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大好きな彼女  作者: 武村 華音
28/33

その後の二人(海):7/12

さぁさぁ嵐がやって来ましたよ。







 撮影は順調に進んでいた。


 この調子なら予定通りにクランクアップを迎えられそうだ。

 予定通りならば4日間のオフ……のはず。


 彩さんとゆっくり過ごせると思うと頬が緩む。


「海」


 柴田さんの拳骨が俺の髪の分け目に見事に入った。


「っ……! 柴田さん?! 何なのさ?!」

「ニヤけてんじゃないわよ」


 ニヤけてなどいない、と反論できないのが妙に悔しい。

 付き合いの長い柴田さんのは俺の表情の変化に敏感だ。


「撮影の時笑えって言われても知らないわよ」


 それは嫌だ。


 俺は手で頬を叩いて気合を入れる。


「仕事中は仕事の事だけ考えなさい」


 それは無理だ。

 待ち時間が長過ぎる。

 待ち時間の間ずっと仕事の事考えていたら疲れてしまう。


 俺は畳の上に寝転んだ。


「早く撮影終わらないかなぁ……ねぇ、まだなのかな? 見てきてよ柴田さん」


 今回新人で大役をもらった人はいない。

 撮影がスムーズなのはそのお蔭かもしれない。


 柴田さんは大きな溜め息を吐いて扉に手を掛けた。


「え?」


 柴田さんの声に俺は身体を起こして扉に視線を向ける。

 柴田さんの手を離れ、ゆっくり扉が開くと事務所の社長……菊池 敦氏の姿が見えた。


「社長?」


 どうやら柴田さんにも知らされていなかったようだ。


「海君、元気そうだね」


 社長は室内に入って来ると靴を脱ぐ事なく、畳に腰掛けて微笑んだ。

 当然、柴田さんも控え室に留まる。


「どうなさったんですか? 社長が現場にやって来るなんて?」


 社長に尋ねる柴田さんの顔は何故か険しい。


 確かに社長が現場に来るのは稀だ。

 俺がこのプロダクションに入ってから、記憶が正しければ3回目。

 そして、必ず嫌な話を持って来る。


「海君にお願いがあって来たんだ」


 口調は優しく穏やかだが“お願い”といえば拒否権などない社長命令。

 俺は不機嫌を隠す事なく社長を睨み付けた。


「この撮影がクランクアップなったら、すぐに次のドラマ撮影が入ってるよね?」


 撮影が始まると言っても、顔合わせや本読みなどがあるので実際に撮影に入るのは少し先。

 しかし、そんな屁理屈を言っても仕方がない。


「だから? 何が言いたいのさ?」


 社長はわざわざそんなくだらない事の確認に来たわけではない。

 付き合いが長い分分かりたくなくても分かってしまう。

 でも、違っていて欲しい。

 そう願ってしまうのは彩さんという大事な(ひと)がいるからだ。


「野々(ののはら) 沙織(さおり)と撮られてくれないかな?」


 社長の言葉に……予想通りの言葉に俺は顔を顰めた。


「そういうの嫌だって言ったじゃん」


 彩さんが誤解するような事は避けたかった。

 だから、あの日から……彩さんと想いを通わせた日からそういう話は全部断ってきた。


「今回のは大手で断りきれないんだ。仕事だと思って諦めてくれないかな?」

「そう言っといて次から次へとこんな話ばっかり持って来るんでしょ? 嫌だよ」


 彩さんと付き合っている事は社長も知ってるのに。

 社長の奥さんも昔は女優だったのだから彼女の気持ちも分かっている筈なのに。


 俺は社長を睨んだまま黙り込んだ。

 控え室の扉がノックされてスタッフが顔を覗かせる。


「望月さん、お願いしま……す」


 俺が睨むようにスタッフを見ると、そのスタッフは柴田さんに視線を移した。


「ごめんなさいね、ちょっと立て込んでて……すぐに連れて行きますから」


 俺はテーブルを叩いて立ち上がった。


「絶っっ対に嫌だ。絶対やらないからね」

「海、社長命令よ」

「だったら辞める、今すぐこんな事務所辞めてやる!」

「海!」


 控え室を出ようと靴に足を突っ込むと柴田さんが俺の腕を掴んだ。


「あ、先に行ってて下さい。すぐ連れて行きますから」


 柴田さんは戸惑うスタッフに微笑んで扉を閉めた。


「何なのさ?! 俺、柴田さんにも言ったよね?! こんなのは嫌だって!」

「だから今まで断ってきたんじゃない! あんたが彩さんと付き合い始めた時から今日までなかったんだからあんただって分かってんでしょ?!」


 分かってるよ、本当は分かってる。

 柴田さんがずっと拒否してくれていた事くらい。

 でも、嫌なんだ……。


「都内の韓国料理店に予約を入れてあるから、柴田さんよろしくね」


 既に手配済み……。


「これで彩さんが誤解したら責任取ってよね」


 俺は社長を睨みつけて控え室を出た。


「海!」


 呼ばれたって振り返ったりしない。


 彩さん……信じてくれるよね?

 仕事だって分かってくれるよね……?


 俺の心は、彩さんを失うのではないかという不安で押し潰されそうだった。






「まさか海君とこうやってデートできるなんて思わなかった」


 目の前には野々原 沙織。

 結局、連れて来られてしまった。


『海は辞めるって簡単に言うけど、契約期間中に勝手に辞めれば違約金が発生するわよ? 借金背負うのは勝手だけど、それに彼女を巻き込むのはどうかしらね? それに無職になったらきっと彩さん愛想尽かすでしょうね。彼女真面目だからヒモとかそういうの嫌いだろうし……そう思わない?』


 柴田さんはズルイ。

 彩さんの事を出されると断れなくなると分かっていて言うのだ。


「デートって……仕事の間違いじゃない? 少なくとも俺は仕事で来てるんだけど?」


 目の前の女がどういうつもりで来ているかなんて関係ない。

 俺には“次回の共演者”以外の何者でもないのだから。


「仕事かぁ……海君はいつもそうなんだってね。ねぇ、どんな人が好みなの?」


 間違ってもあんたじゃない。


「癒してくれるような人」


 グラスの中のマッコリを揺らしながら呟く。

 彩さんの姿が脳裏を掠める。


 俺には彩さんだけだよ。


「癒すって何?」

「野々原サンさ、俺に何が訊きたいわけ?」

「私じゃ無理? 海君を癒してあげられない? 今夜一晩付き合ってくれれば充分に分かってもらえると思うんだけどな」

「無理、絶対に無理。地球上から重力とか酸素がなくなっても無理。やるだけ無駄」


 俺を癒せるのは彩さんだけだから。

 何も訊かず、望月 海斗を寛がせてくれるのは彼女しかいない。

 彩さん以外の女なんて興味ない。


「随分はっきり言ってくれるのね。そういう人いるの?」


 ……この女、俺を潰す気か?

 週刊誌にでも売る気?


「いないね。そんな人がいたら絶対に俺ここ来ないし。理想が高過ぎるのかもね」


 グラスを口に運びながら正面の壁に掛けられた時計に視線を移す。


 もう9時か……。

 彩さん、ご飯作って待ってるかな?


 そんな事を考えている俺の手は食事も拒んでいる。

 目の前のユッケやキムチ、チヂミも大好きなのに、食べる気にならない。

 焼肉の肉も勿体ないくらい残っている。


「私で妥協しない?」

「したくない。そういう事に妥協っておかしいでしょ。俺は慌ててそういう人を探してるわけじゃない、気長に待つよ」

「私から見たら海君は満点なんだけどな」

「俺から見たら野々原サンは30点かな」


 顔は綺麗だし、演技は上手いし、頭も悪くなさそうだ。

 各10点、合計30点ってとこでしょ。


「そんなに点数低いのかぁ……」

「ゴメンね、正直で」


 野々原サンの顔は明らかに引き攣っていた。

 女優のプライドなのか、上辺だけは平静を装っているけれど……多分相当怒っている。

 テーブルの上で握りしめた手が小さく震えているのがその証拠だ。


「あら、海君?」


 聞き慣れた声がした。

 振り返った先には祥平と由香さんが立っている。

 久々に見るツーショットだ。


「珍しいトコで会うな」


 祥平は目の前に座る野々原サンに一瞬だけ目を向けてから俺の肩を叩いた。


「祥平こそ何してんのさ?」

「由香とデート。見て分かるだろ」


 確かにそうなんだろうけど、さ……。


「お前は仕事中みたいだな」

「うん。でも、もう終わるよ。そうでしょ、野々原サン?」


 野々原サンは俺を睨むようにして立ち上がった。


「そんな綺麗な人達に囲まれてたら海君の理想が高過ぎるのは頷けるわね」


 野々原サンはしっかりと伝票を残して去って行った。


「サンキュ、祥平」

「最近の女は公の場で堂々と言うよな。羞恥心ってものが欠如してるとしか思えん」


 ん……?


「何を?」


 っていうか、見てた?

 ずっと?


「あれって明らかに夜のお誘いだろ。お前自身よりもお前の身体目当てっぽいよな」


 まぁ、確かにそうなんだけど……。


 おそらく情報源は由香さんだろう。

 同じ事務所だからこういう情報は仕入れやすいし。


「で? 先回りして俺を見てたわけ?」

「だって楽しそうじゃない」


 由香さんは本当に楽しそうに笑っている。

 俺がお持ち帰りするか翔平と賭けてたかもしれない。

 由香さんってそういう人だし。


「来たくて来たんじゃないよ。社長命令」

「だろうな」


 祥平は彩さんを知っているけれど、由香さんはきっと知らない。


 週刊誌に載るという事は彩さんが確実に知ってしまうという事。

 黙っておける事ではない。


 きちんと説明しなきゃ……。


 俺は携帯を取り出して柴田さんに電話を掛けた。


「もしもし、柴田さん? 終わったよ」


 力のない声で俺が告げると、いつもの台詞が返って来た。


『駐車場にいるわ。領収書貰って来なさいね』

「分かってるよ」


 俺は携帯を切って溜息を吐いた。


「柴田さんが待ってるから帰るね」


 携帯を畳んでポケットに入れ、伝票を持って立ち上がる。

 祥平は何か言いたげな顔をしていたが、由香さんが一緒だからなのか結局は何も言わなかった。


 店の前の駐車場に事務所の車が停まっている。

 珍しく柴田さんは車の中らしい。

 俺は自分でドアを開けて車内に身体を滑り込ませた。


「当然やって頂けますよね。YES以外の言葉は聞きませんから」


 柴田さんは不機嫌全開の声でそう言って一方的に電話を切った。


 そして、仕事道具とも言える携帯を助手席に投げつける。

 携帯は座席でバウンドして助手席の下に転がったが、柴田さんは拾う事なく車を発進させた。


「今の誰?」

「社長」

「何の話?」

「あんたには関係ない」


 絶対に関係ない事ないと思うけれど……俺以上に機嫌の悪い柴田さんにそういうツッコミが出来る状況でもない。

 俺は黙ってシートに身体を預けた。


「柴田さん、もうあんな話受けないでよね」

「私が断ったから社長が直接来たんでしょ」


 確かに……。


 どちらも口を開かないまま時間だけが過ぎていく。


 柴田さんの携帯が鳴り出した。

 なのに柴田さんはその携帯を拾おうとしない、というよりも車を停める気もなさそうだ。

 完全にシカト。


 社長相手にそれが許されるんだろうか?

 まぁ、柴田さんだから許されている気はするけれど……。


「彩さんには私が会うわ」


 柴田さんがようやく口を開いたけど、何も答える気にならなかった。


「分かってくれるといいんだけど……」


 硬い声の柴田さんの呟きが俺を更に落ち込ませる。

 彩さんの気持ちは、同じ立場だった柴田さんになら分かるだろう。

 だから、信じてもらう事が簡単ではないと言われているようで胸が苦しかった。


 柴田さんは何度か俺に声を掛けてきたけれど喋る気にもならない。

 気まずい空気から逃げるようにマンションに着くまでの間眠ったが、不安はちっとも解消されなかった。


 柴田さんは俺以上に疲れているように見えた。

 だけど、それに気付いても気遣ってあげられるだけの心の余裕が俺にはなかった。


ご覧頂きありがとうございます。


海が幼くなっていく気がしているのは武村だけなんでしょうか?

番外編書く気だなと思わせる話の進め方しているのを至るところに感じるかもしれません。

どんだけ書く気だよ、と自分ツッコミしてるくらいです。


まぁ毎度の事ですがこの話には暗いのが似合わないんでパパッと片付けちゃいたいですね。


☆ではではまた明日☆

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