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大好きな彼女  作者: 武村 華音
29/33

その後の二人(海):8/12

撮られた海。

不安なままマンションに帰宅しました。

柴田さんが話をするとは言ったけど……。






 部屋に入っても落ち着かない。

 だからといって盗み聞きする趣味もない。


 仕方なく紅茶を淹れて今日貰った台本を読み始めた。

 勿論、頭になど全く入ってこない。


 暫くして柴田さんが俺の部屋に入って来た。

 その顔はいい結果ではない事を物語っていた。


 正直、そんな気はしていた。


「彩さん、何だかこっちの話聞いてないみたいに思えたわ」


 そうだろうね。

 信じてもらえなかったのかな……。


 クローゼットを眺めながら溜め息を吐く。


「でもね、海と付き合うならこういう事も理解してもらわなきゃいけないと思うの」


 柴田さんの言葉は尤もだ。

 これから先もこういう話はくるに決まっている。

 今回のように断れない事も少なくないだろう。

 本当はそのくらい分かっている。

 でも、出来るだけやりたくない。


「時間をおいて俺も話してみるよ」


 聞いてもらえるか分からないけどさ……。

 おそらく今日はもう無理だ。


「3時に起こしに来るわね」

「うん、ここにいるから」


 多分彩さんは今、俺の顔など見たくないだろうから。

 彼女が眠った後、顔を見に行くくらい許されるだろうか?


 俺は台本を読みながら隣から物音がしなくなるまでただ待つ事しかできない。


 隣からガタガタと物音が聞こえて。

 その後、リビングが静まり返った。

 おそらく寝室へと向かったのだろう。


 俺は彼女が眠るまでの間この部屋で我慢する事にした。


 しかし深夜、彼女の顔を見に行こうとしたら……クローゼットが開かなかった。

 あの物音は家具を移動させた音だったのかもしれない。


 そんなに俺に会いたくない?


 俺は暫くの間クローゼットの前から動く事が出来なかった。






「あんた……寝てないの?」


 部屋にやって来た柴田さんは俺を見て困惑していた。


「寝れなかったんだ」


 クローゼットを閉鎖された事がショックだった。


「彩さんに会えたの?」

「クローゼット押してみたら分かるよ」


 俺はそう言ってシャワーを浴びるために浴室に向かった。

 彩さんもショックだったのかもしれない。

 この1年、こんな仕事を受けていなかったから彩さんは仕事だなんて思っていないかもしれない。


 俺の気持ちはいつだって彩さんに向いているのに、それを信じてもらえない事がショックだった。


 いつだって本気で好きだって言っているのに。

 いつだってどんな時だって彩さんが恋しいのに……。


 壁を叩き割って隣に行きたい。

 そうできたらどんなにラクだろう。

 でも、そんな事をしたらきっと彼女は部屋に帰って来なくなる。


 彩さん……会いたいよ。

 抱きしめたいよ……。


 あれは仕事なんだよ、俺の意思なんかじゃない。

 あんなのやりたくなんかないんだよ。


 どうしたら信じてくれるのさ?

 どうしたらいいのさ?


 ねぇ、教えてよ彩さん……。


 シャワーを浴びた俺は柴田さんが用意した服に袖を通して、後ろ髪を引かれる思いで仕事に向かった。


 その日1日が長く感じた。

 NGも連発した。

 取材中も上手く質問に答えられなかった。


 どうしても彩さんが頭から離れない。


 浮気者だと思われてるかもしれない。

 嫌われてしまったかもしれない。


 もう会いたくないと思っているかもしれない。

 出て行ってしまったらどうしよう……。


「……い……海!」


 柴田さんの声に俺は顔を上げた。


「ちょっと、大丈夫なの?」


 気が付けば撮影スタッフが俺を囲むように立っていた。


「あ……ゴメン」


 撮影中だった事にも気付いていなかった。

 自分がちゃんと台詞を言えていたのかも分からない。


「ちょっと休んでもらって他のシーンから撮ろう」


 監督が溜め息を吐く。

 スタッフ達がその声で一斉に動き出した。


「すみません……」

「珍しいね海君」


 監督は俺の中の不安を見透かすように見つめてきた。


「若い頃は色々あるよ。やっと人間らしくなってきたんじゃないか?」


 意外にも監督は怒ってなどいなかった。


「今の人間らしい海君も嫌いじゃない。でも、今回の役でそれはいただけないかな」

「すみません……」

「望月 海の仮面を被れたら撮影を再開しよう」


 監督はそう言って俺の肩を軽く叩いた。


 望月 海の仮面……?!


「あの、監督……っ?!」

「大丈夫、君がそんな大役を演じてるなんて他の誰も気付いてないよ」

「バレてるなんて大根役者じゃん俺……」


 人の事言えないな……。


 小さな声で呟いた筈だった。


「僕は撮るのが仕事だから分かるだけ。君は立派な俳優だ、自信を持っていい」


 好きな監督からのそんな言葉も今日は素直に喜べなかった。






 柴田さんは仕事をキャンセルして俺をマンションに連れて帰って来た。

 だからと言って俺を責めるような事は言わない。


 事務所からクレームが来たようだが、柴田さんは“文句なら社長に言いなさいよ! 全部社長のせいなんだから!”と逆ギレ気味だった。

 事務所内で柴田さんに逆らえる人などいない。

 社長でさえ無理を言えないくらいだ。


 多分俺の気持ちも分かってくれているのだろう。

 それだけでも救われたような気分だった。


 俺の気持ちも、彩さんの気持ちも分かるからこそ、柴田さんは苦しんでいる。

 俺を商品としてではなく人間として見てくれる(ひと)


 俺の事で悩んで苦しんでいる柴田さんを気遣ってあげられない自分が情けなかった。

 守ってあげたい2人を苦しませる事しかできない自分が情けなかった。


 事情を知らない人はきっと今日の俺を見て使えない役者だと思ったに違いない。


 だけど、どうしようもない。

 俺にとっては凄く大きな問題なのだから……。


「着いたわよ」


 柴田さんは車を停めて声を掛けてきた。


「ゴメンね、柴田さん」


 それ以外の言葉が見つからない。


「あんたの気持ちも分からなくはないけど、明日はもう少しマシになってて欲しいわね」


 それはどうかな……。


 返す言葉が見つからない。

 嘘は吐きたくない。

 嘘を吐いたところでバレているとは思うけれど。


「取り敢えず今日はもう休みなさい」

「うん、そうする」


 エレベーターに乗って途中で柴田さんと別れ、自分の部屋のある最上階に辿り着いた。


「お疲れ様です、望月さん。今日は珍しく彩さんの部屋にお客様が来てますよ」


 警備員はにこやかに話す。


 客?


「どんな人?」

「男性ですよ、彩さんの彼ですかね?」


 その瞬間、頭に浮いたのはあの男の顔。

 世界一嫌いなアイツ。

 誰よりも彼女の傍にいる、最も羨ましくて嫉ましい奴。


 早足で彼女の部屋に向かい、勢いよく玄関を開け放つ。


 その瞬間、慌てて離れた2人がしっかりと見えた。


 今……何してたのさ?


「あんたここで何してんのさ?」


 やっぱりイタリア野郎だった。


 俺は目の前の男の襟首を掴んだ。

 このまま殴り飛ばしたい。


「彩ちゃんを泣かす男にとやかく言われる覚えはないね」


 イタリア野郎はそう言って簡単に俺の手を掴んで捻り上げた。

 軟弱そうに見えて結構な力だ。


 やっぱりコイツは本気で彩さんが好きなんだ……。


 冷静そうに見えてイタリア野郎の目は怒りを含んでいる。

 その証拠に捻り上げた腕にジワジワと力が込められていく。

 遠慮など全く感じない。


「伊集院君やめて……っ」

「君が一般人なら俺は遠慮なく顔に1発入れるところだ」


 へぇ……意外にもマトモな事言うんだ……?


「明日も彩ちゃんが会社に来なかったら誘拐するから」 


 明日もって何……?

 誘拐?

 それってどういう事さ?

 彩さんを連れて雲隠れでもする気?


 イタリア野郎は掴んでいた手を乱暴に放して部屋を出て行った。


 彩さんが空気が抜けたようにヘナヘナと座り込む。


「彩さん……?!」


 貧血か何かだと思った俺は手を差し出した。


「……って……」


 え?


 小さな声できちんと聞き取れなかった。


「彩さん、俺……」

「出て行って!」


 彩さんは顔を上げる事なくそう言った。

 叫ぶような声で。


 拒絶された……?


「……じゃあクローゼットの前に置いてる物退けてよね。それが条件。うんって言ってくれたら帰る」


 そうでもしないと帰れない。

 彩さんときちんと話がしたい。


「……分かったから、出て行って」


 彩さんの言葉を聞いて、約束通り部屋を出た。

 扉が閉まると同時に鍵が掛けられチェーンまで掛けられたような音がした。


 俺は約束を守ったのに、その日クローゼットを開ける事は出来なかった。

 彩さんは約束を守ってはくれなかったのだ……。






 週刊誌が発売され、報道陣に追い回される破目になった。


 毎度やらせだと分かっていながら追い掛けて来る。

 ネタ不足なのも困ったものだ。


 正直、放っておいて欲しい。

 それでもそんな事が許される筈もなくて……。


 祥平の店にも行けないから彩さんの姿を見る事も出来ない。

 毎晩クローゼットが開くか確認しているが、開く事もなくて。


 開けられないクローゼットの前でただ謝るしかなかった。

 その声が彩さんに届いているのかどうかも分からないけれど、出来る事はそれくらいしか思い浮かばなかった。


 あの日から何日経ったのかも分からない。

 どんな仕事をしたのかも覚えていない。

 俺の頭の中は彩さん以外の事が全く考えられなくなっていた。


「海。さすがにマズイわよ、そろそろちゃんとしてくれないかしら?」

「出来たら苦労しないよ……俺だってこんな自分嫌いだ。でも……どうしようもないんだ」


 彩さんの姿……もう何日見てないのだろう?


 壁の向こうにいると分かっているのに。

 なのに……会えない。


「柴田さん、辛いよ俺……どうしたらいいんだろ?」


 どうしたら彩さんは分かってくれるのだろう。

 どうしたら許してくれるのだろう?


「……今日1日頑張れたら少しだけ手助けしてあげる」


 柴田さんの言葉に俺は顔を上げた。


「何情けない顔してんのよ?」

「本当?」

「私、嘘は嫌いよ。ただ、確実に好転する約束は出来ないわよ?」


 それでも充分だ。

 今の状況を変える事ができるのならばそれでいい。


「分かった。俺、頑張る」


 彩さん、お願いだから出て行かないで。

 俺には彩さんしかいないんだ。


 その日、周囲が驚くほどいい演技が出来た。

 久々に仕事をしたという気持ちになれた。


 俺は彩さんに会うためにしか頑張れないのだと改めて感じた。

 撮影所の片隅で柴田さんは携帯を開いて何処かに電話をしていたようだけれど、何も教えてもらえなかった。


「今日は調子いいね海君、勢いでもう少し撮っちゃおうか」


 ここ最近、俺が足を引っ張ってたのは分かっていた。

 スケジュールも合わせるのには限界がある。

 このままでは予定の日までのクランクアップが難しい事にも気付いていた。


 俺のせいで作品を潰すのだけは避けなければいけない。

 事務所にも柴田さんにも迷惑を掛けてしまう。


「お願いします」


 力強く答えると監督やスタッフが笑顔で頷いた。

 柴田さんもスタジオの隅で微笑んでいた。


ご覧頂きありがとうございます。


海君、ヤバイです。

仕事できてません。

この時の仕事、後から見たら驚くだろうなぁ。


この空気嫌だな〜。

パパッと片付けたいね、パパッと。

でも、何で海編って長くなるんだろう?

腕のなさは自覚済みだけど、柴田色が強いからってのもあるのかなぁ……。

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