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大好きな彼女  作者: 武村 華音
11/33

海:14-10

いつものように祥平の店にやって来たけど……何かが違う。

それは彼女がいつも座ってる席なんだけど……。







 俺はいつものように裏口から店内に入った。


「お、来たな」


 祥平は俺の顔を見て微笑んだ。


 いつも笑顔で迎えてくれるけれど、祥平にも迷惑を掛けまくってるなぁ。

 大抵この店に来る時は落ち込んでいるし、気を遣わせちゃってるんじゃないかな?


 そんな気がしてならない。


 祥平の背中を見ながら溜め息を吐いた。


「何、溜め息なんか吐いてんだよ」


 座敷の襖を開けて祥平が振り返る。


「俺が来るの、迷惑じゃない?」


 座敷に上がってから俺は祥平に尋ねた。


「何言ってんの?」


 祥平が顔を顰める。

 その顔は若干怒りを含んでいるようにも思えた。


「迷惑なら最初から来いなんて言わないし、来るって言われたら断る。俺、そういうの遠慮しないし」


 確かに。

 座布団の上に腰を下ろして、帽子と眼鏡を外した。


「ごめん、忘れて」

「忘れた」


 祥平は笑顔で俺の頭をクシャクシャと撫でた。


「何か言われたのか?」

「ううん、俺が浮かれてるから釘刺されただけ」

「ま、彩ちゃん見て元気出せよ。いつものでいいな?」

「うん」


 祥平はいつものように微笑んで座敷を出て行った。

 顔を上げると、彼女の姿が見えた。


 でも……いつもと違う。


 なんで2人なのさ?

 他の奴等は?

 どうしてよりによってその男と2人っきりなのさ?


 名前なんか覚えてないけれど、あの顔は覚えている。

 イタリアで彼女を口説いていた男だ。


「ほい、ビール」


 祥平がビールを持って来た。


「あ、機嫌悪くなってる」


 祥平が苦笑した。

 どうして不機嫌なのかも分かっているらしい。


「祥平、あの2人ちょっと呼んでくれない?」

「はぁ?」

「呼んで来てよ」


 彼女も彼女だ。

 俺の事は警戒するくせに、どうしてあいつには警戒心ゼロなわけ?

 納得できない。


 祥平は大きな溜め息を吐いて座敷を後にした。

 男は何が楽しいのか大爆笑している。

 会話は聞こえなかったので内容など分からないが、彼女が楽しそうなのだけは確かだ。


 どうしてそんな奴に笑顔を向けるのさ?

 俺といる時はいつも不機嫌そうなのに。

 やっぱりそいつの事……好きなの?


「特製春巻きと麻婆豆腐お待たせしました」


 祥平が2人のところに料理を運んで行った。

 小声で話してるらしく、祥平の声は聞こえない。

 男は不思議そうに彼女と顔を見合わせた。


 見つめ合わないでよっ!


 俺は握っていた割り箸を折って男を睨んだ。

 そして2人は鞄を持って祥平と一緒に座敷にやって来た。


「彩さん、なんで2人で飲んでんのさ?」


 俺を見た彼女は呆れた顔をしていた。


「嫉妬か坊や?」


 男が彼女の肩を抱く。


「彩さんに触んないでよ」

「羨ましいだろ?」


 返す言葉もないほどに図星。

 男は俺を見下すように微笑んだ。


 俺のものとでも言いたいわけ?


「何で2人っきりなのさ?」

「デートだから」


 デ……デート?!

 そんなの受けたの?!


「伊集院君」


 彼女が男を睨んで肩に回した手を払った。


「まったく……皆遅れて来るだけよ」


 溜め息を吐きながら彼女が答える。

 その顔は呆れ気味。

 柴田さんみたいだ。


「結構余裕ないんだな、お菓子野郎」


 お菓子野郎って何さ?


 男が思い出したように笑い出す。


「彩さん、この人イカレてるの?」


 こんなののどこがいいのさ?

 不気味じゃん……。


「普通ありえないでしょ、お菓子の詰め合わせなんて」


 お菓子の詰め合わせ……?

 それ……って。


「なんで知ってんのさ?」

「彩ちゃんから聞いたからに決まってるだろ?」


 そりゃそうだ……。

 でも、なんで話すのさ?

 どこで話したのさ?


 俺の顔を見ながら男は更に笑う。


 絶対おかしいよこいつ……。


「彩ちゃん、席戻ろう。春巻き冷えちゃうよ」

「あ、うん」


 男は彼女の手を掴んで席に戻って行った。


 手なんか繋がないでよっ!

 なんで嫌がらないのさ?!


 俺は苛々しながら彼女の携帯にメールを送った。

 彼女はすぐに気が付いて携帯を開いた。

 表情は髪の毛が邪魔で見えない。


「彼から?」

「え? あっ……いや……」


 なんで否定すんのさ?

 彼じゃないって?

 そんな細かい事否定しなくたっていいじゃん。

 適当に流しなよ。

 それともソイツには勘違いされたくないの?


「結構ショックだったりして」

「え?」

「そんな顔されると凹むよ」

「なんで?」

「俺マジだから」


 あぁぁぁああ!! ムカつく……っ!


 俺は彼女の携帯を鳴らした。


『もしもし?』

「何口説かれてんのさ?」


 気付いてないなんて言わないでよね。


『は?』


 ……マジっすか?


「鈍いよ彩さん、鈍過ぎ。その目の前の男に代わって」


 彼女が顔を上げて男の顔を見た。


 何で困ってんのさ?


『代われって……』

『俺? もしもし?』


 こんなやり取りだけでも腹が立つ。


「あんた何考えてんのさ? 彩さんは俺のだって言ったじゃん」

『は?』

「口説かないでって言ってんの」

『あぁ聞こえてたの?』

「あんた男がいる女が好きなの?」


 なんで彼女なのさ?

 あんたみたいな男なら女の5人や6人いたっておかしくないでしょ。


『そういう環境の方が燃えるよ。実際、会社にも君以上の強敵がいるからね』

「強敵? 強敵って誰さ?」

『さぁ?』


 こいつ性格悪っ……!


「彩さんだけは譲らないよ」

『でも、結局は彼女次第でしょ?』


 捨て台詞のような言葉を吐いて男は一方的に電話を切った。


 ムカつく~!


 俺は男をミラー越しに睨み付けた。

 男が身体を乗り出し、彼女の傍で何かを囁いている。


 途端に彼女の顔が真っ赤になった。


 口説くなって言ってんのに……!

 あいつ、わざとだ。

 絶対俺に見せ付けている。

 根性悪!






 俺は柴田さんに電話して、初めて店の正面から出た。

 会計はいつものように祥平に頼んだけれど、どうしてもあの男に一言言ってから帰りたかった。


 だから、あいつの背後でわざと小銭を落としてしゃがみ込んだ。

 彼女が“何してんのよ?”と言うような目をしていたけれど。


「これ以上口説くなら彩さんに会社辞めてもらう事も考えるから」


 通路側に座る男に小さな声で言った。


「君にそこまでの権限はないんじゃない?」


 男は見下すように微笑んでそう言い返してきた。


 何、その勝ち誇ったような顔!

 本当ムカつく……!


「あんた性格悪過ぎ。あんたみたいな奴大嫌い」

「君に好かれたいなんて思ってないよ」


 男はすぐ傍にあった100円玉を俺の掌に乗せて微笑んだ。


「安心してよ、一生好きになんかならないから」


 どうして彼女がこんな奴を好きなのか分からない。

 俺は苛々しながら柴田さんの待つ駅前に向かった。


「随分機嫌悪いじゃない」


 車に乗り込んだ俺に柴田さんが言った。

 サイドミラーで見てたのかもしれない。


「ムカつく奴に会っちゃったからね」


 溜め息を吐きながら背凭れに身体を預けた。

 楽しそうな彼女の顔を思い出し、一層気分が滅入っていく。


「なんで彩さんはあんな男が好きなんだろ……」


 車が走り出して暫くしてから独り言のように呟いた。


「海……今なんて言った?」


 聞こえたの?

 こんな事確認して欲しくないんだけど?


「彩さんはなんであんな男が好きなのかな? って思っただけだよ」


 口にするだけで腹が立つ。


「あんな男って?」

「会社の男だよ。彩さんはいつもあいつの前で笑ってる。今日だって真っ赤な顔しちゃってさ」


 彼女が分からない……。

 俺の事何とも思っていないならはっきりと言って欲しい。

 あんなのを見せ付けられるのは結構キツイ。


「海……大きな勘違いしてるわよ」


 勘違い……?


「何さ、それ?」

「彩さんその男の事何とも思ってないわよ」

「なんで分かるのさ?」


 どうして言い切れるのさ?

 彩さんでもないくせに。


「う~ん……言わないでおこうと思ったんだけどなぁ……」


 柴田さんはそう言いながら流していたラジオを止めた。


「私、彼女が研修から帰って来た日に会ってるのよ」


 初耳だ。


「何それ?」

「あんた落ち込んで使い物にならないし、女同士で話したかったし」

「何を話したのさ?」

「それは教えないわよ。聞きたきゃ本人に訊きなさい。とにかく、誰だか知らないけど彼女がその男に惚れてるなんて事はないわよ」

「ズルイ」

「女にも色々と事情があんのよ」


 事情って何さ?


「面白くない」

「私は面白いわ」


 柴田さんがこういう言い方をした時は何を言っても、酔わせても口を割らない。

 俺は膨れっ面のまま目を閉じて短い間眠った。






「海、着いたわよ」


 彼女のマンションの前に車を停め、柴田さんが俺を起こした。

 仮眠しても気分はすっきりしないままだ。


「海、前に“彼女はあんたを嫌ってない”って言ったの覚えてる?」


 スライドドアを開けた時、柴田さんが尋ねてきた。


「うん……覚えてるよ」


 それがどうしたのさ?


 車から降りて助手席の窓から車内を覗き込む。

 柴田さんは助手席の窓を開けて微笑んだ。


「可能性はあるんじゃない?」


 何を根拠に?


「その自信、どこからくるのさ?」

「あんたの倍生きてるんだから経験上からくるに決まってるでしょ?」


 当てにならないじゃん……。


「もういいよ」


 俺は車に背を向け、エントランスに向かった。


「彼女から聞いたのよ」


 柴田さんは呆れたように言った。


「それ……本当?」


 彼女がそう言ったの?

 俺……嫌われてない?


「まったく……面倒臭い子ね」


 柴田さんはそれだけ言い残して車を発進させた。


 俺は真っ赤な顔で柴田さんの乗った車を見送った。







 彼女が好きな珈琲を淹れて待っていようと思った俺は、キッチンのカウンターの上にあるコーヒーメーカーをセットしてスイッチを入れた。


 彼女の見様見真似だが大丈夫だろう。

 珈琲の量も缶に書かれている分量を守ったし、水も目盛りに合わせた。


 そろそろ彼女が帰ってくる時間。


 彼女が俺を嫌っていないと言った……。

 その一言でこんなにも舞い上がっている。


 ……馬鹿だ。

 柴田さんが呆れるのも頷ける。


 彼女の部屋で1人ニヤけていると玄関の扉が開いた。


「お帰り、彩さん」

「ただ……いま」


 彼女が何故か驚いている。


「今、珈琲淹れるよ」

「何よ? 急にどうしたの?」


 俺は鼻歌を歌いながら珈琲をカップに注ぐ。

 その様子を何故か気味悪げに見つめる彼女。


「彩さんさ、柴田さんと何か話した?」

「な……なんで?」


 彼女が動揺を露にした。


 どんな話をしたのさ?

 この慌てっぷりからいい話ではなさそうだ。


「柴田さんが2人っきりで話をしたって言ったから……違うの?」

「違く……ないけど、あんたには絶対に言わない。関係ないし」


 柴田さんも彼女もどうして教えてくれないのさ?

 やっぱりいい話ではないから?

 

 俺は頬を膨らませながら考える。


 女同士の話って何なのさ?

 俺には話せないような悪口でも言ってたわけ?


 それなら話せないってのも頷ける。

 実は……深く追求しない方がいいのかもしれない。


「あんたこそ伊集院君に何言ったのよ?」


 急に話を逸らすし……。

 こういう反応されるとすごく知りたくなるんだけどな……。


「彩さんは俺のだから口説かないでよって言ったの。帰りはこれ以上口説くなら彩さんに会社辞めてもらうからって」

「誰がそこまでの権限をあげたのよ?」

「あいつにも、君にそこまでの権限はないんじゃない? って笑われた。彩さんだって悪いんだよ、あんな奴に口説かれてるから……」


 なんで警戒しないわけ?


「いつものリップサービスよ。真に受けなくてもいいのに……」

「それ、本気で言ってんの彩さん?」

「へ?」


 リップサービスって……どれだけ鈍いのさ?


「彩さん、イタリアで口説かれてたの忘れてない?」


 彼女は首を傾げる。

 既に記憶から消えてなくなってしまったのか、告白される事に慣れているのか。


「彩さんが口説かれてるから俺口挟んだんだけど?」


 彼女はどうしてこうも鈍いのだろう?

 今までよく生きてこられたなぁと思わずにはいられない。


「彩さん……天然もそこまでいくと犯罪だよ?」


 罪作りな女ってこういう人の事を言うのかもしれない。

 本当に性質が悪い。


「部の人達って皆あんな感じだけど?」


 は……?

 皆?


「彩さんって……どんな職場にいんのさ?」


 毎日口説かれてるって事?

 あんな危険な、軽い男しかいないの?

 それって凄く危ない職場なんじゃ……?


「どんなって? 普通の職場じゃない? まぁ、女性が少ないとは思うけど」


 女性が少ないからって普通口説かないでしょ?

 女なら誰でもいいってわけじゃないだろうし。


 まぁ、あの男なら手当たり次第口説きそうだけれど。

 でも、彩さんへの猛烈アピールは本物だと思う。


「あの男が言ってた強敵って誰さ?」


 1番気になるのはそれだ。


「強敵……?」


 彼女が考えるように俯きがちに右手を頬に当てた。


「彩さん、俺の他にも男いるの?」


 それだけモテるのに男がいないなんておかしい。


「あんたいつの間に私の男になったのよ?」


 そういうツッコミだけは忘れないんだね。

 冗談でも俺を彼氏にはしてくれないのか……。

 否定したがるのは気になる人がいるからだと思う。

 柴田さん、やっぱ貴女の勘は当てにならないよ。


「やっぱモテるんじゃん」

「何それ、厭味? 喧嘩売ってんの?」


 俺を睨み上げた彼女だったが、次の瞬間何かを思い出したように微笑んだ。


「何? その笑いは何? 何なのさ?」


 俺はローテーブルにカップを置いて彼女の隣に腰を下ろした。


「強敵って……多分、部長の事よ。私の事凄く可愛がってくれてるお父さんみたいな上司」


 は?


「お……父さん?」

「そう、今……いくつだろ? 56とか7じゃないかしら?」


 オヤジか……。


「なんで強敵?」

「ん~……いっつも周囲を威嚇してるから?」


 なんでさ?

 そんなオヤジが彼女を狙ってるとは思えないけれど……気になる。


「彩さんって名刺持ってる?」

「あるけど?」

「頂戴」

「なんでよ?」

「欲しいから」


 彼女は首を傾げつつ鞄の中にあった名刺入れから名刺を取り出して俺に差し出す。

 受け取った名刺を見た瞬間……信じられなかった。


 あの話は……彼女だったのだ。

 つまらないと思っていた家族の話が今やっと理解できた。

 そして納得できた。


 更に、彼女が好かれる理由までも。


 俺はセカンドバッグに名刺を差し込んで1時間ほど彼女と珈琲を飲みながら他愛無い話をした。

 さっきまでの会話はなかったかのようにいつも通りの空気。


 これはやっぱり運命なんだ。

 遅かれ早かれ俺達は出会う運命だったんだよ、彩さん。


 俺はそう思いながら彼女を見つめていた。


ご覧頂きありがとうございます。


何だかモヤモヤの残るお話になっちゃいました。

再び海の家族の話が出てきました。


勢いで続編イっちゃおうかなって気分です。

そうやって短い話ではなくなっていっちゃうんでしょうけどね。

30話以内で……なんて考えてたんだけど、両方の話を合わせると確実にオーバーしますね。

私には短い話を書くというのが無理だって改めて実感しました。


☆それでは残すところ4話です☆

っていうかまだあんの?って感じですよね……すみません。

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