海:14-11
貴重な彼女との時間。
俺は眠るよりも彼女の体温を感じてたい……。
「疲れてるなら帰って寝ればいいのに」
彼女の優しい声と、身体を包み込んだ毛布の温かさで俺は目を覚ました。
どうやら彼女がお風呂に行っている間に眠ってしまったらしい。
彼女の湿った髪が頬を撫でる。
背の高いフロアスタンドの電気だけを残して彼女は寝室へと向かったらしい。
足音が遠退いていく。
俺は起き上がって彼女の後を追った。
「彩さん」
彼女はベッドに潜り込んだところだった。
「起こしちゃった?」
さっきとは明らかに違う、いつも通りの素っ気ない声。
どうして?
さっきの優しい声は何だったのさ?
俺が寝ぼけてただけ?
気のせい?
そんなはずはない。
「俺が彩さんと一緒にいる時間を大切にしたいって思ってるの分かってるでしょ? なんで起こさないのさ?」
「疲れてるみたいだから」
でも、起こして欲しかった。
「彩さんは分かってない。俺は1秒だって彩さんと離れたくない」
俺は同じベッドに潜り込んで彼女を組み敷いた。
「彩さんのぬくもりが欲しい。明日、彩さんも休みでしょ?」
確か土日祝日って休みだったよね?
「そりゃ……土日は休みだけど……?」
「寝かせないから」
俺は彼女に微笑んで口付けた。
「勘弁して……んっ……!」
大好きだよ。
抱いても抱いても抱き足りないんだ。
もっともっと貴女を感じさせて欲しい。
傍にいるって実感したい。
なのに……俺の腕の中にいても名前を呼んでくれない。
貴女が誰を想いながら俺に抱かれてるのかは分からないけれど……今だけは独占させて?
俺は何度も何度も彼女を抱いた。
薄っすらと空が明るくなり始めた頃俺は彼女の髪を梳きながら呟いた。
「また3週間も会えないんだよ?」
「へぇ、3週間も海外? いいなぁ……」
いいなぁ……か。
「ドラマロケと写真集の撮影なんだけどね……寂しい?」
そんなわけないよね……。
「ほっとしてる」
やっぱりその程度か。
「なんで?」
「絶対にあんたが来ないって分かったから」
彼女が俺の鼻先を指で弾いた。
「はうっ……!」
俺は上を向いて鼻を押さえる。
勿論鼻血など出てはいない。
“ちゃんと望月 海の仮面被っておかないと彼女を巻き込むわよ? 週刊誌に撮られるわよ”
ふと、柴田さんの言葉が頭を過ぎる。
「彩さん……引っ越す気ない?」
こうやって頻繁に通っていたらいつか撮られるかもしれない。
撮られたくないけれど、撮られたら会えない。
会えないなんて……俺が我慢できない。
「なんで?」
貴女は俺に会わないくらい大した事じゃないんだろうけど……俺は気が狂っちゃうよ。
「ここ……セキュリティ万全じゃないし、よかったら俺の住んでるマンションに越して来ないかなって思って」
あそこなら安全だし、いつだって会える。
「俺並びの部屋全部買い占めてるから安心して引っ越してこれるよ? 家賃も必要ないし」
そんなのは言い訳だ。
ただ単純に傍にいて欲しい。
「週刊誌に彩さんを撮られたくない。彩さんを守るにもその方がいいと思うんだ。俺は彩さんを手放したくない」
彼女は何も答えてはくれない。
ま、当然か。
「俺が海外ロケから帰って来るまでに考えておいて?」
俺は彼女を抱きしめた。
このぬくもりを手放したくない。
もしかしたらロケから帰った時、聞きたくない言葉を聞くかもしれない。
そう想った瞬間、彼女に言ってしまった事を少しだけ後悔した。
小さな後悔の溜め息を漏らして瞳を閉じると、彼女の視線を感じた。
1度ギュッと目を瞑ってからゆっくりと瞼を持ち上げ彼女を映す。
「俺に見惚れてるの?」
そんなわけないよね。
「あんた……並びの部屋買占めたって言った?」
やっぱりな……。
気になるのはそういうとこだけなんだね。
「うん、だって他の人に会いたくないから。近所付き合いって面倒そうだし。でも、結構芸能人が多く住んでるから社宅みたいだよ」
俺の事なんか全く見てくれない。
俺なんかを愛してくれるはずもない。
それでも構わない。
ただ傍にいて欲しい。
傍にいてくれるならばそれ以上望まない。
だから、離れていかないでよ……。
「各フロアにちゃんと警備員が常駐してるから変な奴は入って来れないし、安心できると思うんだよね。だから彩さんにも住んでもらいたい」
「知り合ってそんなに経ってないのによく言えるわね?」
それって……何か誤解してない?
「彩さんにしか言わないし、他の人に言った事もないよ。俺は彩さんしか見えないって言ったでしょ? 俺はずっと彩さんだけを見てきたんだよ?」
今まで誰にも言った事はない。
貴女だからだよ。
彼女は苦笑しただけだった。
その顔は“嘘ばっかり”って言ってるように見えた。
やっぱり俺の気持ちなんか分かってない、分かろうともしてくれてない。
俺は彼女に口付けた。
唇を首筋に這わすと彼女が俺の身体を押し離す。
「もう……嫌っ……」
「駄目。寝かさないって言ったよね?」
俺は再び彼女を抱いた。
たくさんの印を彼女の身体に残しながら……。
目を覚ますと、彼女は腕の中で熟睡していた。
身体の至る所に俺が付けた赤い跡が残っている。
無警戒な寝顔に愛おしさが込み上げる。
「こんなに好きなのに……」
どうしたら貴女は信じてくれるのさ?
貴女は俺の腕の中で誰を想ってるのさ……?
徐々に気分が落ち込んできた。
俺は彼女の頬にそっと口付け浴室に向かった。
不安を洗い流すようにシャワーを浴びてからリビングに行き、珈琲メーカーのスイッチを入れる。
既に昼だ。
まぁ朝方まで何度も彼女と身体を合わせていたのだから、彼女も疲れているとは思うけれど……。
動いていないと落ち着かない。
彼女の寝顔を見ていると辛くなってくる。
誰を想いながらその穏やかな顔を浮かべてるのか。
考えるだけで嫉妬に狂いそうになる。
俺は彼女の眠る寝室に向かった。
「彩さん」
声を掛けると彼女が振り返った。
どうやら起きてたらしい。
「おはよ、彩さん」
俺は彼女に歩み寄ってベッドに腰を下ろした。
「髪……濡れてる。乾かしなさい、風邪引くわよ」
彼女の手が伸びてきて俺の頭にそっと触れる。
寝起きだからなのか彼女の声は優しかった。
誰に向けた言葉なのさ……?
「俺……女に頭触られるの嫌いだけど、彩さんに触られると嬉しい」
彼女の手に触れ、もう片方の手で彼女の頬を撫でた。
「彩さん……一緒に暮らそうよ」
彼女の右掌に唇を押し付ける。
彼女は朝一から聞きたくなかったのか顔を顰めた。
そんな顔しないでよ……。
俺は彼女の右手を掴んだまま彼女の唇を奪った。
耳や首筋に唇を這わせると彼女の息が乱れる。
「こら……もう駄目っ……」
「なんで? 3週間も会えないのに……」
もっと彼女の身体中に俺の痕跡を残しておきたい。
そうしないと居ない間に誰かに攫われてしまいそうで不安だった。
「私の身体がもたないのっ……あんたみたく若くないのよっ……!」
彼女が真っ赤な顔で抗う。
「仕方ないなぁ……じゃ、ちょっと休憩」
彼女は驚いた顔で俺を見上げた。
「シャワー行ってくる」
腕からすり抜け彼女は腰を擦りながら寝室を出て行った。
本当に身体が辛かったらしい……。
でも……俺はまだまだ足りないよ。
彼女を抱いても潤わない心。
この心の渇きは潤す事は出来ない。
多分一生……。
彼女が絶対に口にしない言葉しか俺の心を潤す事は出来ないのだから―――――。
彼女がシャワーを浴びに行ってから、俺はリビングで珈琲を淹れていた。
1人の時間は退屈だ。
暇を持て余し、テレビのリモコンを手にとった時、すぐ傍で彼女の携帯が鳴り出した。
彼女はまだ出てこない。
背面ディスプレイを見ると“井守 澄香”という文字。
女友達か……。
内心ほっとしながら携帯を眺める。
少しの間鳴って、留守番電話に切り替わったらしく音が止まった。
そういえば彼女から友達の話とか聞いた事ないな……。
携帯を眺めながらそんな事を考えていたら再び携帯が鳴り出した。
またも“井守 澄香”だ。
急用なのか?
俺は少し考えて、用件だけでも聞いておこうと彼女の電話の通話ボタンを押した。
『もしもし、彩?』
女の声だ……って当然か。
「あ、ごめんね。彩さん今風呂に入ってて出れないんだ。2回も掛けてきたんだから急用だよね? 用件だけ聞いて伝えとくけど……?」
『え? あなた誰? コレ彩の携帯よね? 男いるなんて聞いてないんだけど?』
男いるなんて聞いてない……?
複雑な心境だ。
彼女に恋人だと認められていない事は分かっている。
分かっているけれど……。
『あなた、何君? 彩とはいつから付き合ってるの?』
「俺、海って言います。彩さんとは最近知り合ったばかりなんだけど……?」
『ねぇ、海君。そこどこ? ラブホ?』
何……この人?
「彩さんの部屋だけど?」
『へぇ……珍しい。彩ってそう簡単に男を部屋に入れないんだけどなぁ……』
え?
初めて会った日だってあっさり入っちゃったよ、俺?
『彩から告白するわけないし、海君から告ったの?』
何、質問攻め?
「うん、そう。俺の方が惚れて猛アタックしてる」
『進行形?』
「うん。信じてくれないんだよね彩さん」
『あの子カタイからねぇ』
「ずっと片想いしてて、偶然話す機会があったから勢いで家まで押しかけて襲っちゃったんだ」
電話の向こうから大笑いが聞こえてきた。
えらくテンションの高いオネエサンだ。
『襲っちゃったんだ?』
「うん。好きな人が目の前にいたら抑えなんか利かないでしょ?」
『海君は年下っぽいね?』
「そうだね、下だよ。でも関係ないでしょ?」
『海君は気にしてなくっても多分彩は気にしてると思う。あの子そういう子だから』
そういう子ってどういう子さ?
『でも……安心した。海君は本気なんでしょ?』
「勿論本気だよ。信じてもらえなくても……さ」
信じてもらえるまで告白し続けるつもりだ。
『海君、今度会おうよ。私海君に会ってみたい!』
そっか……彼女が何も教えてくれないなら彼女の友達から聞き出せばいいのだ。
「うん、いいよ。都合が合えばいくらでも」
『本当? やった!』
「オネエサンも彩さんの話たくさん聞かせてね」
『それが目的かぁ』
「勿論。彩さんの友達に会ってみたいってのもあるけどね」
『私達は大親友よ。彩の恥ずかしい話も何でも訊きたい事教えてあげる♪』
「本当? 約束だよ?」
井守 澄香サン……ね。
覚えとかなきゃ。
頬が緩んだ時、背後で物音がした。
振り返るとそこには風呂上りの彼女が驚きながら立っている。
「ちょっ……!」
あ、怒ってるっぽい……。
「あ、彩さんが来たから代わるね。彩さん、井守さんだって」
「勝手に電話に出ないでよ! 何考えてんの?!」
「1回目は出なかったんだけど、2回目が鳴ったから急用かなと思って」
「だからって……!」
「早く出てあげなよ」
携帯を差し出すと思いっきり睨まれた。
確かに勝手に出たのは悪いとは思うけれど……でも急用だと思ったからで……疚しい気持ちは微塵もなかったわけで……。
井守さんと話したのがまずかったのかな?
彼女はかなり動揺している。
「彩さん、怒ってる?」
「怒ってる」
……だよね。
どう見ても怒ってるよね……。
彼女を怒らせてばっかりだな……。
なんでだろう、いつも上手くいかない。
「……もしもし? 何話してたのよ? ……そうよ」
彼女は急に振り返り俺を睨んだ。
「彩さん怒らないでよぉ……」
俺は背後から彼女の腰に手を回し、唇を彼女の頭に押し付けた。
シャンプーの匂いがする……。
「はぁ?! ちょっとあんた勝手に会う約束したの?!」
彼女が勢いよく顔を上げ、彼女の後頭部がまるで狙ったかのように俺の顎にヒットした。
痛っ……!
「だって彩さんの友達に会ってみたいから……駄目?」
「駄目っていうか……自分の立場分かってるの?!」
「彩さんの友達なら安心でしょ? それとも信用できないような友達?」
大親友って言ってたよ?
彼女は器用に俺と澄香サンと会話してる。
……と言っても、俺との会話のほとんどは聞き流されてるみたいだけれど。
「ある種ヤバイ人種なのは否定しないわ……で? 用事って何だったの?」
ヤバイ人種って何さ?
何の話してるのさ?
彼女達の会話は聞き取れない。
でも、彼女が凄く困った顔をしている。
こんな顔させたいわけじゃないんだけどな……。
「今晩? 何で? ……今日帰るんでしょ?」
彼女が俺を見上げる。
「なんで? 帰らないよ?」
「準備は?」
「柴田さんがやってくれるから」
彼女は顔を顰める。
「あんたって本当にお子様ね。自分の用意くらい自分でしなさいよ」
そう言われても……。
「柴田さんがセンスないって言って服とか選ばせてくれないんだから仕方ないでしょ?」
俺のせいじゃないよ……。
俺だって自分でやってたけれど、柴田さんに全部却下されてやり直しになるんだもん。
せっかく準備しても柴田さんのチェックが入って全部入れ直すから2度手間になっちゃうし……。
それよりも、今日帰るのか訊いてきたのはなんでさ?
あ……。
「彼女来るの?」
早速澄香サンに会えるのかな?
俺は彼女に尋ねた。
「澄香……今日は……だから今日は……!」
彼女が慌てたと思ったら、また睨まれた。
「あんたが勝手な事言うから来る事になっちゃったじゃない!」
来るんだ?
「駄目だった? 俺は知らない彩さんをもっと知りたいんだけど?」
彼女は困った顔をしながら俺の腕からすり抜けてキッチンに向かった。
だって貴女は何も教えてくれないじゃないか。
もっともっと貴女の事を知りたいのに。
貴女が教えてくれないんだから友達さんに教えてもらうしかないじゃないか……。
キッチンに立つ彼女を見つめながら大きな溜め息を吐いた。
ねぇ、どうしたら信じてくれるのさ?
本当に……本当にどうしようもないくらい貴女が好きなのに……愛してるのに。
ご覧頂きありがとうございます。
海の勝手な勘違い、単独暴走しています。
どこで気付くんだろう?
って残すところあと3話。
どこで気付いても“遅っ!!”って思うでしょうね。
やっぱ続編再びですね。
番外編じゃ書ききれなさそう。
UPは12月入ってからでしょうけど。
番外編で掲載時期をお伝えしますので気が向いたら読んでやって下さいね♪
☆あと3話です☆
あと3日です♪
毎日投稿って結構最近しんどいけど・・・やりきりますよ!!
倒れるなら完結してからにします(笑)。