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大好きな彼女  作者: 武村 華音
25/33

その後の二人(海):4/12

海が彩に部屋の鍵を渡して一週間。

この日がやって来ました。






 部屋の鍵を彩さんに渡した1週間後。


 彼女の引越しが実現した。

 社長と柴田さんのお蔭で彼女の引越しには何の問題もなかった。

 彼女の引越しだけは……ね。


 その間俺は、柴田さんの代わりのスタッフと行動する事になってしまった。


 別に柴田さんが引越しの手伝いをしなくても……。


 俺は不貞腐れながら撮影をしていた。

 慣れないスタッフは色々と面倒だ。

 特に若い女性スタッフは色目使ってくるから鬱陶しい。


 やっぱり俺の世話は柴田さんでなければ駄目なんだなぁ……。

 柴田さんではない人が俺の担当になった時はいつも思う。


 そして、柴田さんの存在の大きさを痛感する。

 俺が生きていくには彩さんと柴田さんが必要なのだと改めて感じる。


 不機嫌モード全開で撮影を終えた俺は事務所の車でマンションまで乗せてもらって、急いでエレベーターに乗り込んだ。

 警備員に軽く挨拶をして自分の部屋へと向かう。


「兄ちゃん」


 共有廊下を早足で歩いていると声がして、隣の浴室のルーバー窓から6つの目が俺を見ていた。

 その正体は巴と円と上総、俺の弟と妹である。

 こういうの変な出現は昔からよくあった事なので慣れている。

 天井から現れても驚かないだろう。

 気分はよくないけれど。


「今日のアレ……何?」

「今日のアレって何さ?」

「引越し! 誰か兄ちゃんの隣に引っ越してきただろ?」


 あぁ……週末だから家にいたのか。


「追々説明する。今日は忙しいからパス! おやすみ」


 俺は弟達への説明を後回しにして自分の部屋へと向かった。


 今日から彩さんが隣にいる。

 だから、早く帰りたかった。

 渡したいものもある。


 俺はジャケットのポケットに彩さんへのプレゼントが入っているのを確認して微笑んだ。


「彩さん!」


 クローゼットを開けて隣の部屋に向かい、彼女を見つけて抱きしめた。


「コラ、人前で何してんのよ……!」

「柴田さんしかいないから大丈夫」

「柴田さんがいるんだから離れなさい」


 彼女が溜め息を吐いた。


 なんで溜め息??


「邪魔者は消えるわね」


 柴田さんは笑顔で部屋を出て行った。


 昨日まで空っぽだった部屋の中には彼女の家具が運び込まれている。

 彼女の部屋の家具をそのまま移動させただけなので少々殺風景にも感じるが、追々彼女が自分の好きな家具を揃えていく事だろう。


「彩さん……会いたかった」


 1週間ぶりの彩さんの温もり……。


「大袈裟よ、1週間しか経ってないと思うけど?」

「これからは帰って来れば彩さんに会えるんだね、幸せだぁ……」


 俺は彩さんの髪に顔を埋めながら囁いた。

 彩さんの匂いは俺の精神安定剤だ。


「彩さん、引っ越し祝いがあるんだ。貰ってくれる?」


 俺はそっと身体を離し、ポケットから小さな箱を取り出した。


「好きな指に嵌めて」


 ぴったり合う指は1本しかないけれど。

 彩さんは意味を分かってくれるだろうか?


 箱をじっと眺める彩さんを見ていたら妙に緊張してきた。


 だっ……駄目だ、見てられない……。

 初めての撮影の時でも緊張しなかったのに……。


「お……俺風呂行って来るね……!」


 俺は逃げるように自分の部屋に帰った。


 返されたらどうしようとか、迷惑だって言われたらどうしようとか……そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る。

 自分がこんなにヘタレだとは思わなかった。

 もっとカッコよくキメるはずだったのに……現実は厳しい。


 俺は本当にシャワーを浴びに向かった。


 気持ちを入れ替えて、覚悟を決めて……もう1度あの部屋に行こう。

 彩さんの気持ちをきちんと訊こう。


 手早くシャワーを浴びた俺は、カウンターに置いておいた封筒を持って再び彼女の部屋のクローゼットを開けた。


「彩さん……泣いてるの?」


 俯きながら顔を覆っている彼女の左手薬指にはしっかりと指輪が嵌っていた。


「海のせいよ……馬鹿」

「分かってるけど……泣かせついでにもう1ついい?」


 俺は彼女の隣に腰を下ろして封筒を差し出した。


「俺と彩さんが離れないって契約書。俺の方は記入済みだから彩さんが記入したら出しに行こう?」


 驚いたように彩さんが顔を上げた。

 意味は分かってくれたらしい。


「すぐじゃなくていいからさ。彩さんがいいと思った時に書いてよ」

「ついでなんだ……?」

「えっ、あ……いや、そうじゃないけど……分かってるくせに意地悪言わないでよ……」

「まだ……嫌」


 やっぱり……な。


「うん、待つよ」

「いつになるか分からないわよ?」

「いいよ」

「一生書かないかも……」

「ここにいてくれるならそれでも構わないよ。俺は一生彩さんしか見えないから」


 これは俺の気持ちだから。

 本気だという事をきちんと分かって欲しいから……伝えたいから書いたのだ。


 彩さんがその封筒を受け取ってくれた瞬間、俺は彼女を抱き寄せた。


「1年……待って」


 また1年?


「彩さんって1年好きだよね」

「じゃ、10年……」


 彼女の言葉に俺は小さく笑った。


「彩さんに預けておくから、彩さんが書いたら俺に返して? 俺は急かすつもりはないからさ」


 焦らせるつもりなどない、俺が本気だと分かってくれるだけで今は充分なのだ。


「仕事……辞めないわよ?」

「俺はそんな事望まないよ」


 彩さんは仕事が好きだと言っていたから。

 彼女の好きなものを取り上げようなどとは思わない。

 そんな事、俺は望まない。


「飲みに行くのだってやめないから」

「うっ……彩さんが行きたいなら……我慢する」


 苦渋の決断。


「私……嫉妬深いのよ?」

「俺もだよ」


 多分……いや絶対、確実に彩さん以上に嫉妬深い。

 そしてかなり粘着質だという自信がある。

 いい事ではないけれど。


「仕事って分かってても怒るかもよ?」

「俺も」

「……8つもおばさ……」

「彩さん」


 年齢なんか関係ないよ、俺は“彩さん”を愛したのだから。


「愛してるよ」


 彩さんの止まらない涙を指で拭って俺はキスの雨を降らせた。


 もう離さないよ……彩さん。






 一緒に住み始めて2週間。


 彩さんは何だか忙しそうだ。

 飲みの日の帰りが遅いのは分かっているけれど、そうでなくても最近は遅い。


 彩さんの部屋に向かうのは彼女が帰って来てからと決めている。

 週刊誌の記者ってそういうところも結構見ていたりするし、気が抜けないのも事実。


 それに……彼女は自分の空間を大切にしているから、俺があの部屋で彼女を待つのを嫌がるのではないかと思ったのだ。


 こんなに女性の事を考える日が来るとは思ってもみなかった。


 彼女の事を考えて喜んだり怒ったり嫉妬したり不安になったり……。

 これが本物の恋愛なのだろう。


 俺は自分の部屋で台本を捲りながら彼女が帰ってくるのをただ待っていた。


 暫くして隣から物音が聞こえた。

 元々物音に敏感な俺は、彼女が帰って来たのをすぐに察知できる。

 保身のために敏感にならざるを得なかった聴覚や勘や神経質さが今はありがたい。


 きっと、この日のために訓練していたのだろう。

 そう思うだけで忌まわしい過去さえも目を背けないでいられる。

 彩さんのお蔭だ、全て。


 俺は壁に掛かった時計を見上げた。


 あと10分だけ待とう。

 すぐに俺が行くのも迷惑かもしれないから。


 隣に行けば彩さんに会える。

 ただそれだけの事がこんなに嬉しい。


 俺は10分後、台本を抱えて彼女の部屋に向かった。


「最近、帰り遅いんだね」


 キッチンで彼女が夕飯の準備をしている。

 当然のように俺の夕飯も作ってくれるのが凄く嬉しい。


「うん、仕事がちょっと忙しくて」


 最近少々疑問なのだ。


「彩さんの仕事って事務じゃないの?」


 女の人の仕事といえば事務職が多いと聞く。


「採用時は事務だったんだけど……今は微妙」

「何それ?」

「色々やってるって事」


 色々って何さ?


「海だって俳優なのかモデルなのかはっきりしないじゃない、それと一緒よ」


 祥平の店での彼女の人気はただの事務員ではありえない。

 声を掛けてくる奴等とは会社も違うみたいだし、家族の話だと何かを説明してもらってるようだったし……。


 彩さんはさっさと支度を整えて皿をダイニングテーブルに並べる。

 そして運び終えると彼女の口から小さな溜め息が漏れた。


「疲れてるの?」


 彼女の顔を覗き込むと彼女は苦笑した。


「ちょっとね……」

「疲れてるなら飲みに行くのやめればいいのに」


 イタリア野郎なんかに付き合う必要ないじゃん。


「でも情報交換も大事なのよ。特に榊君と遠山君は部署が違うから」


 部署が違う……?


「なんで部署が違うのに仲良しなのさ?」

「同期入社だから。海だって同期だと事務所違っても仲良くなったりするでしょ?」


 心当たりはない。

 当然だけど。


「……いないね。っていうか俺友達少ないからさ」


 この世界に入って友達はかなり減った。

 特に増やそうなどとは思わないけれど。


「芸能界にいないの?」

「彩さんに紹介できるような奴はいない……かな」


 あんな奴等に彩さんを紹介したら間違いなく口説きに来る。

 そんな事、絶対にさせない。


「普通に友達は? 業界関係なく」

「祥平」


 祥平は信用できる最高の友人。

 何でも相談できる兄貴みたいな存在だ。


「あと由香さん」


 祥平にゾッコンで嫉妬深いけれど、根はいい人だ……と信じたい。


「誰それ?」


 彩さんの顔が曇る。


「祥平の彼女……あ、もう入籍したんだっけ。だから奥さん?」


 彩さんは由香さんの存在を知らないらしい。

 あれだけ通っていて彼女に遭遇しないなんて、それはそれで幸運な奇跡だと思う……。


「祥平って……大久保さんでしょ? 結婚なさったの?」


 あ、知らなかったんだ……まぁ仕方ないかもしれないけれど。


「祥平もそういう事あんま話すタイプじゃないからね。式は由香さんが落ち着いたらとかって言ってたけど……もう半年経ったなぁ。いつ挙げるんだろ?」


 俺はおかずを突きながらそんな事を考えた。


 式か……俺も彩さんと挙げられる日が来るといいな。


「美人さん?」


 彩さんが浮かない顔で尋ねる。


「うん、すっごく綺麗な人。あ、前に祥平がモデルやったの覚えてないかな? 化粧品メーカーの」

「男性化粧品のでしょ?」

「そうそう、その女性部門のモデルさんが由香さん」


 あれは綺麗だったな……。

 由香さんも祥平も凄く綺麗だった。

 あの撮影の後、また祥平に声を掛ける奴等が増えたんだよね。


 でも、なんであの時祥平は依頼請けたんだろ……?

 引退した身だからと条件のいい仕事でも首を縦に振らなかったのに。

 あの仕事だけなのだ。

 翔平が引退後に請けた仕事は。

 他はとにかく頑なに断り続けている。


 考えながら彩さんを見ると、彼女も箸を銜えて何か考え込んでいる。


「彩さん、箸の先割れるよ?」


 年上に見えない仕草に笑みが漏れる。


「由香さんは現役モデルだからいくらでも見る機会あると思うよ?」


 彩さんは気のせいか元気がない。

 由香さんの話をした時から何か変だ。


 最近気が付いたのだが、彼女は自分の容姿にコンプレックスを持ってるらしい。

 こういう容姿の話になると、彼女の表情は途端に暗くなる。

 俺は誰よりも美人だと思うけれど、言ったところでお世辞としか受け取ってくれないようだ。

 それ以前に聞き流されている気がしてならない。


「彩さん、変な事考えてない?」


 全然そんな事ないのに……俺は彼女の額を人差し指で突いた。


「え……? 変な事って何よ?」


 図星だったらしい。

 必死に誤魔化そうとしているけれど彼女の顔は嘘が吐けない。


「愛してるよ彩さん」


 俺から見たら彩さんは最高に美人なんだけどな。

 他の誰も貴女には敵わない。


「ご飯中に何言ってんのよ?」

「じゃ、あとでベッドの中でたっくさん言ってあげる」

「……遠慮しとく」

「なんでさ?」


 どうして断るのさ?


「明日も仕事だし」

「俺も仕事。彩さんパワー切れちゃって仕事にならないかも……」


 俺はご馳走様と呟いて茶碗をシンクに持って行った。


 拒否られると凹むよ。

 俺はこんなに想ってるのに……。

 彩さんだって好きだって言ってくれた筈なんだけどなぁ。

 あれは聞き間違いだったのだろうか?


 時々自信がなくなる。


 彼女は俺を気にする事もなく食事を終えると風呂に向かった。

 俺はシンクにある食器を洗ってソファに寝転びながら台本を読み始めた。


 コレが……何故か眠気を誘うのだ。

 食後だからなのかもしれない。


 俺はいつの間にか夢の中に出掛けてしまっていた。



ご覧頂きありがとうございます。


この回は彩編と同じですね〜。

まぁ海が意外とチキン野郎だってのだけは分かっただろうと……(笑)


☆続きはまた明日です☆

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