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大好きな彼女  作者: 武村 華音
16/33

番外編:祥平 <前編>


海の兄貴分のような祥平のお話です。


 2004年3月1日。

 俺は飲み屋をオープンさせた。


 子供の頃から自分の店を持つのが夢だった。

 何の店という細かいビジョンはなかった。


 でも昔、祖父が通っていた飲み屋の雰囲気が好きだったし、俺も親父も酒好きだという簡単な理由から飲み屋に決めた。

 開店日には家族や親戚も祝いに来てくれて座敷はドンチャン騒ぎだったが、何だか懐かしい感じがした。


 モデルを始めてからは家族とも関わる事が少なくなっていたし、家族親戚達に囲まれるのもおそらく小学生の時以来だ。


 幼児期から祖父の晩酌に付き合わされていたため酔っ払いの扱いも慣れたもの。

 結構天職なんじゃないか? 何て思ってたりする。


 モデルという仕事が嫌いなわけではない。

 でも、兼業なんて器用な真似は俺には出来ないと思った。

 いい加減な気持ちではどちらも成功しない。

 そう思った俺は2月末でモデルを辞めた。


 モデルなんていつまでも出来る仕事じゃないって事くらい分かってたし、人気のあるうちに身を引いたほうがいいような気もしていた。

 仕事が来なくなって辞めていくモデルを何人も見てきたからかもしれない。

 モデルで成功するのはたった一握りだ。


「祥平、よく考えてくれ。店は他の人に任せてもう暫くやってみてもらえないか?」


 一握りの成功者である俺を、社長はそう言って引き止めようとした。


「他の奴に任せるくらいなら店なんか開く意味がない。俺は店に出て客の反応も見たいし接客だってやりたい」


 俺にとっては当然の事だ。

 それが自分の店を持つ事だと思っている。

 人任せにするくらいなら持たないほうがいい。


 諦めきれない奴等が時々店にやって来て俺を業界に呼び戻そうとしているが、俺はもうやる気なんかなかった。


「やりたい事があるって凄く羨ましいよ」


 モデル仲間で俺よりも10歳年下の望月(もちづき) (かい)が俺を見てそう言った。


 海は一人っ子の俺にとっては弟みたいな存在だ。

 素直で可愛い子犬のような奴。

 ついつい構いたくなってしまう。


 でも、最近は何か悩んでるように見えて少し気になっていた。

 だからメールを送ってみた。


『3月1日新橋駅前に店をオープンさせた。暇があったら遊びに来い。愚痴くらい聞いてやる』


 返事は来なかった。






 オープンから半月過ぎた頃ふと気が付いた。

 いつも同じメンバーで飲みに来る5人組の存在に。


 女1人に男4人。

 男達は毎回女を口説くような言葉を恥ずかしげもなく吐いている。

 女は日常茶飯事なのか聞き流して笑っていた。


「いつも来て下さってますね」


 ある日、俺は5人組に声を掛けてみた。


「あ、店長さんですよね。モデルさんみたいだって噂で聞いてたんですよ」


 女が俺を見上げて微笑んだ。


「2月まで実際にやってたんですよ。店をオープンさせるので辞めたんです」


 女はなるほどと納得したように頷いた。


 どうせ “勿体ない、何で辞めたんですか?” とか訊いてくるんだろう。


「そうなんですか……モデルを辞めてまでオープンさせたって事は、お店を持つのが夢だったんですね」


 え?

 予測しなかった切り返し。


「えぇ……子供の頃からの夢だったんです」


 少々戸惑いながら俺は答えた。


「素敵……夢の実現ってなかなか出来る事じゃないですよね。おめでとうございます」


 女は厭味でも何でもなく……本当に嬉しそうにそう言った。


「ありがとうございます」


 何だか調子が狂うな……。


 俺が微笑み返すと彼女はビールジョッキを掲げた。


「店長さんの叶った夢に乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 仲間の男4人もジョッキを掲げて微笑む。


「俺、ここの内装凄く好きですよ。店長さんの趣味ですか?」


 男の1人が俺に尋ねた。


「えぇ、自分の趣味です。自分がリラックスできる空間を作りたかったんですよ」


 何でこんな話してんだ?


「私も凄く落ち着きます。きっと他の方々もそうなんでしょうね、皆さんも笑顔ですもん」


 女が周囲を見渡しながら微笑む。


 飲み屋ってのは基本的に馬鹿騒ぎしてる奴ばっかだろ。

 泣きながらとか暗い雰囲気の客を見るのは稀だと思う。


「俺達は彩ちゃんが笑顔なら美味しい酒が飲めるけどね」


 男達は再び彼女を口説くような言葉を吐き始めた。

 俺は軽くお辞儀をしてその場を立ち去った。


 変わった女、というのが第一印象だった。






 翌日、海から電話が来た。


「もしもし、海?」

『うん、今近くに居るんだけど……行っても平気?』

「近くって? 店の近く?」

『うん、今新橋駅』

「マジで?! 今すぐ迎えに行く! 絶対気付かれんなよ!」


 1人で居るのか?

 マネージャーも一緒なのか?


 俺は店を飛び出した。


 最近テレビでの仕事も多く、海の顔はかなり世間に知られている。

 気付かれれば大騒ぎになるだろう。


 去年、抱かれたい男ランキングで1位を取ってたっけ……。


 海はすぐに分かった。

 やっぱり目立つ。

 早く店に連れて行かないとバレてしまう。


「久しぶりだな」

「うん」


やっぱり少し元気がない。


「何かあったのか?」

「……あったようななかったような……」

「何だよそれ?」


 俺は笑いながら一歩先を歩く。


 海に会うのは2ヶ月くらいぶりだが、若干痩せたような気がする。


「裏からな。お前目立つから」


 スタッフの出入りする裏口から海を招き入れる。

 スタッフも突然現れた海に驚きを隠せない。


「頼むから騒がないでくれよ」


 俺はそう言ってから隔離している座敷に海を連れて行った。


「オープンして間もないんじゃなかったの?」


 海は店内をマジックミラーの壁越しに眺めながら尋ねてきた。


「半月」

「凄いね」

「そりゃ、こんなイケメン店長が居るんだから黙ってたって寄って来るさ」


 軽く冗談を言って座敷の段差に腰掛けた。

 どうしてもその場を離れられなかった。

 そのくらい海の表情は暗かったのだ。


「何かあったんじゃないのか?」

「う〜ん……最近よく分からないんだよね……本当の俺ってどこに居んのかなって、さ」


 海自身も上手く説明できないらしい。


「相当病んでんなお前……」


 俺は苦笑した。


「仕事終わるの早かったらここに来いよ、愚痴くらい聞いてやる」

「ありがと」


 少しだけ見せた海の笑顔は俺を不安にさせるだけだった。






 その後、海は月に1回くらいのペースでやって来るようになった。

 特に仕事の事を愚痴るわけでもなく、何となく座敷に座って飲食して帰っていく。


 あいつは本当に大丈夫なのか?


 海の背中を見送るたびに不安になっていた。


「こんばんは」


 明るい声がした。

 いつもの5人組だ。


「いらっしゃい」


 この5人組は毎週月・水・金に来る事が最近は分かるようになった。

 時間も大体7時頃。


「いつもの席にご案内して」


 俺はカウンターの中から従業員に声を掛けた。

 従業員もこの5人組の顔は覚えている。


 そりゃそうだろう。


「え、でも……他のお客さんに申し訳ないです。待ちますから……」


 女……彩ちゃんは申し訳ないという顔で辞退しようとする。


「彩ちゃん、そこ予約席だから」


 俺は5人組の傍に向かい、半ば強制的に5人を座らせた。


「あの……」


 彩ちゃんが申し訳なさそうに俺を見上げる。


「常連さんの特権でしょ」


 彼女に微笑むと4人の殺気を含んだ眼が俺に向けられた。

 どうやらこの4人は彼女に本気らしい。


「毎週月・水・金は8時まではこの席空けておくので、来ないなら電話を下さい」


 俺は5人にマッチを手渡した。


「店長も彩ちゃん狙いですか?」

「伊集院君、そんな訳ないじゃないっ。店長さん、気にしないで下さいね」


 1人の男が疑うように俺を睨んでいる。

 彩ちゃんはそれを見て大きな溜め息を漏らした。


 彼女も大変だな……。


「これも商売ですよ。人数変更も連絡下さいね。特に多い場合」

「いつもすみません」


 彩ちゃんは俺を見上げて苦笑した。

 若いのにしっかりした子だ。


 最近、俺は彼女の存在がこの店を和ませているような気がした。


「おや、彩ちゃん。飲み会か?」


 他のテーブルのオヤジが今日も彼女に声を掛けた。


「はい、会社の仲間と反省会です」


 彼女は笑顔で答える。

 最近彼女が他のテーブルの客に声を掛けられている姿をよく見掛けるのだ。

 会社関係のようだが、彼女の顔の広さに驚かされる。


 一体何の仕事をしてるんだろう?

 何かの営業かな……?


 彩ちゃんが来ると知った客が頻繁に従業員に尋ねてくるようになった。


「今日は彩ちゃんは来ないのか?」


 それで理解できる俺達もスゴイと思うが……。


 彼女達が何曜日に来るのか知っていても他の客には教えないように通達している。


「さぁ……どうなんでしょう? お客様の予定は私共には分かりませんので……」


 従業員はマニュアル通りに答える。

 それを見ながら俺も小さく頷く。

 いくら知っているからと言ってもお客の情報を勝手に教える訳にはいかない。

 当然の事だ。


 この店はお客様に楽しい時間を提供する場所。


 海にも楽しんでもらえるといいんだが……。

 俺は誰も居ない座敷を眺めながら小さな溜め息を吐いた。






 8月20日。


 盆休みは閑散としていた店も賑やかさを取り戻していた。


 そして、海からも店に来るというメールが来ていた。


 今日は金曜日。

 あの5人組がやって来る日だ。

 幸いにもキャンセルの電話はきていない。

 彼女の声や笑顔にうちの従業員達が元気を貰っているように、海も元気になってくれればと思った。


「お前丁度いい日に来たな。多分元気になれるぞ」


 裏口から入って来た海を座敷に通しながら微笑んだ。

 カウンターにおしぼりと突き出しを取りに向かった俺は彼女が来るのがとても待ち遠しかった。

 座敷に再び顔を出すと、海はビールを片手にじっと店内を眺めていた。


「祥平……何であの席だけ空いてんのさ?」


 海があの席に気付いた。


「あそこは常連さんの席……っていうかお前未成年じゃん。営業停止になるから止めてくれ、アルコール以外好きなの飲んでいいから」


 マジ勘弁してくれ……。


「オープンして半年位だよね? ……って、俺6月で成人(はたち)になったんだけど?」

「え? そうなの? まだ未成年だと思ってた……あ、あそこの席は週3来てくれるお客の席。オープンからずっと指定席なんだ。彼女が来るだけで店が明るくなる」


 海が顔を顰めた。


「女?」

「そ。もうそろそろ来るんじゃないかな?」


 もう7時過ぎだ。


「こんばんは」


 明るい女の声がした。


「いらっしゃい」


 俺は座敷から顔を出して微笑んだ。


「うわぁ……今日も大盛況だ、結構待たなきゃ駄目ね」


 まったく……いつも席を取ってるって言ってあるのに待とうとするのが彩ちゃんらしい。

 わざとか? なんて最初は思ったが、連れの男達が待つ気満々なのを見て彼女は素直に遠慮してるんだと分かった。

 無理にでも案内しないと絶対に座らない。


「大丈夫だよ、彩ちゃん達の席は確保してるから。そこ座って」

「え、でも……他のお客様に失礼ですから待ちますよ」


 彼女は申し訳なさそうに手を左右に小さく振った。


「いいから。店長の俺がいいって言ってんだからさ」


 俺は従業員に案内させて再び座敷に引っ込んだ。


「可愛い子だろ?」


 彼女を眺めながら俺は微笑んだ。


「あの子が常連なの?」

「そ。月・水・金と、あのメンバーで来てくれてる。この間は上司も一緒だった」


 海が元気になるならと、俺は彼女の来る日を教えた。

 本来はやってはいけないと分かってるが、これ以上死んだような海の顔を見たくなかった。

 そう頻繁に来れる奴でもない。


「会社仲間なんだ?」

「そうらしい」

「由香さんにチクるよ?」


 海が苦笑した。


「ばっ……そういうんじゃねぇよ!」


 由香はモデル仲間で俺の彼女。

 店が軌道に乗ったら結婚も考えようなんて思っていたりする。


「彼女は……彩ちゃんは招き猫みたいなもんだよ」

「何それ?」

「彼女が来るようになってから彼女の知り合いとか結構来てくれてる。今日だって彼女に声掛けるオヤジ達が居るだろ?」


 今日も彼女は違うテーブルの客と楽しそうに会話をしている。


「彼女を見てるとうちの従業員達も他の客も元気になれるんだ。お前も彼女から元気を貰えるといいんだけどな」


 俺はそう言って座敷を離れた。


 9時を過ぎて彼女が帰った後、再び座敷を覗いた。

 海はフロアを眺めながら黙々とつまみを食っていた。


「祥平、コレ美味い♪」


 久しぶりに海の素直な笑顔を見た気がした。


「少し……元気になったみたいだな」

「うん、サンキュ。祥平のお蔭で元気になれたよ。あの常連さん凄いね……」


 そう言った海の顔はとても穏やかだった。






 それから海は頻繁に彼女が現れる日に店にやって来るようになった。


 飲み食いを忘れるくらい彼女に見入っている。

 俺はそんな海を見ながら微笑んだ。


「何さ?」


 海が不機嫌そうに俺を見た。


「いや、お前があんまり羨ましそうに見てるから」

「うん、羨ましいよ。俺も彼女と同じ席で飲んでみたい」

「そりゃ無理な注文だな。お前が見つかるだけで店は大混乱になる」

「無理だって事くらい分かってるよ」


 海は寂しそうに微笑み再び彼女を見つめていた。


 もしかして……彼女に惚れたのか……?

 まさか、な……。


 しかしその2ヶ月後、俺はこの時の直感が正しかった事を目の当たりする事になる。






 頻繁にやって来ていた海だったが、撮影で2ヶ月も来れない日が続いた。


 俳優という仕事は撮影時間もバラバラだ。

 サラリーマンのような定時退社なんて言葉はない。


 忙し過ぎて体調崩さなきゃいいんだけど……。


 俺は携帯を眺めながら溜め息を吐いた。


「店長電話です」


 従業員がバックルームから俺を呼んだ。


 電話?

 こんな所に電話してくる奴なんか居ないはずだが……?


「もしもし?」

『もしもし、大久保さんでしょうか?』


 誰だ、この女?


「はい、どちら様でしょうか?」

『望月 海のマネージャーをしております柴田と申します。突然のお電話申し訳ございません』


 海のマネージャー……?

 何の用なんだ?


「はじめまして……あの、どういったご用件でしょうか?」

『これからそちらに海を連れて行きますので席を予約できませんか?』


 マネージャー直々に掛けてくるなんてどうしたんだ?


 俺は顔を顰めた。


「分かりました。お待ちしてます」


 俺の返事を聞いたマネージャーは短く礼を告げて電話を切った。


 何かあったのか……?


 俺は電話を見つめながら不安を募らせる。


「こんばんは」


 彩ちゃんの声。


「いらっしゃい」


 俺は慌ててフロアに向かった。


 海は1時間もしないうちにやって来た。


「祥平いる?」


 いつものように裏口から入って俺を見つけた。

 その表情は思っていた以上に元気そうで俺はほっと胸を撫で下ろす。


 おしぼりと突き出しを持って座敷に向かうと、海は彩ちゃんを黙って見つめていた。


 何を考えながら彼女を見てるんだろう?


「海?」


 俺の声に海がこちらを向いた。

 その顔を見て俺は動揺した。


「何……泣いてんだよ? 何かあったのか?」


 海が泣いていたのだ。


「ダサッ……何泣いてんだろ……俺ヤバイね」


 海は辛そうな微笑を浮かべながら涙を拭った。


「あんま擦るな、ほらおしぼり」


 俺は座敷に上がって海におしぼりを手渡した。


「ごめん……ホント参ったね。自分が泣いてる事にも気付かなかったよ」

「お前、そんなに溜め込んでるのか? 少しここで吐き出して行けよ」


 そんな事しか言ってやれない自分が情けないけど。


「彼女が見れるだけで俺は充分なんだよ」


 海の視線の先には彩ちゃんがいた。

 今日も元気に笑っている。


「彼女を見れるだけで俺は元気になれるし、落ち着くし、心が穏やかになるんだ」


 海は愛おしそうに彼女を見つめていた。

 その目を見て俺は確信した。

 海が彩ちゃんに惚れているんだと言う事を……。


 海の気持ちに気付いた俺は、その後お節介にも新しいメニューの試食などを頼んで “彩ちゃん引き止め作戦” なんて事を密かにやり始めるのだった。



ご覧頂きありがとうございます。


番外編:祥平 です。

「大好きな彼女」執筆中に書き始めてしまったので、何とか書き上げた次第です・・・。


まだまだ続編の執筆に至ってません・・・。

頭の中ではだいぶ固まってきたんですけど、ストーリーが曖昧なままなので執筆する段階でもなく、悶々とした日々を送っております。


何とか祥平を書き上げてその勢いで続編も書き上げたいですね・・・。


明日「祥平2-2」載せますね!!


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