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俺の妹が、最近おむつを履き始めたんだが。  作者: 冬野原もがめ
俺と妹のくだらない日々。
16/29

図書室

 俺の妹の友人、奈良須可凜ならすのかりんは少しばかり変わったところがある女子高生だ。

 恋に恋をし、ちょっとヤンデレめいた行動をとることやナスのコスプレをすることもある。

 これはそんな妹の友人と俺にまつわる、限りなくくだらなくて文学的なエピソードのひとつである。



 ◇



 夏休みの3日前、俺は昼休みの時間を利用して図書室を訪れていた。

 せっかくの長期休暇だ、たまには漫画以外の本でも読もうと思ってのことである。


 村上冬樹にするか、有川浩史にするか。

 2つの本を見比べては悩んでいたとき、ふと思い出したことがあった。


 図書委員の奈良須っていう女子が、凄いらしい。

 そんな風の噂を聞いたことである。知ってる名前だったから、頭の隅に残っていた。

 何が凄いのかはよくわからなかったが、とにかく凄いともっぱらの評判だとか。

 カウンターも見ずに本棚に来てしまったので、そういえば確認するのを忘れていたな。

 今日いるかどうかはわからないが、とりあえず読む本を決める前に見ておくか。





 本が本を読んでいた。



 いや、その、えーっと、何?

 おかしいな。

 俺が間違っているのか?

 瞳を擦る。


 デカい本が小さい本を読んでいた。


「…………」


 なるほど。

 やはり俺ではなく世界が間違っていたようだ。


 もう描写するのも面倒臭いのだが、あえて言及すればデカい本から顔と手足が生えている。カウンターに座って本を読んでいる。以上。

 まあ、凄いっていうなら確かに凄いな。

 でも、もうちょっとこう、方向性っていうか……。



「おい、奈良須」

「え、あ、かか、叶宮先輩っ!?」


 俺の姿を見た瞬間、奈良須は顔をほんのり赤く染めて自分の身体を抱きしめた。

 うーむ。

 俺に出会ったということよりも、もっと他に恥ずかしがるべきことがあると思うのだが。

 主に親とか世間に対して。


「なんでそんな格好してんだよ」

「あ、その、私、演劇部なんですよ」

「だから?」

「ほ、本の格好をして、本の気持ちになれたら。それはとっても、素敵だなぁって」

「むしろお前は不敵って感じだと思うが」


 常識とか通念とかを嘲笑あざわらってるよな。

 最高にアウトローだぜ、奈良須。俺にはとてもできない。したくもない。

 先生とか司書の人に咎められたりしないのだろうか。

 そういえばこいつ、良くナスの格好してて警察に捕まらなかったよな。


「いえいえ、お恥ずかしながら普通に何回も補導されました」

「自重しろ」

「何回も見つかってる内に、警察の方ともお知り合いになったんですよね。あ、またナスの子だー、なんて。好きな人がいるんですって言ったら、注意しながら笑ってました。うふふっ」


 うふふっ、じゃねぇよ。

 なんでさりげなく俺の存在まで警察に知らせてんだよ。

 俺までナス被ってると思われてたら嫌だなぁ……。


「つーか、なんでナス。あん時もナスの気持ちになりたかったのか?」

「? あれは単純にカモフラージュですよ? 先輩と普段のままの格好で会っちゃったら、恥ずかしいですし……」


 さもそれが当然のことであるかのようにして言われた。

 どう考えてもナスの着ぐるみ着て好きな奴と会うほうが恥ずかしいと思うんだが。

 あれか、この子はアホの子なのか。

 恵まれた容姿からの異次元的思考は、もう家で一匹飼ってるからお腹いっぱいなんだよなぁ。




 と、そこまで話して、奈良須も俺もなんとなく黙り込んだ。

 奈良須は読んでいた本をわざわざ閉じて、俺へと目線を送っているものの声は発しない。


 なんか気まずいな。何を話せばいいのかよくわからん。

 全然意識してなかったが、告白した側と断った側の対面なんだよな。

 なんとなく、俺も奈良須の顔へと視線を向ける。


 昔は眼鏡とかかけてて、野暮ったい感じだったがなんとも垢抜けたものだ。

 ナチュラル風のメイクも似合っているし、普通に可愛いよな。

 だから妙な着ぐるみ趣味やめてくれ。頼むから。


 ずっと見てると思考がピンク色になりそうだったので、俺はなんとか話題を探すことにする。



「えーっと……。本、好きなのか?」

「は、はい」

「お、俺も、さ。夏休み入るし、漫画以外の本、なんか読んでみたいと思って来たんだよ。奈良須は何読んでたんだ?」


 完璧な話題振りだ。

 我ながら惚れ惚れする。

 これで相手が本のコスプレをしてなければ、完全に青春の一コマだ。

 奈良須は得意な話題だったのか、表情を少し明るくさせて答えた。


「官能小説です」


 青春終了。

 解散。


「官能、小説……?」

「はい。『人妻寝取り劇場 ~穢される熟れた肢体~』ですね」

「タイトルを聞きたいんじゃねぇよ。というかさり気にマニアックだな、おい」

「その暗室では、美代子の嬌声が夜な夜な響いていた。まるでもう逃げられないことを示すかのような、牢獄のような印象を受ける地下室。今日も、ここで彼女はその熟れた肉体を弄ばれ、そして穢される。朝に最愛の夫とキスをしたその唇は、違う男の性欲を鎮めるための道具と化すのだ。肉と肉のぶつかりあう、なんとも淫靡いんびな音が」

「内容を聞きたいわけでもないからな? 5%ぐらい冗談だと思ってたけど、今ので希望が打ち砕かれたわ!」

「せ、先輩っ。申し訳ないですが、図書室では静かにお願いします」

「あ、はい。すいません」


 反射的に声を静め、俺は頭を下げる。

 そうした後で、釈然としない気分がせり上がってきた。

 官能小説の朗読に突っ込みをいれたら怒られました。

 俺は馬鹿か。



「なんでそんなの読んでんだよ」

「興味があるからです」

「そ、そうか」

「興味津々です、ふふっ」


 囁くようにして奈良須は笑った。

 綺麗な笑顔だった。

 しかしその手には『人妻寝取り劇場 ~穢される熟れた肢体~』が握られている。


「先輩とこうやって普通に話せるなんて、なんだか夢みたい。これからも、時々でいいからお話してくれますか?」

「……まあ、それは全然いいけどよ」

「嬉しい。じゃあ先輩、お友達から、またよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 俺と奈良須はまだお互いに照れ臭さを感じながらも、そんな言葉を交わした。

 告白して断られたけど、断ったけど、まずはお友達から。そういうやり取り。

 紛れもなく青春の一ページじゃないだろうか、これは。

 奈良須の俺に対するアガり症もだいぶ治ったみたいだし、まあ良かったかな。


 もしかしたら、ここから俺たちの恋愛劇が始まるのかもしれない。

 俺はそんな思いで、残りの高校生活に淡い期待を寄せるのだった。



「ゆくゆくは、やっぱりお突き合いしたいですね。な、なーんて。ふふふっ」


 ……あれ? 字が違うくない?








 数日後、俺に一件のメールが届いた。

 タイトルを見ると『×ま×こ疼き中です(ハートマーク)。ハードなプレイもオッケー! めちゃくちゃにしてください(ハートマーク)』とある。

 明らかな迷惑メールを、俺はすぐに削除しようとした。





 差出人のところを見ると、奈良須可凜と書いてあった。


 俺の青春は未だどこか遠くにあり、その姿を見せてはくれない。

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