからな。







 それから1ヶ月が過ぎて、なんと蓮子はダイエットに成功した。

 前までのイカっ腹は見る影もなく、元のスレンダーな体型へと戻っている。

 俺としてはからかうネタがなくなったのでやや残念ではあるが、まあ仕方がない。

 ここは素直に、蓮子の継続的努力を褒めることにしよう。





 それから更に1ヶ月が過ぎると、また蓮子の腹がポンポコ鳴りだした。

 痩せたからといって、運動はしない飯は食いまくるではすぐに戻ってしまうのも無理はない。

 今度蓮子が体重計と、そしてバランスボールに乗るのはいつのことになるのだろう。

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