帰り道
俺の妹の友人、奈良須可凜は世にも奇妙な女子高生だ。
彼女は乙女チックな恥じらいを持つが、その価値観は一般的な場所からは遠く離れたところに存在する。
これはそんな妹の友人と俺にまつわる、限りなくくだらなくてドキドキなエピソードのひとつである。
◇
夏休みでも、部活の練習があるので学校に来ることは多々あった。我がバスケット部の最近の大会における成績は、準決勝での敗退。地区予選だし3回勝っただけとはいえ、目下弱小と見られていることを考えれば上出来だろう。
ということで、俺たちは最近以前にもまして練習に励んでいるのだった。今日も昼から練習があり、終わったのは夕方の4時になってからである。正直めちゃくちゃ疲れたが、これも青春というものだろう。
夕焼けが校舎を照らしつけ、それをバックに俺は下校するところだった。
本当は家が近い友人と一緒に帰る約束だったのだが、そいつが野暮用で遅れるとのことで寂しく一人での帰路となる。決して友達がいないわけではない、決して。
小中と野球をやってきた俺が、高校になってからバスケットを始めた理由は単純。
自分で言うのも恥ずかしいが、色気づいてきたからだ。髪を切りたくなかったし、前にも言ったがなんかサッカーとバスケはモテるイメージがあった。
我ながら浅慮である。実際モテてないし。マネージャーとキャプテン、早く二人そろって爆発しろ。
青春とは程遠い陰惨な気をまき散らしながら校門を通り過ぎた時、ふいに覚えた違和感に俺は立ち止まった。
なんだ?
今、何かが視界に入っていたような。
しかも、それは俺が良く知るものだったような気が。
思わず振り返って校門を確認してみるも、そこには誰もいない。
「…………」
うむ。
どうやら、俺の自意識過剰だったようだ。
前にストーカー被害にあってから、少し敏感になっているのかもしれない。
くだらないことしてないで、暑いしとっとと帰ってアイスでも食べよう。名札をつけておいたから、まさか妹に食われているということもあるまい。
俺は再び振り返って「叶宮先輩、こんにちは」
「おぉぉおおわあぁあああああっ!?」
「あぶらばっ!?」
とうとう幽霊にでも目をつけられたかと思い、咄嗟にスクールバッグを振り回すと――蓮子みたいな悲鳴をあげた、奈良須がそこにいた。
どうやら右肩に当たったらしく、そこらへんを抑えて蹲っている。
「大丈夫か奈良須!? すまん、幽霊か蓮子のどっちかだと思って……」
「だ、大丈夫ですよ。気配を消して後ろから声を掛けた私が悪かったんです」
「良く分からないけど気配を消す必要はなかったんじゃないのか……?」
「偶然叶宮先輩の姿を見かけたものですから、なんかアガっちゃって」
などと言いつつ奈良須は俺が差しのべた手を取り、立ち上がる。並んでみると蓮子よりもやや身長が低くて、なんというか華奢な女の子という感じだ。
その姿を見ると、先ほどの違和感の正体がわかった。奈良須はなんと今、見慣れた学校の制服を着ているのだ。ナスのコスプレをしていれば俺も見逃さなかったと思うのだが、考えてみればこいつの制服姿を見るのは初めてのことである。
いや、なんかおかしくね……? まあいいや。
奈良須はやはり、こうして普通の格好をしていると普通に可愛かったりする。胸も水着姿で証明された通り、豊かだし。こんな女子に好かれているのはどう考えても喜ぶべきところなのだろうが、見過ごせないエキセントリックなところがあるのも忘れてはならない。
言っても怪人ナス女である。俺の周りにはおかしなやつしか集まってこないのは仕様なのだろうか。まさか類友じゃないよな? 俺は普通だよな?
「なぁ、奈良須」
「はい」
「俺って普通だよな? 何もおかしなところなんてないよな?」
「え、あ、普通……だと、思います、よ?」
なんだその疑問符。
まさか俺がイカレポンチだとでも言うのか。
俺が訝しむ視線を向けていると、奈良須は一瞬の躊躇いの後に言った。
「で、でもっ! いくら兄妹でも、いや兄妹だからこそ、蓮子ちゃんに暴力的なプレイをするのは良くないと思いますっ!」
「…………は?」
「蓮子ちゃん、言ってました! 毎日お兄ちゃんが、スパンキングとかのソフトSMを強要してくるって! 最近は鞭とかロウソクとかも使うって! 蓮子ちゃんがお嫁にいけない身体になっちゃったら、どうするつもりなんですか!?」
「それは困るな」
あいつには一刻も早く嫁に行ってほしいものだ。でないと俺が養うということになる未来が見え隠れする。
って、そうじゃない。そうじゃなくてだな。
「あのですね、奈良須さん」
「なんですか、急にかしこまって」
「あなたはそれを信じているのですか?」
「私だって、最初は信じたくなかったです。でも、朝眠そうに目を擦ってる蓮子ちゃんを見たら、毎晩虐められてるんだなってわかっちゃいますよ」
「それはあいつが毎晩深夜までニロニロ動画を見てるからだ」
「……え? で、ですけど、確かに身体にはロウソクの赤い痕が」
「あー、この間なんか通販で買ってたな。倒錯的オ×ニーするとかいって張り切ってたぞ」
「お尻にだって、叩かれたような痕跡が」
「それは俺だな。やってたゲームのセーブデータ消されたから引っぱたいた」
「…………」
奈良須はとうとう反論の術を失って絶句した。
つーかそんなあからさまな嘘を信じるなよ。海水浴の時も思ったが、割と騙されやすい性質なのかもしれない。
将来は壺を売りつけられないように是非気を付けてほしいものである。
ややあってから、奈良須は茫然自失といった様子で呟いた。
「ま、また騙された……」
「信じるほうもどうかと思うが。つーか、『また』ってなんだよ」
「そうなんです! 聞いてくださいよ、先輩。蓮子ちゃん、いっつも私のことからかってくるんです」
「例えば?」
「『ナスちゃんのこと、友達以上に好きなんだよね』とか言って迫ってきたり」
「ふむ」
「『属性が足りないよね』とか言って変な髪形にさせられたり」
「ふむふむ?」
「『スポーツドリンクだよ』とか言って黄色い塩水飲ませられたり」
「うわぁ……」
俺が普段やられていることとほぼ同じだった。
叶宮蓮子、意外と捻りのない女である。
実体験として俺も奈良須の気持ちは良く分かるので、同情を禁じ得ない。しかも奈良須の場合、暴力でそれを発散するってこともしなさそうだしな。やられたい放題な図が容易に想像できる。
「そこまでやられて、なんでずっと友達同士なんだよ?」
「幼馴染ですからね。それに蓮子ちゃん、ああ見えて優しいところもいっぱいありますし。小さい時から、実は結構照れ屋さんなんです」
「ふーん……」
だとしたら、俺に対しての態度も照れ隠しだったりするのだろうか。いやいやそんな、エロゲの世界でもあるまいし。単純にあいつは傍若無人に振る舞って、俺が困っているのを楽しんでいるだけの気がする。
しかし、なるほど。どうしていかにも大人しそうな奈良須が、中学の頃はいわゆるギャルだった蓮子と付き合いがあるのか不思議に思っていたのだが、もっと前からの友人ならば納得だ。
「幼馴染ってことは、家とかも近いのか?」
「え?」
奈良須は口元に手をあてがい、驚きの表情を形作る。
あれ?
俺、なんかおかしなこと言ったかな。
「もー、何とぼけてるんですか先輩。私の家と先輩の家、三軒隣じゃないですか」
……マジで?
結論から言えば、本当に奈良須の家はごくごく近所だった。
ストーキングされた時に気が付かなかった辺り、俺も相当間抜けである。家がこれだけ近ければ、尾行するのも楽だよな。
それはともかくとして、俺と奈良須はあれから、家の場所を確認するという目的もあって2人仲良く並んで下校してきた。
部活の帰りに、自分を慕ってくれる女子の後輩と共に帰路を歩む。意識していなかったが、これはかなり青春ポイントが高いイベントと言えるのではないだろうか。何を話したかもいまいち覚えていないが、とにかく夏休みの思い出として心の額縁に飾っておくことにしよう。
もうちょっと考えて喋ればよかったな。多少なりとも緊張していたかもしれない。次があったらもっと頑張ろう、何をとは言わんが。
そんな脳みそお花畑の状態で帰宅すると、居間で思いっきり俺の名札が張ってあるカップアイスを食っている妹がいた。
蓮子のケツに俺の真新しい手形がついたのは、言うまでもない。




