紹介
俺の妹、叶宮蓮子ははっきり言ってしまえばド変態だ。
人生という道に迷って、地図もコンパスもなくしている。
これはそんな妹と俺にまつわる、限りなくくだらなくて純粋なエピソードのひとつである。
◇
クラスの友人が、妹のことを紹介してほしいといってきたのは昼休みのことだった。
「頼むよ、叶宮。俺、割とマジなんだよ」
真剣な調子で、惣菜パンを片手に野球部員の鈴里が言う。
俺からすれば、あんな奴と付き合いたいなんて思考は割とマジでキチガイなんだが。
毎日飲尿させられそう。
健康にいいんだよ! とか言って。
いや、いくらなんでもそれは偏ったイメージだな、うん。
あいつだって四六時中おまるに跨っているわけではあるまい。
それこそちょっと前までは、普通にデートしたり家に男連れ込んだりして青春してたし……。
あれ、ほんとにそうだっけ。
彼氏にエロゲの台本朗読とかしてないよな……?
やばい。
最近のイメージが強すぎて、もう中学時代のあいつが想像できねぇ。
どうだったっけかな。
「1回、話してみるだけでいいからさ。お近づきになりたいってやつ、な、いいだろ?」
「まあ、いいんだけどよ。あいつのどこがそんな気に入ってるんだ?」
「やっぱり、黒髪ロングってのはいいよな。今時、珍しいし」
でもたまに風呂入ってなくて脂ぎってるぞ。
「それにほら、全然遊んでなさそうなところがいいじゃねーか。清楚って感じ」
部屋の中で小便する奴が清楚だったら、この世の中には清楚じゃない奴はいなくなるな。
「あー、あとほら、痩せてんじゃん? 割と大人っぽい顔してるし、モデルみたいじゃね?」
あいつに求められてるのはモラルだけどな。しかも最近太ったぞ。
友人の語る妹の美点、全部が全部突っ込みどころで流石の俺も閉口した。そうか、俺が今あいつに抱いている印象を真逆にすれば友人の気持ちもわかるってもんだな。
うん、パーフェクトだ。まさに理想の女性。蓮子がある日突然真っ二つに裂けて、中から出てきてくれないだろうか。
「分かった、まあ言っとく。今日の放課後でいいか?」
「よし、決まり! じゃあ、駅前のスターバックルで待ち合わせってことで」
「了解。あんまり期待すんなよ」
喫茶店での会合が決まり、友人は期待に目を輝かせて去っていった。
同時に昼休みが終わり、俺はため息を吐く。
『今日放課後、空いてるか?』
『空いてるよ! どうしたの? 愛の告白したくなったの?(ここでなぜかウンコの絵文字)』
『するわけねぇだろ。俺の友達が、お前のこと好きだってよ』
『へー。それで?』
『スタバで待ち合わせっていっといた。5時ぐらいでいいか?』
『おっけー(ここでもう一度ウンコの絵文字)』
と、そんなRINEでのやり取りを経て、俺と蓮子は喫茶店で向かい合っていた。
友人は15分後に来る予定。
蓮子はまた、随分と糖分が高そうなものを飲んでいる。
なんたらかんたらモカフラペチーノとかいうやつだ。
「太るぞ、蓮子」
「うち、いくら食べても太んなくてさー。もうちょっと肉付き良くてもいいかなーって思ってるんだけどねー。辛いわー、マジ辛いわー」
「嘘付け」
「そう思っていた時期がうちにもありました……」
「ど、ドンマイ」
蓮子は沈痛な表情を浮かべる。
そうだよな、中学生のときは本当にそうだったんだろうな……。
でも失われた過去はもう戻ってこない。
蓮子、大人になろう。
「そういえば、お前なんであんなしょーもない絵文字使ってたの」
「あの時ウンコしてたから」
「ぶふぉうッ!?」
「ウンコなう」
「呟かんでいい」
「いやー、まさかお兄ちゃんがうちのウンコのタイミングを見計らってメッセージ飛ばしてくるとは思わなかったよ。よっ、ウンコ名人!」
「ウンコウンコうるせぇ! コーヒー飲んでんだよこっちは!」
「うちも飲んでるよ」
「お、おう。それはそうなんだけどよ」
なぜか論破された。
言いようの無い悔しさと虚しさが俺の胸に去来する。
確かに、踏ん張ってるときに連絡した俺もタイミングが悪いとは思うが。
だからって、現実と絵文字を連動させる必要もないだろうに。
今から、こんな奴と付き合いたい人間が来るのか……。
そういう目で友人を見ると、もはや異星人としか思えない。
「おまたせ、時間合ってるよな?」
「おう、合ってるぞ」
そうこうしている内に、一旦家に帰って着替えたのだろう。随分と洒落た格好をした友人が登場した。俺たちが制服のままなので、やや浮いているかもしれない。
俺と蓮子を見比べて、おろおろとした様子で俺の隣に座る。
蓮子と、友人が向かい合う形だ。
さあ、知るがいい。
叶宮家の異端児にしてインターネット界の闇、叶宮蓮子の真実の姿を!
「初めまして。いつも兄がお世話になっています、蓮子です」
「あ、あぁ! 初めまして、兄貴の友人の鈴里ッス」
「あら。鈴里さん、その腕時計。駅前のファッションビルで買ったものですよね? 私、あそこのバッグ持ってますよ。好きなんですか?」
「そうそう。俺、小物系は全部あそこで買ってんだよね。よく分かるね、蓮子ちゃん! やっぱり服とか、結構こだわるんだ?」
「いえ、私、鈴里さんみたいにお洒落じゃないですよ。自分に見合ったものを、分相応に着るだけです」
「でも、蓮子ちゃんってスタイルもいいじゃん。何着ても似合うんじゃない?」
「ふふっ。なんですか、それ。お世辞なんていっても、何も出ませんよ?」
「お世辞じゃないって、マジで! 蓮子ちゃん、すっげー可愛いと思う。俺のクラスにも、好きだって奴多いよ」
「本当ですか? やだなぁ、もう。恥ずかしいですよ、やめてください」
「ほんとほんと! この兄貴の妹とは思えないぐらい!」
鈴里は俺の背中をバンバンと叩いてはしゃぐ。
後でぶん殴ろう。
というか、なんだこれは。
どうして俺の目の前で、あたかも普通の高校生カップルのごとき中身のない会話が繰り広げられてるんだ?
蓮子、どうしたんだ。
お前らしくもない。
下痢なうとか言ってくれ、なんか不安になるから。
「でも鈴里さん、どうして私に会いたいなんて言ったんですか? 彼女さん、やきもち焼いちゃいますよ」
「彼女なんて、いないから! 俺、蓮子ちゃんと話してみたくてさ。こいつが言うには、見た目と言動にギャップがあるとか抜かしてたから。嘘だろと思ってたら、やっぱり嘘だったよ」
「えー。何それ、お兄ちゃんひどーい。私、いっつもこんな感じですよ。鈴里さん、お兄ちゃんに騙されないでくださいね?」
「そうだぞ。なんで嘘つくんだよ、叶宮。妹さんを、俺に渡したくなかったってか?」
「もぉ、やめてくださいよ鈴里さん。私たち、そんなんじゃないですから」
「そりゃそうだ。叶宮と蓮子ちゃんじゃ、兄妹っつっても釣り合わないぜ」
「確かにそうかも。なんて嘘だってば、怒らないでよお兄ちゃん」
「あはははは!」
二人の談笑が、右耳から左耳へとただただ通り過ぎていく。
ああ、なんて哀れな子羊なんだ、鈴里。
お前が純粋無垢な視線を向けている、そいつ。
スカートの下に、おむつ履いてるんだぜ……。
それからしばらくして、鈴里は野球部をやめた。
同時期に、蓮子がやってるネトゲのキャラがやたらと強くなっていたが、多分偶然だろう。
……偶然だよな?




