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大好きな彼女  作者: 武村 華音
3/33

海:14-2

直接会った事も、話した事もない彼女。

気付いて欲しいとか愛して欲しいとかは望まない。

だって……彼女は手の届かないひとだから。






 あの言葉を聞いてから祥平の店に何度も足を運んだ。

 彼女の来る日を狙って、頻繁に……。


 平凡な顔立ちだと思っていた彼女が、誰よりも可愛く見えるようになっていた。

 落ち込んで店に行っても、彼女を見ているだけで元気になれた。

 苛々していても、彼女を見るだけで穏やかな気持ちになれた。


 彼女の笑顔と彼女の声……。

 同僚達を励ましたり、褒めたり、他愛無い話をして楽しげに笑う。


 いつの間にか、そんな彼女ばかりを見ていた。

 俺に向けられているわけではないけれど、彼女の言葉がいつも俺を励ましてくれた。

 その声が、笑顔が……俺を癒してくれていた。


「お前……彩ちゃんばっか見てるのな」


 祥平が俺の頭を軽く叩く。


「不思議だけど、彼女を見てると落ち着く。元気になれるんだよね」


 祥平はクスクスと笑った。


「お前、彼女いないの?」

「いないよ」

「前の女どうした? カメラマン」

「食われただけだよ。アレは彼女じゃない」


 情報古過ぎ。

 それ14の時の話だから……。


「お前あの女に筆下ろしされたの?」

「煩いよ、もう7年も前の話でしょ。さやかサンとは3年くらい会ってないよ」


 俺は溜め息を吐いた。


 なんでそういう話になると楽しそうなんだろ……。


「そういうトモダチはいないのか?」

「いないこともないけど?」

「けど?」

「最近は何かそんな気にならない」


 彼女の事ばかり考えてる。


 彩さん、週に3回祥平の店に来る常連……。

 それしか知らない。


 なのにどうしてだろう?

 彼女が頭から離れない……。






「カーット! どうした海君?」


 俺は撮影中であった事に気付き苦笑した。


「……あ、すんません」

「頼むよぉ、時間押してんだからさぁ~」


 たった1回NG出したくらいで厭味?

 文句なら他の奴らに言えっての。

 俺がどれだけ出番待ちしたと思ってんのさ?


 腹が立って俺はスタジオを出た。


「海……!」


 柴田さんが追い掛けて来る。


「どうしたの、今日おかしいわよ?」

「別に……あの監督が嫌いなだけだよ」


 俺は溜め息を吐いた。


「あぁ……彩さんに会いたいな……」

「彩さんって……?」


 しまった……声に出てたらしい……。


「さぁ……知らない人」


 嘘ではない。


「この後の予定は?」

「夕方まで撮影で雑誌取材3本と夜はCM撮りとポスター撮り。終了予定は26時ね。明日は5時から撮影開始よ」


 また会えないのか。

 こんな日こそ彼女に会いたいのに……。


 俺は再び溜め息を吐いた。






 彼女を見るために通い始めてどのくらいになるだろう……?


 今日も俺の目の前で彼女は笑っている。


「あ、もう9時か……そろそろ帰るわね」

「何、男?」

「厭味? どうせモテませんよっ」

「いないってのが不思議なくらいだよ。俺立候補してもいい?」


 同じテーブルの男が笑顔でそう言った。


 すると、周囲のテーブルからも手が上がる。


「俺も立候補!」

「俺もっ!」


 彼女は苦笑するだけで彼らの言葉を聞き流す。


 俺も手を上げたい……。


 祥平が俺を見ながら笑っていた。


「何さ?」

「いや、お前があんまり羨ましそうに見てるから」

「うん、羨ましいよ。俺も彼女と同じ席で飲んでみたい」

「そりゃ無理な注文だな。お前が見つかるだけで店は大混乱になる」

「無理だって事くらい分かってるよ」


 見てる事しか出来ない(ひと)だという事は分かっている。

 彼女とは住んでいる世界が違うという事くらい……分かっている。

 俺には彼女が眩し過ぎる。

 彼女のいる世界は俺の手が届かない場所にあるのだという事は充分に分かっている。


 だから辛いのだという事も……。


 彼女と一緒に来た男達が楽しそうに彼女の話をしていた。

 彼女が帰ってからも彼女の話で美味しい酒が飲めるのだから羨ましい。

 彼女の周りの人間はきっと彼女を大切にしてるのだろう。


 俺の手の届かない(ひと)……。

 分かっているけど、それでも来てしまう。

 彼女のパワーを分けて貰うために。

 それくらいは許される範囲だろう。


 本当の俺を取り戻すためにはどうしても彼女の笑顔が必要なのだ……。






「海?」

「ん?」


 柴田さんの声に俺は顔を上げた。


「最近どうしたの? 何か変よ?」

「ん、そうかも……俺狂いそう……」


 柴田さんが驚いた。


 そうだよね、驚くよね……。


「ここ最近、彩さんに会えないんだ……」


 彼女があの店にいる時間、俺は仕事中。


「ねぇ……彩さんって誰なの?」

「だから知らないってば……ただ遠くから見ることしか出来ない(ひと)だよ。いっつも笑ってて周りの人を励ましたり楽しませてる。彼女を見てると元気になれるんだ。俺もあの輪の中に入りたいなぁなんて思いながらいつも見てる……あ、無理な事は分かってるからさ……心配しなくても大丈夫だよ」


 あぁ……泣きたくなってきた。


「それって最近よく行ってる飲み屋のお客さんか何か?」

「うん、そう……彼女に会いたくて行くんだ。でも、彼女9時位に帰っちゃうし……」


 柴田さんは黙って俺の話を聞いていた。


 会いたいよ……彩さん。


 車に乗り込んでも柴田さんは何も言わなかった。


 まぁいいや。

 何か言って欲しくて話したわけではない。

 俺は決められた仕事を決められたようにこなすだけ。


 彼女の姿を見れないまま2ヶ月が過ぎていた。


 乗り込んだエス●ィマの後部座席で目を閉じる。


 彼女はどんな顔をしていたっけ?

 どんな声をしていたっけ?

 もう思い出せないよ……。


 遠くで見るだけで構わないから。

 彼女に会いたい……。


「海、起きて着いたわよ」


 柴田さんがやっと口を開いた。


 着いたのか……。


 目を開けて閉じられたカーテンを少し捲る。


「柴田さん……?」


 ここ……新橋駅じゃないの?


「2時間だけよ。近くで待機しとくから連絡しなさい」


 柴田さんの声は優しくもないし気遣ってくれるでもない、それどころか冷たささえ感じる。

 苦労して予定を空けてくれたのかもしれない。


「ありがとう柴田さん! 大好き!!」

「9時にここに来る事。いいわね?」

「うん!」


 俺は急かされるように祥平の店に向かった。


「祥平いる?」


 いつものように裏口から入って祥平の姿を探す。


 相変わらず繁盛してるなぁ……。


 柴田さんが連絡してくれていたらしく、俺は顔馴染みの店員にいつもの座敷に案内された。

 座敷に足を踏み入れた瞬間、彼女の声が聞こえた。


 俺はいつもの席に腰を下ろして彼女を見つめた。

 止まっていた血液が循環を始めるように安堵感が体中に染み込んでいく。


 彼女の顔を見て声を聞いただけなのに……。

 不安も不満も負のもの全てが洗い流されていく。


 彼女がいる、喋っている、笑っている……。

 たったそれだけの事が嬉しかった。

 そして同じくらい寂しかった。


「海?」


 祥平の声の方向に顔を向けると驚いた顔をされた。


「何……泣いてんだよ? 何かあったのか?」


 泣いてる?

 誰がさ?


 自分の頬に触れると指先が濡れた。


 俺……泣いてるの?


「ダサッ……何泣いてんだろ……俺ヤバイね……」


 自分自身でも泣いている理由が分からない。

 ただ、目の前の彼女の笑顔がとても眩しかった。


 俺の手の届かない(ひと)……。

 その彼女を暫く見つめて気が付いた。


 直接視線を合わせた事も、会話をした事もない(ひと)なのに……。

 俺は彼女に心を奪われている。


 彼女が……彩さんが好きなんだ―――――。

 だからこんなに苦しかったんだ……だからこんなに会いたかったんだ―――――。


 そして……気が付いた事がもう1つ。

 こんな感情を抱いたのは生まれて初めてだったという事。


 笑われるかもしれないけれど……20歳の初恋だった。



ご覧頂きありがとうございます。


やっと「彼女」に会えました。

ここからはご存知の展開ですね。

本当に出会いが偶然だっとは……。


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