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FATUM  作者: 紙仲てとら
第二章

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75話

「トニトルス……貴様は誰が黒幕だと思う?」

「さあ?――そんなことを尋ねてくるだなんて、さっきのオレの忠告がよほど効いているようだな。おまえが望むならすべて始末してやってもいいんだぜ。その気があるなら命じるがいい。仇なす者を狩れと」

「貴様を疑っていないとは言ってないぞ」

「ああ、笑わせるのはやめてくれ。傷口が痛む」

「なにがおかしい」

「わかってるだろ?黒幕だとしたらおまえはとっくにオレの腹ん中だ」

 笑いをおさめ、大きくあくびした狼はおもむろに首を回らせる。

「さて、眠り姫もそろそろ目覚める頃か。メトゥスが暴れるきっかけを作った罪は重い。なぜ餌を与えず放置したのかきっちり説明してもらおう」

 牙をぎらつかせる彼から目を逸らし、リュシアンはエミリアの亜麻色の髪を指で梳きながら言う。

「いま責め立てるのはよせ。末の妹を亡くすかもしれないんだ……胸を痛めていることだろう」

「胸を痛めるだと?人間的な考えだな、気に入らん。おまえはオレたちをまるでわかっていない」

 唸り声を上げたトニトルスは太い尻尾で苛立たしげに床を叩くと、大きな体を丸めた。



 誰かに呼ばれた気がして、エミリアは目を覚ました。

 見慣れた天井が視界に映る。弾かれたように飛び起きると、全身にひどい痛みがはしった。食いしばった歯の隙間から震える息を漏らし、目だけで辺りを見回す。

 祈りを捧げている小さな祭壇で、灯した覚えのない蝋燭の火が微かに揺れていた。神聖なその光は室内をおぼろげに照らし出し、淡い闇の中にクインレスタ像が白く浮かび上がっている。

 彼女はそれを見てようやく、まだ世界が夜の只中にあることを知った。やおら腕を伸ばしカーテンを開けてみれば、空には満月がまばゆく輝いている。

 いつ城を出て自分の部屋に戻ってきたのか覚えていない。すべて夢だったのかと錯覚したが、体の疼痛と両手の擦り傷を見てあれは現実に起こったことだと確信する。彼女は痛みを堪えてベッドから降り、ところどころ擦り切れている修道服の汚れを払いながら窓辺に歩んだ。

 風が強い。薄紫の雲が形を変えながら足早に流れていく。エミリアはそれを無心に見つめた。降り注ぐやわらかな月光は、そばかすの散った鼻梁や真白い頬を撫で、心のさざ波を鎮めていく。

(あの白銀の瞳)

 彼女は思い起こす……恐ろしいほど美しく、燦然と輝く虹彩を。彼の身から発せられる禍々しく強大な力を。

 ――彼は人間なのか?

(いや、違う)

 エミリアは心静かに否定し、月を凝視する。

(闇に棲まう者。人ではない)

 眠れないままやがて朝を迎えた。着替えたエミリアは自室の祭壇の前で礼拝を済ませ、なに食わぬ顔で食事室に現れた。

 視線が一斉に集まるのを感じながらテーブルに着く。典礼にも出席せず、一日中外出していたのだ。なにがあったのかと詮索の目を向けられるのは当然だった。

 誰とも目を合わさぬよう、エミリアは膝の上に置いた手をじっと見つめた。そのときだ。背後から突然肩を強く叩かれ、驚いて顔を上げる。

 仰ぎ見た先にはギルバートがいた。彼は隣の席に腰を下ろすなり、彼女に顔を近づけた。

「昨夜、門限を過ぎても帰ってこなかっただろう。どこで何をしてたんだ」

 会話が禁じられているなか、ひそめた声でエミリアを責める。

「人と会う約束があって……」

「誰と会ってきた?」

 矢継ぎ早に問われ、エミリアは顔に不快の色を浮かべた。ふたりが無言で見つめ合う中、食事の時間を知らせるベルが軽やかに鳴る。集まってきた修道者たちが次々と着席し、祈りの言葉が室内に響き渡った。

 朝食を終えてからもギルバートはしつこく訊いてくる。

「典礼への参列は許されなかったからしかたがないとしても、朝の祈りの時間にも聖堂に現れなかったのはどういうことだ。その人物との約束は日々のつとめよりも優先すべきことだったのか?」

「祈りと瞑想は自室で行ったわ。それになにか問題が?」

「なにを考えてるんだ!修道者たる者が聖堂で礼拝しないだなんて許されないことだぞ」

「賢者ダラ・ヴァリは弟子たちに教え諭した……“砂漠で砂にまみれていようと暗く湿った牢獄にいようと、母なる神を讃え祈りを捧げよ。祈る者の心こそが神の家となる”と」

「聖典に書かれていることを主張すれば自分の行いが正当化されると思ってるのなら大間違いだぞ。同じ場所で同じ時間に祈りを捧げる、それが現代における神との向き合い方だ」

 ギルバートはそう言ってのけると、険しい表情のまま短く息を吐いた。落ち着きなく片膝を揺らしながら素早く周囲を窺い、低めた声で続ける。

「シスター・エミリア……やましいことがないなら教えてくれ。君が会っていたのはいったい誰なのか」

「――ごめんなさい。私、もう行くわね」

 彼女は顔を深くうつむけたまま言うと、食器を手に立ち上がる。

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