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いつか見た景色

作者: もか

"グラヴィティプレス"


…とか、そういうかっこよさげな呪文を叫んだりしないんですか?


 初対面の少年(暫定)は、純粋に闇色の瞳を輝かせて首をかしげている。

 黒髪に黒い瞳、黒いパーカーに、丈の短い黒の短パン。履いているブーツまで黒で統一されているのに、それと対照的なまでに病的な白い肌。顔立ちは中性的で、少年だと思ったのは直感でしかなかった。

 笑顔を絶やしたことなどない。むしろ笑顔以外の表情を知らないのだと物語っているかのような、晴れやかな笑顔。

 目の前では自分の仲間たちが目に見えない力に押しつぶされかけているというのに、だ。


「お前、もっと他に言うことがあるんじゃないのか?」


 胸の前で腕を組み、地面にひれ伏す数人の男たちの方を顎で指し示す。それに従って視線を俺から彼らの方に移し、たっぷり数秒かけてから、得心したようにポンと手を打った。


「彼らとはそこで知り合ってお金と引換についてきてもらって護衛の真似事をしてもらっていただけです。死んでも痛くも痒くもありません」


「いや、そうは言うがな……」


 そこで知り合った、と言ってすぐそこのコンビニを指差し、軽い口調で述べ、他人だからどうでもいいとばっさり切り捨てる。

 切り捨てられた方はたまったものではないだろうが、この俺に斬りかかってきておいて無事に帰れると思われるのも癪だ。哀れみの念は抱きつつ、無傷で帰らせるつもりもない。

 呆れ混じりのため息をつきながら、こちらの言葉を待つ少年を見下ろす。


「どうして奴らを俺にけしかけたんだ? 狙いは何なんだ」


「やだな、まだ僕の質問に答えてもらってないです」


 それまでは僕に答える義務は発生しません。これは取引です。

 立場というものを理解していないのかこいつは。俺はいつでも警察に突き出せるんだぞ。と言いかけて、直感めいたものを感じて止める。


「俺の力に名前なんてない。そもそも力を使うときにその名前を叫ぶという行為自体が無意味で無駄で面倒くさい。実際に戦争に行った戦士が、敵国の兵を殺すのにわざわざ自分がこれから何をするのか高らかに宣言して斬りかかると思うか? 自分の手の内を晒しているようなものだぞ。そんな愚行は物語の中くらいだろう」


「あはは、それもそうですね。それで、僕がどうしてけしかけたのかっていう質問の答えですけど」


 誠意のつもりだろうか。こちらが聞き直すまでもなく、自分から話し始めた。まあ、そもそもその要件のためにけしかけたのだから、むしろ自分から率先して話したいくらいだろう。

 グラヴィティプレス――と、少年が呼称した力――を解除し、突然軽くなった自分の身体に戸惑う男たちを無視して少年に向き直る。


「助けて欲しいんです。Noneを」


「Noneだと? どうして俺が――いや、そうか。わかった」


 突然の救助依頼にピクリと眉間に皺を寄せる。だが、すぐに先刻の直感めいたものの正体に気付き、頷いた。


「さすがです。魔法の件も含め、僕の感知能力も捨てたものじゃなさそうです。それじゃあ、よろしくお願いします。――"要"さん」


 ニコリと微笑むと、少年は突然何か憑き物でも抜けたように全身の力が抜け、その場にくずおれた。


「――ああ、そうだな」


 もはや常人の耳には届かない声に相槌を打つ。

 重力から解放され、逃げ帰ればいいものを、無謀にも背後から斬りかかってきた男の刃をわずかに重心をずらすことで躱し、鉄骨入りの靴の踵で逆に相手の背に回し蹴りを繰り出す。鈍い音と共に崩れ落ちた男の悲鳴を無感動に聞き流しながら、自分にしか聞き取れない声に応えた。


「人間の身体っていうのは面倒くさいな。何でもかんでも自分で動かないと何もできないなんて心底面倒くせえ」


 お前もそうだろう?

 何もない宙に向かってそう尋ねると、思わぬ返答が返ってくる。わずかに驚愕するが、それは笑いとなって喉を震わせる。


「そうか、それは都合がいい。俺の代わりに雑務をこなす奴が欲しいと思ってたしな。いい機会だ」


 あたりの気配がわずかに変わる。


「ああ、掬い上げてやる。その代わり、お前は俺の――」


* * * * * * * * 


「要さん! 掃除くらい自分でやってください」


「それはお前の仕事だろう。お前言ってたじゃねえか。『自由に動ける身体が欲しい。この子の身体を借りて感じた世界の広さは、えも言われぬ感動を覚えた。体を動かせるなら、何をやっても楽しいだろう』って」


「僕だって忙しいんですよ」


「それらを全てこなして初めて一人前だぞ。早く一人前になりたいと思わないのかお前は」


「当然のように言わないでください。僕は暗殺組織の一員であってこの屋敷の丁稚奉公になったつもりは」


「それで、今日の晩飯は?」


「春野菜のパンキッシュです」


「お前の作る飯が一番美味いからなー。お前の飯じゃなかったら俺、飯食わねえわ」


「いくらそれで死なないからって言っても、人として気持ち悪いからちゃんと食べてください」


「きも……お前、最近ちょっと生意気になったな」


「そんなことないですよ。要さんのことを想っての忠告です。ああほら、要さん掃除の邪魔だからそこどいてください」


「お前は俺の母親か何かなのか?」


「? 要さんが僕の親代わりじゃないですか。何を変なことを……」


「……まあいいや。今日も夜の仕事、抜かるなよ。全力で火と油を注いでこい」


「はいはい、わかってますって」


「反抗期か? 零」


「よしんばそうであったとしても、僕をNone(存在しないもの)から零(無限の可能性)に掬い上げてくれた要さんに、そんな無意味に生意気なことをするわけないじゃないですか」


 尊敬はしているし感謝もしている。だけどそれとこれとは別問題だ。そんな態度で接してくる息子兼弟子の反抗期に、確かな成長を感じ嬉し――否、全く感じない。ただ憎たらしいだけだ。

 本業である夜の仕事の前に雑務をこなす零の、イラついた笑顔を無視して窓の外を眺める。今日もそこかしこで変な穴が開いている。行方不明者の報告も聞いていたが、面倒だからと聞き流していた。これまでがそうであったように、これからも何人か失踪するだろうが多少の犠牲は仕方のないことだ。

 遥か彼方で交わる海と空の境界線は今日も青く、変わらない日常をものの見事に表現していた。

 俺がパンキッシュを口にするのはそれから随分先のことだった。

初投稿ということで何を書こうかと考えた結果、中途半端なものを投稿してしまったこと、もうしわけありません。読んで下さりありがとうございました。

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