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大好きな彼女  作者: 武村 華音
17/33

番外編:祥平 <後編>


「番外編:祥平」後編です。

 海がこの店に通い始めてもう2年以上になる。


 片想いは相変わらずのようだ。

 こんなに1人の女に執着する海を見るのは俺も初めてだった。


 女カメラマンと付き合ってる時だってそんなに関心を持っていなかったように思う。

 まぁ、海本人もその行為に興味があっただけだと言っていたし、実際にそうだったんだろう。


「え? マジ?」


 従業員が集まって週刊誌を読んでいた。


「店長、望月 海が週刊誌に撮られたみたいですよ」


 従業員が差し出した週刊誌を見て俺は溜め息を吐いた。


 海はまた来れないんだろうな……。


「店長、望月さん暫く来れないんですか?」


 従業員が俺に尋ねてきた。


「おそらくな」


 それしか答えられない。

 俺にはよく分からないからだ。


「でも出雲カナかぁ……俺はあんま好きじゃないけどなぁ」

「胸だけはあるじゃん」

「望月 海って巨乳好きなのかな?」


 従業員は好き勝手に話を盛り上げる。


 海の好みな訳ないだろ。

 やらせだ。

 海が惚れたのは俺達も知っているあの子なんだから。


 今日も彼女はいつものメンバーと飲んでいる。


 海に見せてやりたい……。


 俺は携帯電話をカメラモードにして彼女に向けた。

 シャッターを切って保存し、海のメールアドレスを呼び出していると肩を叩かれた。


「客の女の写真をどうするつもりかしら?」


 覗き込む女は微笑んでいるが目だけは殺気を含んでいた。


「由香……何でお前ここに……?」

「先ずは答えなさい」


 現役モデルの由香は目立つ。

 178cmの身長に整った顔立ち、細く長い手足、尻に到達するほどの長く真っ黒な髪。

 客の視線も由香に釘付けだ。


「分かった、説明する。取り敢えず奥に行け、お前目立ち過ぎだ……」


 由香は俺の手から携帯を抜き取るとバックルームに向かった。


「お騒がせしました」


 俺はお客達に苦笑しながらお辞儀をしてバックルームに入った。


「で? この女は何なの?」


 由香は嫉妬深い。


「海の片想いの相手だよ。あいつ週刊誌に撮られたろ? 暫くこの店にも来れないだろうから写メくらい送ってやろうかと思ったんだよ」


 俺は髪を掻き上げた。


「海君のねぇ……」


 オイオイ、疑うのか?


「じゃ、この画像私が貰うわ。別に構わないでしょ?」

「どういう意味だよ?」

「ボスが海君にモデルして欲しいって言ってるの。海君の片想いの相手じゃ使えるじゃない」


 由香は氷の微笑を浮かべた。


 鬼畜……。


「そんなんで海を釣らないでくれ。あいつ今回本気なんだ」


 そうやって彼女を餌にしないでくれ。


「ホント海君贔屓ね。じゃあ貴方が仕事請けてくれない?」


 性格変わってきたぞ、お前……。


「俺は引退した身だ」

「じゃあ海君しかいないわね」

「お前恋人まで脅すようになったのか?」

「某化粧品メーカーのイメージキャラクターよ。男性化粧品も発表するらしくて祥平にやって欲しいんですって。女性部門は私よ」


 由香は俺に携帯を手渡しバックルームを出て行った。

 確認してみると携帯のデータから彼女の画像は無くなっている。


「あの女……」


 彩ちゃんを使って海に仕事を強要させる事だけは避けたかった。

 苦渋の決断。


 結局……引退した筈の俺がその化粧品メーカーのモデルを引き受ける事になったのは言うまでもない……。






「店長、注目の的ですよ」


 従業員がニヤニヤと笑っている。


 理由は簡単。

 化粧品メーカーのモデルを請けてしまったからだ。


 女性雑誌にも男性雑誌にも俺と由香の写真が載っている。


「店長さんモデルやってたんですね〜」

「カッコいいと思ってたんだぁ」


 若い女性客が増えるのはいいが、モデルの話ばかりされるのは正直勘弁だ。


「大変ですね」


 彩ちゃんが俺を見て苦笑していた。


「引退した筈だったんですけどね」

「お世話になった方から頼まれると断れないものですよね」


 彼女は俺が嫌々やったのを感じ取ったのかそう言ってきた。

 まさか脅されたなんて言える筈もなく苦笑するしかなかった。


「あ、もう9時半? 私帰るわね」


 彩ちゃんが立ち上がった。


「もうそんな時間か……珈琲は?」

「いただきました」


 彼女は合掌して微笑んだ。


 う〜ん、エンジェルスマイル……。

 苛々が治まっていく。


 彼女が帰った後はもう諦めムードだった。

 声を掛けてくる客のほとんどが雑誌を片手にサインを強請ってきたり写メを撮らせろと言ってきたり……。


 早く閉店時間にならないかなぁ……。


「ねぇ、望月 海が駅前に居たらしいよ! 友達が見たって!」


 11時を回った頃に客の女が携帯を見ながら言った。


 海が……駅前に?


 俺は携帯を取り出して確認してみたが着信はない。


「望月さん来るつもりだったんですかね?」


 従業員が呟く。


「無事だといいんだけど……」


 海はこの店の従業員達に好かれている。

 彼らも本気で心配してくれているんだろう。


 この店の店員は芸能人を見ても騒がないヤツを選んだ。

 芸能人を見ても外に漏らさない口の堅いヤツばかりだ。

 まぁ、半数はモデル時代の仲間なんだけど。


 お蔭でこの辺では “モデル級のスタッフがたくさん居る飲み屋” と言えば分かるようになってしまった。

 まぁ、実際にほとんどが元モデルだ。


 俺は海の携帯電話に電話してみた。

 コール音はしているが出ない。


 どこかに隠れてるのか?


『海、今どこに居る? 店の傍に居るのか?』


 メールも送ってみたが返事はこなかった。

 そのおかげで俺は2日間心配しながら過ごす事になったのだ。


 返事くらい送って来い馬鹿野郎……!






 週明けの月曜日、夜7時頃に海がやって来た。

 メールで知らされはしたが、週末の件は何も書かれていなかった。


「お、海か。悪い、今日まだあそこの座敷空いてないんだ」


 先日の化粧品メーカーの写真が好評だとかで再び契約の話を持ってくる輩が増えたのだ。

 売り上げになるので邪険にはできないのが痛いところだ。


「カウンターでいいよ」


 小さく微笑む海の顔を見た俺はほっと胸を撫で下ろした。


「そういえばこの間大丈夫だったのか? お客がこの近所にお前が居たって言ってたから気になってたんだ」

「あ……この間ね……うん、大丈夫。逃げ切ったよ」


 海の歯切れの悪い言葉が妙に引っ掛かるが……まぁ無事だったならいいとしよう。


「こんばんは」


 顔馴染みの店員に挨拶しながら彼女が店に入って来た。

 そしていつもの席に案内されて腰を下ろし、メニューを見る事無くビールとつまみを注文する。


「そういえば彩ちゃん、海外研修の話どうした?」

「あぁ……まだ保留。今忙しい時期だし……ってもう締め切りよね、ちゃんと返事しなきゃね」

「彩ちゃんが居なくなったら俺ら仕事できないよ。寂し過ぎて」

「大袈裟よ」

「伊集院君だって行くんでしょ?」

「彩ちゃんが行かないなら考えるよ」

「駄目じゃん」


 彼女が困惑した顔をしていた。


 やっぱり営業なのかな?

 仕事が出来るんだろう。

 何だかカッコいいじゃないか。


 俺は5人の会話を聞きながら微笑んだ。


 しかし隣の坊やは違ったらしい。


「海……お前恐いぞ?」


 すこぶる機嫌が悪い。


「何で皆あんなふうに彼女を口説くんだろ?」

「皆彩ちゃんが好きだからに決まってるだろ」

「そのわりに軽いよね」


 当然だろ。


「そりゃ会社が同じなんだから仕方ないんじゃないか?」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ。振った男と同じ職場に居たら仕事やりにくいだろ」


 チラチラと彼女を見ていたら、彩ちゃんがこっちを向いた。

 海は慌てて視線を逸らし俯く。


 それを見た俺は苦笑するしかなかった。


 小学生かお前は……。

 あまりにも反応が可愛過ぎる……。


 海は暫く俺と話して店を出て行った。

 酒を飲んだという事はこの後は帰るだけなんだろうけど……。


 その時は彼女よりも早く帰るなんて珍しい事もあるもんだ、と思う程度だった。






 1ヶ月ほど海は来なかった。


 忙しいのかもしれない。

 暢気にもそんな風に思っていた。


「店長!」


 座敷の片付けをしていた俺を従業員が呼んだ。


「どうした?」


 厨房に入ると、そこには海が冴えない顔で立っていた。


「突然来るなよ、驚くだろ」


 驚いたのはその死人のような顔だけど……。


「……ごめん、空いてる?」


 久しぶりにこんなに落ち込んだ海を見たかもしれない。


「今片付けてる、ちょっと待ってろ」


 海を放っておけなくて、従業員に座敷を片付けを任せてた。

 どうしたのか話してくれない事にはこちらも掛ける言葉が見つからない。


「顔色悪いな。何かあったのか?」


 少し痩せたかもしれない。


「色々あり過ぎて何から話していいのかも分かんないんだよね……」

「ま、無理には訊かないさ。話せるようになったら聞かせてくれ」


 俺は海の頭を撫でた。

 

 海は座敷に向かう途中彼女の席に視線を向けた。

 特等席に彼女の姿はない。

 おそらくお手洗いだろう。


「今席を外してるみたいだけど来てるよ」


 俺は海を案内して、お手拭きと突き出しを取りに厨房に戻った。

 背後で襖が開く音がした。


 海が座敷から出て来てお手洗いに向かったのだ。


 あいつ……使うなら従業員用のを使えって言ってるのに……。


 俺は誰かに見つかる前に連れ戻そうと海の許に向かった。


「……何?」


 彩ちゃんの驚いたような声が聞こえる。


 しかし、何かが違う。

 その声に違和感を感じた俺は、そっと2人の様子を覗き見た。


「久しぶり」


 聞こえたのは間違いなく海の声。


 久しぶり……?


「そうね」


 俯きがちに彼女が答える。


「あんまり遅いと皆が心配するの、何か話があるなら後で聞くわ」


 他の客に気付かれないようにだろう、彩ちゃんは随分と小さな声で話している。

 海は通り過ぎようとした彼女の腕を掴んで抱きしめた。


「なっ……!」


 彩ちゃんも驚いたようだが俺も相当驚いた。


「彩さん……会いたかった」

「後で話し聞くから。今はやめて、放して。人が来て困るのはあんたよ?」


 彼女が海の背中を軽く叩くと、海は軽くキスを落として彼女を解放した。


 俺は座敷で海を待つ事にした。


 あの二人はいつの間にか知り合いだったらしい。

 それもキスを出来るような間柄だ。


 彩ちゃんは海の扱いにも慣れているようだし……。

 “人が来て困るのはあんたよ?” なんて、素直じゃない言葉で海の事を気遣ってた。

 自分は困っても構わない、って子だから海を守るための言葉だったんだと思う。

 でも、一体いつの間に……?


「海……お前、彩ちゃんと会ってるのか?」


 座敷に戻って来た海に前置きもなく尋ねた。


「何でさ……?」

「今の見ちゃったから」

「俺の片想いだよ」


 海は苦笑した。


「そうは見えなかったけどな」


 彼女は嫌がってなかったし、お前の事を気遣ってる。

 それに、彩ちゃんはどうでもいいような奴と簡単にキスをするような軽い女じゃない筈だ。


「前に……この近辺で俺が追い掛けられた事あったじゃん?」

「あぁ……先月だっけ?」

「うん……あの時、彩さんに助けてもらったんだよ」


 海は頬杖をついてつまみを掻き混ぜる。


 あぁ……綺麗に盛り付けてあったのに……ってそんな事気にしてる場合じゃない。


「すごい偶然だな」


 確かにあの時、何かおかしかったよな……。

 そういう事だったのか。


「うん……最初で最後のチャンスだと思ったんだ。馬鹿みたいに必死だった。このチャンスを逃したら、もう彼女とは話せないって思ったから。彼女……海外研修の話、俺に話してくれなかったんだ……だから心配で会いに行った」


 会いに行った……?

 海外研修だろ?

 外国じゃん。

 さすがにやり過ぎだろ。


「俺は聞いてたぞ。お前が俺に連絡してくれたらすぐに分かったのにな。彩ちゃんは真面目な子だからな。研修中は来れないってわざわざ言ってくれたんだ。実際にあの飲み仲間も来なかったしな」

「仕事の邪魔しないでって言われた……」


 それで落ち込んでんのか……。

 本当に小学生並みだな。


「ま、当然だろ。言わなかった彼女にも何か理由があったんだろうしな」


 意外と両想いなんじゃないのか?


 テーブルに肘を付いて俺は微笑んだ。


「後で話聞いてくれるんだろ、ちゃんと謝って許してもらえよ」


 俺は海の頭をポンポンと叩いて厨房に戻った。


「店長……顔ニヤけてますよ……」


 従業員が顔を引き攣らせていた。


「あぁ、小学生並みの恋愛が成就しそうなんだよ」


 海があんなに真剣に女を想った事があったか?

 女の言動1つであんなに落ち込むなんて初めてだ。

 彩ちゃんの様子からもおそらく両想い。


 そう思うと、自分の事のように嬉しかった。


「あら残念……」


 突如聞こえた女の声にギョッとして振り返った。


「由香……何してんだ?」

「海君の恋愛、成就しそうなの?」

「あぁ、やっとな」

「残念ね、もうあの画像使えないのか……」


 あの画像……ってアレか?


「まだ持ってたのか?」

「いつか使えるんじゃないかって思ったんだけど……」


 本当に残念な顔をするなよ。


「久しぶりに今夜はいい酒が飲めそうだ」


 俺は座敷を眺めながら呟いた。


「私もご一緒してもいいのかしら?」


 由香が俺の腕に手を絡めてきた。


「勿論。俺と酒を飲む女はお前しかいないだろ」


 絡められた手を包み込むように俺の手を重ねると、由香が俺の指先を掴まえてキュッと握り返してきた。


「店長……イチャつくのは閉店後にお願いしていいっすか? マジ目に毒っすよ……」


 従業員の言葉に由香と顔を見合わせて微笑んだ。


 俺達ももうそろそろ……なのかもしれないな。


 店もだいぶ軌道に乗ってきて安定した売り上げを出している。

 あとは俺と由香の問題だ。


 やっぱ急には驚かすだけだろうし……雰囲気だよな。

 由香は仕事を楽しんでるし、そんなに急ぐ事もないだろう。


 そんな事を考えたのを隣の女は気付いたのか気付かなかったのか……。






 いつか海が彩ちゃんと2人で飲みに来てくれる日が来るのだろうか?

 そんな日が来る事を願わずにはいられない。


 あの様子だと、多分そう遠くない未来に見れるだろう。

 そして2人と話す俺の隣で由香が一緒に笑っていてくれると嬉しいんだが……。


 由香が顔を上げ、視線がぶつかる。

 俺が首を傾げると由香は小さく微笑んだ。


 “よかったわね” と言ってくれている様に感じた。


 多分、由香も心配していたんだろう。

 かなり苛めてはいるが可愛がっているのも事実。


 由香は相当な天邪鬼。

 さっきの彩ちゃんを見てもそう感じた。


 もしかしたら彩ちゃんといい勝負なのかもしれない。

 年齢も近いし、似たような性格してるし、意外といい友人になれるんじゃないだろうか?


 そう思うと数年後が楽しみになる。


 俺は由香の頭を抱き寄せ、軽く額に口付けた。















                                 ――――――― fin ―――――――


ご覧頂きありがとうございます。


祥平のお話でした。

結構意地悪な彼女に振り回されているようですが、祥平は由香にゾッコンなのです。

そして妙に海君贔屓な祥平に由香がいつも嫉妬しちゃうんです。

そんな関係も既に9年。

なのに慣れるという事はないようです。

嫉妬するほどに由香も祥平が好きなんでしょうけどね。

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