ギャルゲー
俺の妹、叶宮蓮子は現役女子高生という肩書きを持っていながら、それがまるで魅力に繋がらない女だ。
この世における最高レベルのブランド力を、日々無駄に喪失し続けている。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくてしょうもないエピソードのひとつである。
◇
夏休み。
部活動を終え昼時に帰ってくると、妹が俺の部屋を我が物顔で占領していた。
俺のベッドに寝転がりながら、俺のPSS3でゲームをし、俺の買っておいたミルクティーを飲んでいる。
うん。
いつものことだな。
いっそ怒る気も咎める気も失せた俺は、床に座り込んでは一息ついた。
クソ暑い外から帰ってきたから、冷房が心地よい。
「およ、お兄ちゃんおっかえりー」
「おう、ただいま」
「もー。ここうちの部屋だから、勝手に入らないでよー」
蓮子はそう言って、口を尖らせてきた。
何言ってんだこいつと一瞬思ったが、どうにも口調や表情がマジっぽい。
おや、もしかして本当に間違ったか?
そりゃそうだよな、いくらなんでもくつろぎすぎだ。蓮子がまるで自分の部屋にでもいるかのような振る舞いをしていると思ったら、間違えていたのは俺のほうだったらしい。
部活で疲れてるんだろう、まさか自分の部屋と蓮子の部屋を見間違えるなんてなぁ。
すまない、蓮子。我が妹よ。お前が正しかったみたいだ。
でもミルクティーは後で金返せよ?
俺は一旦部屋の外に出て、扉にかけてあるネームプレートを今一度確認した。
「やっぱり俺の部屋じゃねぇか」
「ひふぁいひふぁいひふぁい(痛い痛い痛い)! ふぉっへひっふぁるのひゃめへ!(ほっぺ引っ張るのやめて)!」
「お、これ面白いな。夏休みだし福笑いしようぜ、蓮子」
「やめんかっ! 妹の顔で遊ぶんじゃありません! あと全然季節関係ないから!」
俺の拘束から無理やり逃れた蓮子は「もっと妹を繊細に扱ってよねー、ぷんすこすこぷん」と言いながらゲームの世界へと再びダイブした。
やはりというか、自分の部屋でやるという発想はないらしい。
多分ゲーム機を持っていくということが面倒臭いのだろうと予測する。
まあ、特に今やりたいゲームがあるわけでもないしいいか。
俺はその場に寝転がって、スマホをいじろうとして――ふと、蓮子がやっているゲームの画面が視界の端に映る。
立ち絵の女の子が画面の上半分を覆っていて、その下に可愛らしいフォントのウインドウがあった。
その手のゲームには疎い俺でもわかる。
明らかに男性向けの、いわゆるギャルゲーだった。
「蓮子、それギャルゲーってやつだよな?」
「ん、そーだよ?」
「それ、女がやるもんじゃなくね?」
「一般的にはそーかもねー」
俺の言葉もどこ吹く風といった様子で、蓮子はテキストを進めてゆく。
割と熱中しているらしい。
どうやら高校が舞台となっているようで、背景には俺たちが通う校舎にほど近いものが描かれていた。
それはともかくとして、今主人公と話している女が色々と凄い。
「なあ、どうしてこいつは腕に『生徒会』って腕章をつけてんだ……?」
「生徒会長だからに決まってるじゃん」
「いやお前、常に腕章つけてる生徒会長なんて、見たことねーぞ。自己主張とか承認欲求とか激しすぎだろ」
「まあまあ、細かいことは気にしない」
「というか生徒会長なのに、髪が真っ青ってどうなのよ。思いっきり不良じゃねーか」
「クールキャラだからね。でもほら、柚子ヶ原星一姫ちゃん可愛いでしょ? うちはヒロインの中で一番好きだなー」
「親がとんでもない馬鹿ってことだけはわかる」
なんだよシリウスって。
俺がそんな名前つけられたら自殺するぞ。
しかも主人公に『名前で呼んでくれ』とか言ってるし。
こいつは恥ずかしくないのか、自分の名前。
それとも重度のマゾなのか?
「もー、お兄ちゃんは夢がないなぁ」
「現実を見てると言ってほしい」
「てゆーか、このゲーム知らないの? めっちゃ有名なやつなのに。今年を代表する純愛ゲーとして、一大センセーションを巻き起こし中なんだよ?」
「そうだったのか……」
「うちも普段はギャルゲーとかやんないんだけどねー。でもほら、これをやらずに今年の夏は語れないっていう使命感がね」
なんかよくわからんが、蓮子は崇高な使命に突き動かされてゲームをしているらしかった。
できれば自分の部屋でやってくれ。
しかし、確かにキャラクターの見た目は可愛い……気がする。ネーミングセンスがアレだが。
とはいえ昨今キャラが可愛いだけのゲームなんていくらでもあるだろうから、何か別の要素があるんだろう。なんせ一大センセーションだからな。
少しばかり興味が出てきた俺は、その説明書を手にとってみることにした。
パッケージイラストには、5人の美少女が描かれている。その中には例のシリウスもいたので、多分こいつらがヒロインズなんだろうな。
全員髪の色が違うのだが、校則は一体どうなっているのだろう。
そしてどういうわけか妙にリアルでグロい魚と、海岸とかによく置いてある、あの三角の波消しブロックみたいなやつも描いてあった。
なんだろう、全く意味がわからない。
ということで、あらすじを読んでみることにした。
てとら☆ぽっど ~登らない君と落ちていく俺~
『卒業式の日に近所の海辺にある伝説のテトラポッドを登って、カサゴを釣り上げたカップルは永遠に幸せになれる』という言い伝えがある『私立綺羅星高校』。
この学校に入学した主人公は、家が隣同士で幼馴染の古鉋纏々子から告白されることを目指して、磯釣りやイワシ漁で自らを磨きながら高校3年間を過ごしていく。
「…………」
どこかで見たようなあらすじを読んだ瞬間、俺はにわかにこのゲーム『てとら☆ぽっど ~登らない君と落ちていく俺~』への興味が沸いてくるのを感じていた。
あのコンクリートブロックの名前、テトラポッドっていうのか。
というかなんだよ伝説のテトラポッドって。校庭にある大木とかでいいじゃん。
つーか、なんでカサゴ? メバルとかじゃ駄目なの?
ヒロインの名前全員難読漢字縛り?
タイトルの通りに行くと主人公落ちて死んでないか?
などなど、様々な疑問が浮かんでは消えていく。
突っ込みどころが多すぎて、逆に俺は何も言えなくなっていた。
あ、シリウスが主人公とキスしてる。
マグロ漁船の上で。トビウオが飛び交っている。
さっきまで学校にいたはずなのだが、おかしいな。
テキストを読んでいくと、どうやらついに主人公がマグロ漁の極意を掴んだらしい。
しかしマグロに両親と妹を殺されたシリウスは、釣り上げたそれを更に辱めようとする。
復讐は何も生まないということを諭す主人公に対し、とうとうシリウスは本当の心を開くのだった。
そこから中々テキストが流れていかないと思っていたら、隣で蓮子が大粒の涙を流していた。
頬を伝ったそれが、枕を濡らしていく。
「う、うぅっ、えっぐ、しりうすぅ……!」
それ、俺が今日寝る枕なんだけど。
その夜、俺は『てとら☆ぽっど ~登らない君と落ちていく俺~』(略称:てとぽ)をプレイし始めた。
古鉋纏々子を攻略しようとしていたのだが、シナリオを進める内にとんでもない事実が明らかとなる。
実は彼女は銀ダラ団の暗殺者であり、主人公を殺害するために幼馴染という役割を与えられていたに過ぎなかったのだ。
だが相手がどんな素性であろうと関係ないという主人公の気持ちにほだされ、次第に纏々子は自分の使命に疑問を感じるようになる。
というのが、纏々子ルートのおおまかな話の流れである。
いやー、最終的にたった二人で暗殺組織を壊滅させる展開にはシビれたな。
馬鹿にしてたが、俺もついつい泣きそうになってしまった。
全ヒロインをやった後は、同じ会社の他のシリーズもやってみよう。
そうこうしている内に、夏休みが残り半分になっていた。
何やってんだ、俺は。




