真夏
俺の妹、叶宮蓮子は説明不要の萌えないゴミだ。
可愛い妹がほしい男なんていくらでもいるだろう、お願いだから誰かこいつを引き取ってくれ。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくてでろでろなエピソードのひとつである。
◇
夏休みも終わりに近づいたその日、外はめちゃくちゃに暑かった。
薄着で、何もしなくとも汗が吹き出てくる。こんな中で学校に通うことを考えると、今から憂鬱だ。
コンビニで苦し紛れにアイスを買って、帰ってきたら部屋に蓮子がいた。ベッドの上で大の字になっており、非常に邪魔である。
そして、タンクトップに下着だけというあられもない姿。でも全然嬉しくない。
妹の半裸や全裸を見て興奮する奴を二次元の世界では腐るほど見るが、断言しよう。あいつらは頭がおかしい。
「お兄ちゃん、おっかえりー……」
「おう、なんでいるんだよ」
こいつ、さっきまで自分の部屋にいたはずなのに。
というか、時刻はもう深夜の一時だ。電気が消えていたから、てっきり寝たと思ってたのだが。
蓮子は何やら似つかわしくもない、物憂げな表情をしている。
「夜ね、ふと天井を見上げたの」
「天井?」
「うん。真っ暗な部屋、真っ暗な天井を見てると、どうしようもなく自分がちっぽけな存在に思えてきちゃってさ。眠れなくなっちゃった。この広大な大宇宙の前では、うちらなんていてもいなくても同じなんだよね……」
「俺はお前がここにいないほうが嬉しいが」
「またまたそんなツンデレっちゃってー。本当はうちの体臭がベッドにしみこんだから、これからそれをオカズにするつもりなんでしょ? いいですなー、こんな可愛い妹がいて。毎日シコり放題だネ☆」
「くそうぜぇ」
「げふぉっ!? 横腹を不意打ちで蹴らないで、痛いから! 最近暴力が激しくなってきてるよ、お兄ちゃん! そろそろPTAも黙っちゃいないよ!」
黄金の右足を喰らった蓮子は、転げるようにしてベッドから落ちる。
よし、なんか言ってるが気にしないことにしよう。今のうちだ。俺はここぞと言わんばかりに、ベッドの上を占領する。
なんだか湿っているのが気持ち悪かった。まあ、夏だからな。蓮子だって汗ぐらいかくだろう。
「あ、ごめん。それうちの愛液」
「お前は兄貴の部屋で真夜中に何してくれちゃってんの?」
「叶宮蓮子はお兄ちゃんのことを想うとたまらなくなってすぐにシコっちゃうの。第三巻、雷撃文庫より好評発売中」
「はいアウト。フランス書籍」
「ギャ――――――ッ! ギブギブギブギブ! スリーパーホールドは妹にかけていい技じゃない! これはいけません!」
「寝れないなら俺が永遠に寝させてやるよ」
「落ちる! 落ちちゃうから! さっきの冗談だからやめて!」
「なんだ冗談か」
それならそうと早く言ってくれればいいものを。俺はかけていた技を解除してやる。
蓮子は青息吐息で、俺のほうを非難がましい目で見つめてきた。
「はぁ、はぁ……。もう、酷いお兄ちゃんだなぁ。ぷんすこすこぷん。実兄の部屋でオ×ニーする妹がエロ漫画の世界以外でいるわけないじゃん。常識ってもんを考えて欲しいよねー」
常識から最も逸脱した女がたわ言をほざいている。ブーメランが刺さりまくっているのだが、本人は気づいていないようだった。
無視して俺は買ってきたガリゴリくんの袋を開ける。やはり夏といえばこのアイスだろう。急いで食べると頭が痛くなったり、大量に食べると腹が痛くなったりするデメリットはあるものの、安いしな。それなりにうまいし。
爽やかな冷涼感を味わっていると、隣からそれとは正反対の不気味な熱視線を感じた。
言うまでもなく、汗びっしょりになった蓮子である。ビニール袋の中身と、俺が食べている水色とを見比べていた。
「そんなに見られると食いにくいんだが」
「お兄ちゃん、うちの分は?」
「あるわけねーだろ」
「えー。折角お兄ちゃんがコンビニ行ったっぽいから、アイスでも買ってきてくれるのかなーって思って待ってたのに」
「それでわざわざ起きてきたのかよ。乞食ゴーホーム」
「まだ二つ余ってるじゃん。独り占めしようとは、意地汚いですぞ?」
「いや俺の金で買ってきたもんだし……」
「うちのものはうちのもの。お兄ちゃんのものは?」
「俺のものだよボケ」
「むぐぐ」
そんな恨めしそうな顔をしても、駄目なものは駄目だ。無計画に小遣いを使った自分の浅はかさを責めるんだな。
俺は一種の優越感すら覚えながら、二つ目のアイスの袋を開ける。残りの一つは明日までとっておこう。
「じー…………」
シャリシャリという咀嚼の音だけが部屋に響く。
しかし、本当に暑い夜だ。アイスでも食べないとやってられない。
「じぃー…………」
もう夏休みも終わってしまう。宿題はほとんど済ませたので問題はないのだが、今年の夏が充実していたかといえば疑問が残るところだ。
海には行った。花火もやった。だが、そのどちらも妹とである。
これはなんというか、青春真っ盛りの高校二年生としていかがなものだろうかと思わなくもない。
しかも、三次元の女の子よりも二次元の女の子と過ごした時間のほうが長い気もする……。危なくギャルゲーにハマりそうになったことは誰にも言うまい。
「じぃぃー…………」
「しっつけぇえええええ! 俺は今心の中で夏休みの思い出をモノローグってんだよ! 邪魔すんな!」
「お、アイスくれる気になった?」
「去ね。そして寝ろ」
「うわぁぁぁぁあああん! お兄ちゃんが蓮子に意地悪するぅうううう! 焦らしてばっかりで中々挿入してくれな」
「親が起きるだろうがそして勘違いするだろうが!」
「ぎゃふんっ!」
うわぁ。
リアルでぎゃふんって言ってるの初めて聞いた。
つくづく漫画みたいな妹である。
本日三度目の天罰(近くにあった本の角で殴った)を執行された蓮子は、それでも懲りずに俺を見てくる。
……あー、もう。
しょうがねぇな。
俺だって一応兄貴なわけだし、妹のワガママに付き合うのも仕事みたいなもんか。
ため息をついてから、蓮子に残ったアイスを渡してやる。
「え、ほんとにくれるの?」
「なんだよ、いらねーのか?」
「ううん、いる! ありがとう、お兄ちゃん!」
200円もしないアイスを受け取って、満面の笑みを浮かべる蓮子。そして餌を与えられた小動物のようにして、無我夢中で食べ始める。
こうしていれば中々可愛いのに、喋る度にポイントがマイナスされていくんだよなぁ。とはいえ喋らないこいつというのも、それはそれで不気味だが。
瞬く間に食べ終わった蓮子は、伸びをしながらに立ち上がった。
「よーっし、お兄ちゃんのお陰で涼しくなった! 寝よう!」
「おう、寝ろ」
「お兄ちゃんも寝れない時は、羊の代わりに世界で一番愛しい妹の数を数えてね!」
「蓮子が一匹、蓮子が二匹、蓮子が三匹、蓮子が四匹……オエッ」
「嗚咽!? っていうか単位が匹!?」
いや、だってなぁ。
こんなやつが何人もいたら、少なくとも俺にとってはこの世の終わりでしかないぞ。
鈴里あたりは喜ぶのかもしれないが。
「つーか、お前だって俺が何人もいたら気持ち悪いだろうが」
「お兄ちゃんが一人、お兄ちゃんが二人、お兄ちゃんが三人……あっ、だめっ、そんなとこっ」
「お前の脳内で俺は何をしてるんだ……?」
「きゃっ。もう、お兄ちゃんAやめてよ、くすぐったいじゃん! んっ、お兄ちゃんBのここ、凄く硬くなってる……。んぅっ! お兄ちゃんCったらいきなりそんな、激しい……」
「さーて寝るかぁ」
何やら意味不明に身悶えている蓮子をスルーして、俺はその場に寝転んだ。
それから2分後、喘ぎ声を上げたり俺に擦り寄ってきたりするはた迷惑な妹に、渾身のラリアットがかまされたのは言うまでもない。
その日、俺は悪夢を見た。
夢の内容は、蓮子が何人も家にいるというもの。
夢の中で俺はサラリーマンになっていて、働きもしない複数人の蓮子を必死に養っていた。
「お兄ちゃんご飯まだー?」
「お兄ちゃんお小遣いちょうだい!」
「お兄ちゃんゲームやろうよ!」
…………。
やはりこの世の終わりだった。
朝、起きてから一人になっていた蓮子を見て、俺は安堵すると共に思う。
お願いだから、ニートだけはやめてくれと。




